第106話 推薦

領主館の中にすんなり通された俺達は特に待たされるようなこともなくカルロと会い、軽い挨拶を交わした後にその場に居た全員にひとしきり感謝されたのち、俺の事を秘密にするという事がもうほぼ不可能となってしまった現状の事で謝罪された。




ずっと明るい感じでお祝いムードだったのに、急に表情に影を落とされたから何事かと思ったが、俺だって流石にあの人数の見ている場所でドラゴンとか倒しちゃってるのに「なんで俺の事が知れ渡っているんだ!」とか理不尽なことは言えんし、大丈夫だと伝えておいた。




俺の許しを得てかなりホッとした感じだったけど、その代わりオルセンに注文した品々を彼に連絡しあってなるべく揃えてほしいというちょっとした我が儘も言ってみた。ちゃんとした報酬もしっかり貰ったんだけど、こんくらいはスタンピードを死人も出さずに解決したんだからいいでしょ。




別れ際になんか意味深なこと言われた気もするけど、先の事を心配してもしょうがないし、今なら大抵のトラブルもなんとかなるだろ。


力は言わずもがなだが、臨時収入のおかげで元々特に困っていなかった財産面も潤沢と言えるくらいになった。パワーとマネーの両面でゴリ押し出来る今の状況ならば、それらが通用しないような常識外のやつが来ない限りは大丈夫。




この世界の最高レベルがいくつかは知らないけど、レベル56に到達出来るやつはそうそう居ないと思われる。


俺は連続討伐ボーナスで割と簡単にこのレベルへ到達したけど、今回の条件を他の人が再現するというのはたぶん無理だろう。




今回の連続討伐ボーナスを再現して今日のような経験値稼ぎをしようとしても、そもそもスタンピードは発生する場所も時間もわからないし、今いるファルムンド帝国でも十年に一度か二度発生するくらいという話だ。




もしそんなレアケースに偶然居合わせたとしても、この世界では魔物1匹にフルPTで戦ってやっと安全に倒せるというのが普通なのだ。


連続で倒せたとしてもタイミングを合わせてようやく二、三匹がやっとだろうから、今回の様にボーナスをジャンジャンバリバリ増やし続けるなんて芸当は出来ないだろう。俺達以外はね。




それに経験値の概念はおろかレベルというものも認知していないこの世界の人間が連続討伐ボーナスなんてものを知っているはずもないんだから連続で倒そうなどという危険なことなどわざわざしないと思う。




せめてレベルがクイルで表示されていれば魔物を倒すとそれが上昇し、強くなれるということまで容易に辿り着けるはずだが、それすら知らないこの世界の人達は魔物を倒してレベルをあげているから強くなっているということではなく、魔物の討伐は筋トレや訓練の感覚とほぼ同義で、戦っているから強くなっているんだという認識なのだそうだ。




色々なボーナススキルでレベルが上がりやすくなっているはずの俺でも二週間以上毎日魔物を倒しまくってやっと二桁のレベルに到達出来るという上がりにくさの環境の中、実際に数値として見ることが出来ないレベルを認知するなんて無理だよな。




そもそも魔物を積極的に狩りにいく人間なんてほんのひと握りなのだ。冒険者は討伐報酬よりも危険の少ない採集や報酬の高い護衛依頼がメインで、ダンジョンや街の外に居る魔物の狩りなんかはそれらの依頼がない時に日銭を稼ぐためにしょうがなくやるらしい。




