第104話 注文

「おお!サトル殿!」


冒険者ギルドで商業ギルドの場所を聞き、トレイルの中心部にほど近い好立地にあった目的地へと来た俺達を真っ先に迎えたのは探していた人物その人だった。


「おお!・・・じゃないよ、オルセン君!キミのとこの部下は一体どうなっているのかね!」


かけていない眼鏡のブリッジ部分をくいくいっと人差し指で上下させるジェスチャーをし、俺しか知らない昔勤めていた嫌味メガネ頬骨じじいの真似をしてオルセンを問い詰めた。


「むむ?部下と言いますと?・・・まさかガレウスのやつが何か・・・?」


「うん、あいつ、俺のギルドカードを取引停止処分にしやがった」


「な・・・!?」


ある程度年齢は重ねているが、すこぶる血色よく健康そうな顔が驚愕の表情をとったかと思うと、サーっと音が鳴ったかのようにみるみるうちに血の気が引いていった。

凄いな、血の気が引くって言葉で聞いたことはあったけど実際に見たのは初めてかもしれない。俺の人生において上司というような立場になったことがなかったからかな・・・。自分で言ってて悲しくなってきたわ。


しかし、オルセンがここまでのリアクションを見せるのは意外だったな。俺もクレームは言ったけど、モノマネ混じりの態度でとても真剣に怒っているというような雰囲気はださなかったんだが。


「も、申し訳ございません!当人は知らなかったこととはいえ、使徒様であるサトル殿にそのようなことを・・・」


「俺の事を知っていたのか」


「・・・商人は情報が命ですので」


なるほどね。それでさっきのような反応になったわけか。

使徒と知っていたことはさすが商人・・・と言いたいところだが、そのことはもはやその辺の普通の人にも知れ渡っていることだから驚くことでもないよな。


「まぁ、俺は停止処分さえ取り消してもらえればそれでいいよ。あ、ガレウスのやつにはちゃんと注意しておいてね」


「・・・承知致しました」


ちょっと態度が横柄だったかなと一瞬思ったけど、今回はこっちが一方的に迷惑をかけられているのだから別に構わないか。こんな時に変にへりくだったりしたら逆に相手が気まずくなるかもしれないしな。


「ギルドカードってすぐに使えるようになるかな?」


「はい、それはすぐに手続きいたしますので、数刻で・・・いや、少なくとも明日には使用可能となっているはずです」


今の言い方だとおそらくはすぐに手続きに入れば間違いなく今日中には再使用が可能に・・・もしかしたらほんとはすぐにでも使えるようになるのかもしれない。

だが、何か予想外の事態が起こってしまった場合の事を考えて期限を明日にしたのだろうな。そこら辺の保険のかけ方はやっぱり商人って感じがするな。

俺だったら9割くらいの確率で可能ならばその場の心証だけをよくするためだけに後先考えず「すぐ出来ます」とか言っちゃいそうだ。


「・・・あ、そうだ。トレイルって交易が盛んな街なんだよね?」


たしかミーナがそんなことを言っていた気がする。遠目に街を見た時も東西南北に街道が伸びているのが見て取れたから少なくともファストよりは色々な街と交流がありそうだよね。


「ええ、ここトレイルは西以外の街道は常に活発に商人が行き来しておりまして、物や人の移動も頻繁に行われております」


西以外・・・ってことはその先にあるファストにはあまりこないのか・・・。

まぁたしかにファストって国の端っこって言ってたし、その先に行ってもアリア神国とかいう昔やらかした国しかないって話だしな。あまりにメリットがなさすぎるか。そう考えるとファストがトレイルと隣り合っているのにあまり栄えていないことにもなんか納得できるな。


