第103話 ドーナツ化現象
「うーん・・・ウマい・・・んだけど、なんかなぁ」
屋台でアンジュに奢ってもらった肉串を食べているのだが、美味しいとは思うんだけど・・・なんか、こう・・・一味足りない感じがするんだよなぁ。
ファストで売っていたものと比べたら全然ましなのは、おそらくなんらかの調味料は使っているからだろうけど・・・。
「これはあれだな・・・胡椒が足りんのだな」
「胡椒ですか・・・胡椒は高価なのでこういった屋台で使われるということはないかと思います」
胡椒ってなんで高いんだっけか・・・俺の世界で高価だった頃はたしか産地が遠くてヨーロッパの人達の手に渡るまでに何回も取引を経ないといけなかったからマージンがとんでもなく膨らんだ・・・とかだったかな?
コロンブスあたりがそれを解決しようと海へ出て航路を作ろうとしたとかだったっけ?歴史の授業なんて数十年前の記憶が俺に鮮明に残っているはずもない。
もはやコロンブスとかマルコ・ポーロとかの区別もつかんわ。ジャンヌ・ダルクとかなら映画で見たから違うってわかるけどね。
あれでしょ?処女の天啓革命女戦士だよね?・・・違ったらスマン。
話は逸れたが胡椒が高い理由は恐らく産地が遠いんだろうな。
ただでさえ輸送自体が困難なこの世界でとなればそりゃ高価にもなるよな・・・。手に入れたくはあるけど、遠いだけならまだしも海を渡らなきゃならないとかなったら胡椒のために行くというのは躊躇っちゃうなあ。
豪華客船みたいな船があるんならいいけど、実際にあるのはそれこそさっき話題に出たコロンブスが乗っていたような帆船だろうしな。
そんなんに乗ったら毎晩のディナーを魚の餌にしてしまうこと間違いなし。乗りたくない。それにこの世界だとクラーケンとかがガチで出てきそうだしな。乗りたくない。
あんまり考えてるとなんか乗りたくないのに乗らなきゃいけないことになりそうだからやめとこ。・・・フリじゃないからな。やめろよ。
「わらひはこのままでも全然だいりょうぶれふ!」
うん、美味しそうに食べるよね。オリヴィエは。
というか別に不味くはないんだよ。不味くは。ただ・・・こう・・・一味足りん感じが凄いんだよなぁ・・・。現代病なのだろうな、これは。
ここに来る前もけして裕福ではなかったけれど、それでも日本で食べられるものというのはたとえチープなものでもほんとうに美味しかったんだなぁ、と今マジで実感しているよ。ほんと。
「うむ、これはスロウラビットの肉だな!日持ちはしないが、比較的狩りも容易で私も昔からよく食べていたぞ」
美人なのに中々に豪快に食べるよね、キミ。
「あれ、そういえばエルフって肉食べるんだね」
最近は違うみたいだけど、昔の作品ではエルフと言えば菜食主義みたいなイメージあるよな。
「なにを言う。肉を食べねば力はつかんぞ。たまにそういうやつもいるにはいるが、そういうのは大体百歳かそこらで早死にしてしまうんだ」
「百歳って結構な大往生なのでは?」
「人族ならな、エルフの寿命は長命種の中では短い方だが、それでも人族の3倍程は生きるぞ」
「ああ、じゃあアンジュの48歳ってのは見た目が若いおばちゃんってわけじゃないんだな」
「お、おば・・・!私は里の中では一番若かったのだぞ!それを・・・」
ぷくーって膨れてる。可愛いとこもあるじゃないか。
「ははは。悪い悪い。まぁでも別に俺のストライクゾーンは広大だからおばちゃんだったとしても全然大丈夫だけどな」
ファストの白鯨亭にいたおばちゃんでも全然いけるからな、俺は。
「すとら・・・ってのが何かはわからんが、なんか失礼なことを言われている気がするぞ!」
「アンジュが俺の好みの範囲内ってことだよ」
「こ、この・・・み・・・そ、そうか・・・それならいいが・・・」
声量と共に恥ずかしさからかちょっとづつ距離も離れていくアンジュ。ういやつよのう。
彼女がこちらに好意を持ってくれているのは明確だ。だからこういった直接的なことだって遠慮なしに言えてしまう。
なぜ明確なのかは態度を見てもわかるけど、門の外から街の中へ入る時にしたちょっとした会話からも読み取れた。
えーっと・・・たしか、なんで俺についてこようって思ったのかをあらためて聞いた時だったな。「サトルの強さに惚れた!」とか言われて「掟じゃなかったのか?」って言ったらわたわたと慌てていた。真っ赤になっていてブツブツなんか言い訳してて可愛かったよね。
直情的なのに恥ずかしがり屋で嘘が下手なもんだから、もう心根をそのままに顔に貼って歩いているくらいわかりやすいんだよ、アンジュは。
「それはそうと、サトル」
「ん?なに?」
「サトルはこれからどうするのだ?」
「これから?」
どうするって・・・そりゃ商業ギルドにいってオルセンの居場所を聞いて・・・ってそういや商業ギルドってどこにあんだろ?先に冒険者ギルドにでも行って聞いた方がいいかな。
「世直しの旅に世界を回るのか?」
え?なんで?