元々上がりにくいレベルなのに、そんな状況なのだから余計に上がらないよな。




だから俺達にちょっかい出せるようなレベルに到達しているような人間はそんな簡単には出てこないだろ。




「よし、それじゃあファストに帰るか」




領主館を後にした俺達はアンジュの泊まっていた豪華な宿屋へ行ってそこから荷物を引き払い終え、トレイルに来た当初の目的も果たしたからさっさと我が家へ帰ろう。




「この街には来たばっかりなのだろう?もうちょっと色々見て回ったりしないでいいのか?」




「う~ん・・・この位大きな街なら美味しいものが食べられるかなって思ったけど、どうやらスタンピードの影響でどの店もまだ閉まってるみたいだしな」




簡単な料理を提供しているような店ならパラパラと店を開け始めたりしているけど、手の込んだようなものを出してくれる店は仕込みに時間がかかるからまだまだ開店まで時間がかかる。ならばもうここには居る意味はない。


美味しい物ならオルセンに注文したものが届けば家で作れるしな。




「遠目に見た感じでも特に観光になるような場所もなさそうだったし、今はまだ避難後の後処理でバタバタしているだろうからな。それに、ここはファストからそう遠くないから来たくなったらまた来ればいいさ」




交易の要所として発展してきたトレイルでは観光などで人を呼ぶ必要はないから、宿など外からきた商人をターゲットとした施設は充実しているものの、彼らは滞在中は取引などで忙しく、しかも取引が終わって荷の積み込みが終わるとまたすぐに街を出ていってしまう。そのため、娼館なんかは結構あるけど、観光など長期滞在者が好みそうなものはあまりなさそうだった。




娼館は正直興味ありありだけど、病気が怖いのと今の俺には超可愛い娘が夜を共にしてくれるから必要はない。・・・興味はあるけどね。男だし。


だからここに来るのはファストで手に入らないようなものが欲しくなった時とかかな。




「そうか・・・しかし、ほんとに報酬はあれでよかったのか?あの話が帝国で受理されれば間違いなく受け取った金など比較にならないほどのものが手に入ったぞ」




「ああ、あの話か・・・だってめんどくさそうだし、貴族って」




カルロは俺に帝都へ掛け合えば叙爵も出来るだろうと言ってきたのだが、その話は丁重にお断りした。いや、それはいいやって。




「貴族にならない理由がめんどうだからとは・・・さすが我が主だ」




「いい話だとは思いますが、使徒様とはいえなんの後ろ盾もカルロ様以外の貴族との面識もないサトル様が今回の件だけでいきなり叙爵するというのはいらぬ疑念を他の貴族などから持たれかねません。なのでサトル様の判断は正しかったと私は思います」




俺はめんどくさかったからという理由だけで断ったが、ミーナ分析官によると正解だったようだ。それだったらそれらしい理由を先に言っておけばよかったな。ちゃんとした判断出来る俺カッケーチャンスをふいにしたか。




「・・・推薦者がカルロ様というのもありますしね・・・」




「推薦するのがカルロだと何かマズいのか?」




「カルロ様は多大な武功をあげて叙爵され、平民から成りあがった貴族ですので・・・」




「あー・・・なるほどね」




元々平民だった者が貴族になったら歴史ある貴族家なんかからの印象は悪そうだもんな。そんなカルロがどこの誰かもわからぬやつを推薦なんてしたらその火の粉が俺にも降りかかってくるなんてことは簡単に想像できる。言われるまで気付かなかったんだけどね。




カルロがこんな大きく経済的にも重要そうな街を任されているのに男爵なのはそういう理由もあるのかもしれないね。




「トレイルの領主は立派な人間だが、全ての貴族がそうだというわけではないからな。中には腐っているやつもいるし、実際にそんなやつにも出会ったことがある」




「へぇー。でも、職業落ちがあるのに貴族という立場がある人間が悪行三昧とかしたりして大丈夫なのか?」




この世界は悪いことするとお天道様の判断で職業が犯罪職に勝手に変わるシステムなんだからそんなことが可能なのかね?




「過去に例がなかったわけではありませんが、貴族が職業落ちになったという話はあまり聞きませんね・・・そういえば何故なのでしょう?」










貴族は職業落ちしにくいのか・・・。


貴族にだけ適用される何か特殊なルールでもあるのだろうか?

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