第109話 スタート

「全員準備はいいか?」


「はい!」


「大丈夫だ」


「なんでもです!」


オリヴィエのその返しはOKってことでいいんだよね?後で違うって抗議しても受け付けないからな!


全員から返事が返ってきたことを確認した俺は、石を持った右手に力を篭め、上に向かって全力で放り投げた。


その瞬間、石を投げたものとは思えない程大きな風切り音が周囲に鳴り、上空に飛んでいった石はその速度を一切緩めることなく飛んでいき・・・そのまま落ちてくることはなかった。


「サトル様・・・これでは・・・」


「・・・あはは・・・ちょっと力を入れすぎちゃったかなぁー?」


「あの大きさの石を・・・凄すぎる・・・」


「さすがご主人様です!」


「すまんすまん。今度はちゃんと手加減して投げるから・・・」


俺は再びさっきと同じような大きさの石を近くから見繕って拾い、構える。


「おっし・・・今度こそ、これでっ・・・!」


今度はかなり力をセーブして石を投げる。

俺の手を離れた石は上空10m程飛んだくらいで失速し、落下をはじめた。


三人共真剣な表情で石の行方を目で追い、石の高度が下がるにつれ、グググッと足に力を篭める音が大きくなって聞こえてくる。


よし、今度はちゃんとスタート出来そうだな。・・・それにしても人の頭ほどあるサイズの石を軽く投げただけであんな飛距離が出るとは・・・レベル55ってもう人の領域を超えてないか?ゴリラが全力出してもあんなに飛ばんぞ。


そして、ズシーンという音を立て、石が地面に落着し、


「開始だ!」


と、俺は石が地面に着いてから号令を発したが、その合図を聞く前に三人は既に自分の判断でスタートを切っていた。


少し出遅れた形になったが、俺もすぐに走りだ・・・そうとしたのだが、


「ひゃああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!」


というアンジュの情けない声が聞こえ、何事かと思って見ると、物凄いスピードで駆け出した三人それぞれが街道脇に生えているグラウ大森林の立派な大木に突撃しているところだった。ズドンというさっきの石が落着する音に負けない音が三つ静かな森に鳴り響く。


そのまま見事な大の字で作り木に張り付くような形になった三人は、その後ゆっくりとまるで劣化したステッカーが自然に剥がれ落ちるようにして地面に倒れた。


「だ、大丈夫か?」


俺はすぐに三人の下へと駆け寄り、安否を問う。


「あ・・・あたたた。なんなのだ・・・今のは・・・」


顔面を強打したのだろうアンジュは顔を手で抑えながら起き上がる。


「いてて・・・さ、サトル様と出会った最初の頃もかなり強烈でしたが・・・今回のはその比ではありませんね・・・」


腰の辺りを強打したのか、後ろ手でお尻の上あたりを摩りながらミーナも立ち上がった。


「凄い力です!!さすがご主人様ですね!!」


ゆっくりと立ち上がった二人とは違い、倒れた後にムクッと勢いよく上半身を起こしたオリヴィエ。・・・実にいい笑顔だけど、綺麗なお鼻から血が出てるからヒールしてあげよう。ダメージ的には全然平気そうなんだけどね。


なるほど・・・今の俺達が全力で駆け出そうとするとこういうことになるんだな・・・。ふぅ~、危なかったぜ、出遅れたのが逆によかったな。


「ハッ!もしかしてサトル様はこのような問題が実戦で起こらないようにと考えて・・・?」


「なるほど!つまり今回の競争は加護の力をうまく使いこなせる為の訓練も兼ねていたという事か!」


「先を見越してのことだったんですね!さすがご主人様です!」


「・・・ウ、ウム!そ、そういうことだ!今回のスタンピードで俺達はかなりの力を得てしまったからな。この力に振り回されないように自分でうまく制御しつつ、より活用できた者がはやくファストへ到着できるだろう」


そんなこと微塵も考えてなかったけど、なんかそんな流れになったから急遽俺の中の詐術スキルが火を噴いたぜ!そんなんもってないけど。


まぁただ単に今の俺達のレベルで気合を入れて走れば、ファスト位までの距離なんてすぐに着くんじゃないかと思っただけなんだけどね。だってレベル一桁の時にあんな景色の流れ方するスピードが出てたんだから、レベル55となった俺が全力を出したらもっと凄くなってるだろ。

