第107話 不要の不安
「別に貴族っていう職業があるわけじゃないんだよな?」
貴族が職業落ちしない特別な職業だということもありえるが、カルロは槍使いだったし、彼が特殊というわけでなければそういったものはないんじゃないのかと思ったんだけど、違ったのかな?
「そうですね。貴族という職業は少なくとも私は聞いたことがないですね。貴族をはじめ、例え王族の家に生まれたとしても、人はみな例外なく村人の職業を持って産まれてきますので、職業落ちに家柄などは関係ないと思うのですが・・・興味深いですね」
貴族だから、王族だから職業落ちはしない、そういうものなのだとはじめから何も疑問に思わずにいるというのはこの世界に生きる者ほど難しいのかもしれないな。
俺なんかはステータスという概念がない世界から来たから全てが珍しいのだが、はじめからこの世界に産まれて生きて来た者たちは今ある環境が当たり前なのだから、俺きっかけだとしてもこういうことに疑問が持てるミーナは頭が相当柔らかいのかもしれないな。
「王族や貴族、教会などは神からの使命を賜っているから特別なのだと私は教わりましたが、違うのですか?」
うーん、貴族とかが特別なのであれば、俺の鑑定にそれらしき項目が出てもいいような気がするから、なんか違う気がするなぁ。
神の線引きしている悪いことに抵触したら職業落ちする・・・というものを回避する何らかの秘訣とかそういうものが偉い人達だけが知っている・・・とかだろうか?
これをしとけば大丈夫なのだが、それを怠ったどうしようもない無精者だけが職業落ちしているとか・・・ありそうではあるな。
「うーん・・・そうなのでしょうか」
ミーナはオリヴィエの話に納得いっていない様子。
「いや、私が知っているやつは神の使命を履行するどころか普段から神を冒涜するような発言をしたり、民を苦しめることばかりしているが、そんなやつも職業落ちしていない。だからオリヴィエも言っていた一般的に教わるそのことには私も懐疑的だな」
「前にこの職業落ちの話を聞いたときはいいシステムだなぁ・・・とか思ったりしたけど、今の話を聞くと意外に抜け道とかも多いのかな?クイルの職業って偽造とか出来ないんだよね?」
「神からもたらされたクイルの鑑定を偽ることは不可能だ」
「私もそんなことが出来るとは聞いたことがないですね・・・もしかして、できるのですか?」
「いや、できないよ」
マルチジョブの一番上以外はクイルで表示されないってだけで偽造しているわけじゃないからな。似たようなことには使えるかもしれないけど、持っていない職業を持っているように表示させることなどはできないのだから、できないという答えでいいよね。
偽造ができないのであれば、やはり秘訣みたいなものがあるのかね?
「今度カルロに会ったときにでもその辺の話を聞いてみようか。まぁ、俺達は別に職業落ちになったって特に問題はないんだけどな」
「あー・・・なるほど、たしかにそうですね」
俺には職業を自由に変更できるスキルがあるからな。職業落ちしたって変えてしまえば済むことだ。盗賊を変更できることはもう試しているから職業落ちの職業だからって変更できないということはない。ミーナもそれに気がついたようだ。
「むむ?どういうことだ?」
「ご主人様ですから!」
「??」
オリヴィエさん、それじゃ全然質問の答えになってないよ。実際にアンジュは眉を八の字にして疑問の表情を浮かべてらっしゃるじゃないですか。そんでその答えだとまるで俺がすべての事柄をまるっと簡単に解決してしまうような印象を持たれる恐れもあるからやめなさいね。
まぁアンジュへの詳しい説明なんかは家に帰って落ち着いてからでもいいだろう。そもそも俺のボーナススキルの話をこんな街中でするわけにもいかないしな。丁度視線の先にトレイルの西門も見えて来たし、この話題はこの辺にしておこう。いまだに遠巻きにしてこっちを見ている街の人の目もあるしね。
「ご主人様、帰りの分の食料などをまだ買い出しに行ってないと思うのですが・・・」
「あー、たしかに・・・。・・・いや、でも大丈夫。このまま買い足さないで出発してしまおう」
「わ、わかりました・・・」
家から持ってきた食料はまだ使い切ってはいないものの、今の手持ちだけだとギリギリ二食分あるかどうか・・・いや、オリヴィエはいつもおかわりするし、アンジュも加わったことでもう一人分用意しないといけないから一食分もないか・・・?
