第108話 余興

「結局トレイルには半日もいなかったな」


西門をくぐりぬけ、来るときにも立った小高い丘からトレイルの街を見ながら呟く。

中に居る時より、やはりこうやって遠くから見たほうが街の大きさは実感できるな。街に居た時の行動範囲が狭かったせいもあるだろうけどね。


「そうですね。実際は四時間も居なかったかもしれませんね。なんだか色々あって濃い時間だったので信じられませんけど・・・」


トレイルに着いたのが昼前だったはずで、まだ日が少し傾いた程度だからミーナの感覚は大きく間違っていないのだろう。

ほんとはもっと買い物とかもゆっくりしたかったけど、今のトレイルでゆっくり過ごすというのは結構ハードルが高い。

なんせほぼすべての住人が俺達に注目してくるからな。そんな状況下でのんびりといっても無理な話だ。

だから欲しい物はオルセンにまるっと丸投げしたんだからな。


「凄かったですよねぇ。まさか私達がドラゴンを討伐してしまうなんて・・・ご主人様といると夢に見ていたようなことが次々におきて凄く楽しいです」


「そうだな。スタンピードが始まった後、サトルの加護が時間が経つごとにどんどん体に流れ込んでいくあの感覚は何物にも代えがたい貴重な体験だった。今はあの奔流は止まっているものの、未だに私の中に渦巻いている力を感じる」


あー、たぶんそれは俺の加護じゃなくてどんどん上がるレベルアップによって上がった力の事だな。

まぁそのレベルアップの原因の一部は俺のボーナススキルの影響でもあるから、全くの間違いではないのかな?俺のPTに入っていることでレベルがあがる毎の力の上昇幅もかなりにあがっているはずだからやっぱり俺の加護ってことでもいいのか。


「たしかにあの感覚は凄い衝撃的でしたね。あれのおかげでドラゴンを前にしても臆することなく対峙することが出来ましたし」


「アハハ・・・私はそれでもかなり怖かったですけどね・・・」


俺は鑑定で自分のレベルを客観視していたからドラゴンが来ても大丈夫だと思っていたが、鑑定もない状態の感覚だけで俺と同じ結論を得るオリヴィエの戦闘センスはやはり凄い。ミーナは戦闘が始まるまで結構へっぴり腰だったもんな。


これはミーナが不甲斐ないのでは決してなく、オリヴィエが異常なのでミーナの方がむしろ普通のリアクションなのだろう。

大丈夫だと思ってた俺も本当にイケると思ったのは戦闘をはじめてからだったもんな。


「大丈夫だぞミーナ。どちらかというと俺も感覚的にはミーナ寄りだ」


俺が戦えているのはボーナススキルのおかげであって決してオリヴィエのような戦闘センスがあるからではない。なんせ一般ピーポーだからな、俺っち。


「ハハハ・・・」


せっかく俺が寄り添ってあげたのに乾いた笑いで返すミーナ。

まさかミーナは俺が同じ一般ピーポーってことを信じて・・・くれないか。そりゃそーだ。この世界だとかなり異質な存在だってことは流石にワタクシも自覚しております。はい。


しかしてその正体はただの陰キャニートなのであるぞ。本人が言うんだから間違いない。


「今日の予定はどうするんだ?夜の森は危険だから普通は避けるのが常識だが、そんなものがこのパーティーに通用しないことは私もわかっているつもりだ。だが、ここからファストまでは三日はかかる。旅程の予定くらいは立てているのだろう?」


旅程の予定ってラップの歌詞になりそうだNE。イエー。


大丈夫。たびのしおりは既に俺の頭の中に出来上がっているYO。そこには二行くらいしか書いてないけど。


「うむ。少なくとも明日までには家に着きたいね」


「「「え?」」」


「では、ここからファストの家・・・いや、アンジュは場所がわからないだろうからファストの東門にしよう」


そして俺は次の発声に備えて目一杯の酸素を肺に取り込んでから


「第一回「チキチキ!はやく家まで帰ろう!マラソン大会」~~~~!!」


俺が子供の時から大物やっているお笑いコンビがやっている番組を真似て大声でタイトルを発表した。

あの番組って大人になってからもちょくちょく見てたけどずっと続いてるの凄いよね。俺がこの世界にくる何年か前に大晦日の恒例大型特番はなくなってしまったけど、まだ番組自体は続いているのかな?