増した力はアースドラゴンと戦ったおかげでかなり実感できてるし、間違いないと思う。


ということで俺は訓練とかそんなことは一切考えていなくて、ただただ一刻もはやく家に帰りたいだけだったのである。

あれ?なんかすっごい疑いの目を向けてくるけど、ミーナさんは看破スキルでもお持ちで?そのまなこは俺に新たな属性を芽生えさせそうだからやめてください。



「そしてこの加護を一番使いこなせた者があの褒美を貰えるというわけだな!」


「なんでも!ですね!」


「それじゃ、もう一度合図の石を投げるぞ。今度は暴走しないようにな」


「大丈夫です。先程のでかなり感覚はわかりました」


あんな一回暴走しただけでもう何かを掴んだのか、自信満々の表情を見せるオリヴィエ。

ほんとかよ・・・と知らない人なら疑問を感じるだろうが、普段の彼女の動きなんかを見ている俺とミーナはオリヴィエが嘘を言っていないことがわかってしまう。


アンジュも自信たっぷりの発言をしているオリヴィエのことを少し畏怖も混じっているような顔で見ているから、彼女のセンスを疑っていないのだろう。

アンジュはアースドラゴンと戦うオリヴィエを俯瞰でしっかりと見ていただろうからな。あの時の彼女の動きを見ていれば疑う余地もないんだろう。


・・・あんな動きはもうレベル云々じゃないだろうしな。俺には出来そうもないしね・・・。



そして俺の放った石が轟音をあげて落着すると、四人は一斉に走り出す。


さっきの激突を体験したからか、全員が先程のスタートよりも明らかに鈍くなっていた。俺も例外ではなく、どうにもさっきのことが脳裏をよぎってしまい、無難なスタートを切っていた。


・・・ただ一人、オリヴィエを除いて。


「ちょっ・・・オリヴィエ!?」


後方にえぐった地面の土の塊を飛ばしながら、さっきとまるで変わらないスピードで走り出したオリヴィエ。

グラウ大森林に作られた街道は大局的に見れば真っ直ぐに東へ伸びているのだが、細かく見るとその道は決して直線などではなく、緩やかな曲線を描いているため、直線的に走ればさっきのように必ず道を逸れてしまい・・・結果、木にぶつかってしまう。

だから俺達はその曲線をなぞっていける程度の余力を残したのだが・・・。


やはりオリヴィエは今回もさっきのように真っ直ぐに進むベクトルを変えることが出来ずに街道脇の大木へと吸い込まれるように向かっていき・・・。


「オリヴィエさん!危ない!」


ミーナがオリヴィエの身を案じて叫ぶ。

そしてオリヴィエはそのまま多くの年輪をこさえた幹に激突・・・しなかった。


「な!?」


「おいおい・・・嘘だろ・・・」


オリヴィエは衝突寸前に身を捻ったと思ったら、その体はまるで達人に受け流された銃弾の様に木を逸れて進行方向を変えた。

たぶん普通の人には彼女が何をしてそうなったのか全く分からないだろうが、高レベルで勝ち取った俺の動体視力はオリヴィエの超人技を見逃さなかった。


「なぁ・・・アレ、アンジュも出来る?」


手加減した速度で走っている俺達は街道の曲線を普通に踏ん張った足でベクトルを曲げつつ駆け、オリヴィエを追いかける。


「・・・一度なら私にも出来るかもしれんが・・・さすがにああも連続でとなると・・・悔しいが私には到底無理だ。というか、あんなことが出来る人間を私は知らん」


「ですよねぇ」


オリヴィエが何をしたのかというと、彼女は木に激突するや否やのタイミングでその身をよじり、軽い掌底を木の幹に打ち付けることで自らの進行方向を無理矢理変えていた。

当然そんなことでロケットのようなスピードで駆け出した彼女のベクトルは大きく変わることはなく、わずかに木を逸れるだけだったので、オリヴィエは街道に戻ることなく木が生い茂る森の中へとそのまま突き進んでいく形になったのだが、それでも彼女は木が迫ってくる度に同じことを繰り返し、そのまま突き進んでいたのだ。


アンジュの言う通り、もしかしたら最初の一回は今の身体能力を以ってすれば可能かもしれんが・・・数m感覚で次々迫ってくる木すべてに同じことをするとなると・・・絶対無理。木の幹に人型の穴を作る自信があるね。




とんでもないスピードで森の中を進むオリビエの姿はまるで、強風に乗った一枚の葉っぱが、無数の障害物にぶつかることなくひらひらと優雅に舞って飛んでいるかのようだった。

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