ここに至るまでに三日とちょっとかかったのだからオリヴィエの指摘と心配は当然のことなのだが、俺にもちゃんと考えがあるから大丈夫!・・・だと思う。
食いしん坊オリヴィエは俺が大丈夫といったものの、大半が彼女の背負い袋に入れていた為に行きよりもだいぶ軽くなった残量を正確に把握しているから、やはりまだ心配なのだろう、俺の後ろでミーナに「本当に大丈夫なのでしょうか・・・?」と小さな声で相談していた。しっかりと聞こえてるんだけどな。
「サトル様が大丈夫と言っているので、きっと大丈夫ですよ」
そう言っているミーナも、表情から見るに心配の心根を潜ませているように感じる。今回の旅でも食事はちゃんと作ってみんなで美味しく食べていたが、帰りは質素な食事になるんじゃないかと思っているのかもしれない。
まぁ行きの食事中にオリヴィエとミーナが言っていたが、本来は旅中の食事というのは俺みたいにがっつり料理なんてすることはなく、作っても硬いパンを食べる為の薄いスープを作るくらいで、基本は乾燥肉や保存のきくカチカチのパンばかりらしい。
乾燥肉と聞くとビーフジャーキーみたいなのを想像したので結構美味しそうだなと思ったのだが、どうやら彼女達の話に出てくるものは俺の想像しているものとはかなりかけ離れているようにだった。何故そう感じたかというと、オリヴィエは食べ物の話をするとそれが美味しいものなのか否かがはっきりと顔に出るから味の話を聞かなくても表情を見ているだけでわかるんだよね。
あれがまた結構面白いんだよな。美味しくない食べ物の名前を言うと表情に影を差し、美味しい食べ物の名を口にするときには逆に眩いばかりの笑顔を見せるんだから。
「安心しろオリヴィエ。ファストまでの道のりはほぼ森の中だから、もし食料が尽きても私がすぐに食べられるものを狩ってくるさ」
「なるほど!それなら安心ですね!」
手持ちがなくてもその場で食料を持ってこれるアンジュという存在が居ることでオリヴィエの心配事はなくなったようで、実にいい笑顔を出して納得していた。
「任せろ」といって誇らしげに胸を張るアンジュは頼りにされたことに気をよくしていた。結構子供っぽいとこあるよね。四十八なの・・・いや、人種よりも三倍生きるということを考えると精神年齢も人種換算で十六歳くらいになるのかな?
でもちゃんと人と同じ実時間を四十八年間過ごしているのだからそれもちょっと変な気もするけど、この考え方も人である俺からの感覚だからおかしく見えるだけなのかもしれないな。それにアンジュがそうだからって他のエルフも同じということではないかもしれない。この世界でエルフと出会ったのはアンジュと初めてだからな。比較対象となる存在がいない。
普段は俺を病的な程の信頼を寄せてくれているオリヴィエも、こと食事の事になるとそれも多少揺らいでしまうようで、ゼロになるということではないが、他のメンバーに確認する程度には下がってしまうようだ。
それで俺からの彼女の評価が下がる・・・なんてことはなく、むしろ愛おしさが増すばかりなのだが、俺の中でどんどん食いしん坊キャラになっていくよなぁ、オリヴィエは。
最初はクールビューティーなシゴデキ乙女な印象だったのにね。
そんなこんなで門についた俺達は門番の綺麗な敬礼を受けながら顔パスで西門をくぐり、トレイルを出た。
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