商人もファストで物が売れたとしても、帰り荷として買い付けて儲かるようなものがファストで手に入るとは思えないし、あまり来たくはないのだろう。

俺は仕事でトラックに乗っていた時期があったからよくわかる。運搬が伴う仕事っていうのは行きも帰りも荷物を積まないとお話にならない。空荷の状態というのはただただコストだけがかかる。ましてこの世界は移動自体に危険が伴うのだから尚更だ。


「それじゃ、ここにはファストになかった物も色々手に入るかな?」


「そうですね、間違いなく品揃えはファストの比ではないと思います」


「じゃあ・・・」


俺は思いつく限りの欲しいものをいくつも注文していった。

せっかくトレイルまで来たのだから手に入るものは手に入れときたい。

今はあちらもちょっと無理を言っても断れないような状況にあるしな。利用できるものも利用しておくのだ。


「う~ん・・・こんなもんかな?全部でいくら位になりそうかな?」


「う~む・・・ここ数日はこのトレイルもスタンピードの影響で物流が完全に止まっていましたからな・・・もしかしたらいくつか手に入らない物があるやもしれません」


「あー・・・そういえばそうだったな」


魔物の出現が頻発になった時にカルロがスタンピードの発生を疑って念のために街道を封鎖していたんだったか・・・。


「ですので、支払いは注文の品をお届けした時で大丈夫です。私もファストへ戻る際には買い付けをおこなっていきますので、ついでですし送料などはおまけしておきます」


「助かるよ。それじゃ、俺達はカルロのとこに寄ったらそのままファストへ帰るつもりだから、到着時期がわかったらギルド経由で連絡しておいてくれ。冒険者ギルドにはちょくちょく顔を出すつもりだから」


スタンピードが終わった後、後処理に忙しそうだったカルロをほっといて逃げるように街へと入ろうとしたときに目ざとい男爵様はそんな俺達に気が付いて声をかけられちゃったんだよな。めんどくさそうだからそのまましれっと帰ろうとしたのにぃ。


「わかりました。今回はうちのガレウスがとんでもないことをして申し訳ございませんでした」


「すぐに対応してくれたからいいよ。それに色々巻き込まれはしたけど、ここに来たメリットはいっぱいあったしな」


それじゃ、と一声かけてギルドを出ようとしたら受付のお姉ちゃんが深々と丁寧にお辞儀してきたのでひらひらと手だけ振ってみせ、その場を後にする。


スタンピードはどうなることかと思ったが、始まってみたら結局楽勝だったし、その場の全員が驚いた乱入者にも最初はびっくりしたものの、レベルアップ後だったのが凄く大きかったよね。それがあったおかげで苦戦するほどでもなく対処出来た。


もし、今のレベルになる前に襲われてたらかなりヤバかったと思う。

なんせ今の俺のレベルは・・・なんと56に到達しているのだからな。

俺だけじゃなく、オリヴィエとミーナ、ついでにアンジュも全員レベル55になっている。


だが、俺にはマルチジョブがあるからあの時つけていた戦士、魔法使い、僧侶、盗賊、商人、奴隷商人のすべてが56ということだ。

とりあえず目標にしている大商人の獲得に必要なのは商人と武器商人、防具商人、奴隷商人の商人4種をそれぞれレベル20にするというものなのだが・・・商人と奴隷商人はだいぶ余計に突破してしまったな・・・。


スタンピードのレベルアップラッシュの時に商人を他の必要職業に切り替えておけばよかった・・・ていうのはほんとに今思っただけで、実際は流石にそこまで気を回せるほどの余裕はなかった。


事前にこんだけ急激にレベルアップするとわかっていればあらかじめ決めておけたかもしれないけど、まさか連続討伐ボーナスで大量の経験値が手に入ることになるなんてわかるはずがないもんな。


後悔先に立たずとはよく言ったものだ。






まぁレベルに関しては高レベルの職業を持つことができた今、如何様にもできるだろうさ。


アンジュも仲間になってこの先はダンジョンにも楽に階層を進められるだろうしね。

ゆっくりやっていこう。ゆっくりとな。

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