「それとも自称神の代弁者を語る教会に殴り込みにいくとか!」
え?なんで?
「やはり帝都に行って皇帝に一言二言苦言を言ってやったりするのか!?」
えぇ?なんでぇ??
「いや、行かないけど」
なんで俺が副将軍の御老公みたいなマネしたり明らかにヤバそうな権力者達に上から目線で喧嘩売るようなことをせねばならんのよ。そういうのは神様かなんかに・・・って、ああ・・・そういうことか・・・。
「アンジュ。俺は確かに使徒の様なものなのかもしれないが、特に天上の人に何か使命を与えられたり言葉が聞こえたりもしないから、そんな特別なことはするつもりはないぞ。それに、使徒っていうのも実は勘違いで俺はただの人ってことだって十分あり得るしな」
「いやそれはないだろう」
「ないですね」
「はい。使徒様という肩書が正しいかどうかはわかりませんが、サトル様が「ただの」人ということはないですね」
アンジュに続いてオリヴィエとミーナまで賛同しやがった・・・。
ミーナに至ってはわざわざ「ただの」という部分を強調までして・・・くそう、いつのまにお前らは団結しやがったんだ。
俺がモブだっていう可能性だってまだあるはずだ!俺はこの世界を謳歌することは決めているが、決してこの異世界で主役のような立場になるつもりはないぞ!
だって・・・めんどくさそうじゃん。主人公って。
だから俺はモブでいいよ、モブで。なんかもう若干遅い気もす・・・いや、まだ大丈夫。まだやれる。まだこの世界の片隅でひっそりと楽しく暮らしたりできるはずだ!
「あんな超常の力を大勢の前で見せといて今更ただの人種だと言っても誰も信じないぞ」
「いや・・・カルロにはちゃんと口止めするように言ったし・・・」
「サトル様・・・いくら領主様といえど、無理なことはあります」
「そうですね。それに・・・」
オリヴィエが俺達を中心に遠巻きにしてこちらを見ながら数人単位でひそひそと話しているトレイルの住民達に目をやった。
はぁ・・・いや、わかってるよ、こんなあからさまに一定の距離をとってチラ見されながら声を潜めて話されているのを気付かないなんて、鈍感主人公しかおらんやろ。俺は主人公じゃなくてモブなのだからわかるのだ。
しかもひそひそ話ってさ・・・結構聞こえるんだよな・・・。あれってなんでなんだろうね。科学的に解明されているのかな?
やれ「あれが噂の使徒様か」とか、やれ「使徒様って羽があるんじゃなかったんだな」とか・・・挙句「しっ!使徒様は正体をお隠しになっているらしいわよ!」とか・・・そういうのってちゃんと聞こえない様にやってくれませんかね。
レベルアップしたことで聴力が増しているのかとも思ったけど、別に今まで気が付かなかったような些細な音が聞こえるようになったとかはないからたぶんそんなことはないんだろうな。
ああ・・・なんか小学校の時にうんこ漏らしてクラスの女子にひそひそ言われながらクスクス笑われた黒歴史を思い出してしまった。
はやいとこ用事済ましてファストの家に戻ろう。街から出さえすれば・・・大丈夫だよね?
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