俺が前の世界のテレビ番組に思いを馳せている間、俺の突然の大声にビクッとしたした後にずっとフリーズしていた三人だったが、ハッとしてから一番はやく正気に戻って話しかけてきたのはミーナだった。


「ち、ちきちき?・・・それにまらそんというのはなんなのでしょう?」


「一等にはこのなんでもいうこと聞く券を一枚差し上げます」


俺はとりあえずミーナの質問に答えることなく密かに作って胸元に仕込ませていた一枚の紙をひらひらと三人に見せる。


「なんでも!?」


「それは本当か!!」


オリヴィエとアンジュが思っていた数十倍の勢いで俺の眼前まで迫ってきた。なんだお前ら。チューしてしまうぞ。


「お、おう。俺に出来ることならな」


「それはなんらかの勝負をしてそのなんでもいうこと聞く券を勝ち取れということか?その・・・なんでもいうこと聞く券を!」


なんで二回言ったの?そんなに大事なことだった?

一体なにを望むつもりなんだキミは・・・。言っておくけど俺が出来ない無茶ぶりは絶対にしないからな。


「う、うん。・・・でも俺に出来ないような無茶なことは駄目だぞ」


「・・・なんでも」


あの、オリヴィエさんちゃんと聞いてますよね?同じセリフをなんども繰り返しててなんか怖いんですけど・・・。

この世のすべてを置いてきたっていう偉人が残した言葉の場所を教えろとか言われてもわからないからな。俺はあの漫画が完結する前にこの世界にきたんだから。


「あのう・・・一つ質問よろしいでしょうか?」


「はい、ミーナ君」


「先程サトル様が言われた発言の最初と最後の単語の意味がわからなかったのですが・・・」


「あ、意味は俺もわからないから気にしなくていいよ」


マラソンという存在は知っているが、その言葉の意味なんて全然知らんから説明しろといわれても困るしな。頭の言葉なんてまったく意味不明だし。・・・あ、持久走といえばこの世界でも通用していたのか?いや、該当競技自体があるかどうかわからないから伝わらない可能性もあるか。


「は、はぁ・・・そうなのですか。では、はやく家まで帰ろう・・・ということは要するにいち早くファストの家まで到着した者の勝利・・・ということでよろしいのでしょうか?」


「・・・なんでも・・・」


さっき一つと言ったのにちゃっかり二つ目の質問をするなんて中々やりおるな、ミーナよ。説明が省けてとても助かります。


「そうだね。でもアンジュは家の場所を知らないだろうから、ゴール・・・目的地はファストの東門とします」


「ファストの東門ですね。了解しました」


「ふっふっふ・・・この勝負・・・里一の俊足を決して譲らなかったこの私が頂く!」


「はい!なんでも・・・です!」


アンジュとなんでもBOTになってしまっているオリヴィエの二人はやたら気合が入っているのが見て取れるが、表情を見ると意外なことにミーナも結構やる気を出しているようだ。なんだろ、普段の生活に不満があってそれを今回の賞品を使って解消したいとかかな?やっぱり毎日はやりすぎだったのだろうか・・・。どうしよう、「今後触れないでください」とか言われたら・・・俺泣いちゃうかも。


喜ぶ顔が見たかったし、勝ちそうになっても手加減して負けてあげようかと思ってたけど、なんか急に負けたくなくなってきたかも・・・。





「よし、それじゃあ俺が石を上に投げるから、それが地面に着いたらスター・・・競争開始だ」


そう言って俺は近くにあった掌に収まりきらないくらいの結構大きめな石を拾った。

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