第101話 抱擁

「あんれ?お客さん、このギルドカードは使えねぇみてぇだ。なんか悪いことしたんでねーか?」


「あー・・・すっかり忘れてた」


スタンピードで襲ってきた魔物をすべて倒しきり、トレイルの街に戻ってきた俺達は、まずオリヴィエの腹部から響く悲鳴を止めるために飯にしようとして、何か食べれる店を探していたのだが、スタンピードは終息したものの、その報を受けていた住人達はほぼ全員が避難をしていて、まだそのほとんどが戻ってきておらず、戻ってきた者たちも後片付けなどに追われていて、普通の店舗で営業している場所は皆無であった。


トレイルは広いからどっかに肝の座ったやつが避難もせずに通常通り営業を続けていたりするのかも知れないが、そんなことをしてもし数時間見つからなかったら今も輪唱しているこの音がそのうち絶叫に変わり、絶唱してしまうかもしれない。今のオリヴィエならきっと70億て負けないぞ。いや、無理か。


まぁオリヴィエのが一番わかりやすいから話に出しているのだが、ほんとは彼女だけじゃなくて、実は俺とミーナも物凄くお腹が減っている。

一日2食が常識のこの世界ではまだ日が傾きかけた程度のこの時間には普通食べないのだが、今日は戦いまくったからなのか、それともレベルアップしまくった影響なのかわからないが、とにかく腹が減って仕方がない。


店舗型のレストランや食堂は俺達が少し探した中ではすべて閉店か開店準備中で営業中だった店は一店舗もなかった。

だが、準備が比較的すぐ出来る屋台はぽつぽつと営業を再開しはじめたようだったから、その中で肉串を売っていた店で買い物をするためにギルドカードで支払いしようとしたところで、トレイルに来た本来の目的を思い出させてもらったというわけだ。


「貴様!誰に向かってそのようなことを言っているのだ!」


俺の肩越しから身を乗り出して店主に抗議しだしたのは金髪白銀鎧のエルフ、アンジェリーナことアンジュだ。


「こらこら、おっちゃんにそんなくってかかるのはよしなさい」


顔を近づけすぎて店主のおっさんがビビるんじゃなくてちょっと顔を赤らめてるやん。


「アンジェリーナさん、サトル様のギルドカードは不当ではありますが、現在商業ギルドからの使用停止処置をされている状態なので、この店主に言っても状況は変わりませんよ」


言葉とは裏腹にお腹に手を当てて焼きあがったばかりの肉串をじっと見つめるミーナ。あ、きゅう〜って感じの可愛い音が聞こえた。俺にそれを聞かれて恥ずかしそうにしたミーナだけど、オリヴィエの豪快な音を聞き慣れてるからほんとにベリーキュートって感想しか抱かないからそんなそっと一歩離れるんじゃなくて逆に近寄ってほしいくらいだぜ。


「ううむ・・・だが・・・いや、サトルは正体を秘匿しているのだったな。だとしたらしょうがなくはあるか」


これこれ。そうだけど、それを普通に口に出したらダメでしょ。しっかり者の印象だったけど、君って実は天然さんだったりするのかな?


「すまない店主。私のカードならば問題なく使えるはずだ。それを人数分・・・いや、今焼き上がっている分を全部くれ」


最初は屋台の注文として当然の量を口にしかけたアンジュだったが、その言葉を遮るように急に音量がデカくなったオリヴィエの絶唱を聞いて発注量を変更した。おそらくは無意識なんだろうけど、意識的にボリュームをコントロールしているんじゃないかと思われても不思議じゃないくらい完璧なタイミングだったな。・・・いや、出来ないよね、オリヴィエ?

・・・いつもは俺が目を向けると可愛い笑顔を返してくれる彼女も、今は目の前の肉串から目が離せないようで、俺の視線に気がついてくれない。悲しい。


「あいよっ!毎度ありぃ!」


全部と言ってもまだ開店したばかりということもあってまだ十二本しか焼きあがっていなかったため、一人三本ずつおっちゃんから受け取る。


「悪いなアンジュ。お金は後で返すよ」


「何を言う。既にこの身は貴方のものだ。そこには当然財産も含まれているのだから返すも返さないもないぞ」


「あー・・・うん、わかった」


何故この金髪エルフがこんなことを言っているのかというと、時は遥か・・・いや、ついさっきに遡る。



「サトルー!」


弓を持った手を大きく振りながらこっちに凄いスピードで走ってくるアンジュ。

壁上の兵士がスタンピードを無事に乗り切ったことに感動し、怒号のような野太い歓声をあげているが、彼女の声は不思議と良く通りすんなり俺の耳に届いてきた。


っていうか君はさっきまで壁上にいたはずなのになんでもう下にいてこっちへ走ってきているのか。まさか飛び降り・・・たんだろうな・・・。

俺は自分のレベルが二桁になってるかどうかの状態で悠々と家の二階から飛び降りたことを思い出し、今のレベルだったら壁が数十メートルあったとしても全然余裕だろうな、と思い直した。

実際さっきの戦いでも俺達は自分の力だけで数メートルも飛び上がったりしてるんだから、今更だよな。


そんなことを考えていたらアンジュはもうすぐ近くまで迫っていて、あろうことかスピードも落とさずにそのままの勢いで俺に飛びついてきた。


「うわっ!」


不意を突かれたのもあるが、同レベル帯の遠慮なし飛び付きアタックを受け止め切れるはずもなく、俺は彼女を抱えたまま地面に押し倒されてた。普段であれば胸部装甲の感触に幸せも得られるシチュエーションなのだが、現在の彼女は武装していてそこからは本当の意味での胸部装甲の硬い感触しか伝わってこなかった。


「痛ててて・・・なんなんだ?一体」


実際は大して痛くもなかったが、ついつい口から出ちゃうのはしょうがないよね。だって飛びつかれた勢いは俺を引き倒すだけじゃおさまらず、そのまま数メートルはソリのように引きずられたし。

こんな美女から抱きつかれたら本来凄い嬉しいはずなんだが、その勢いとアニメの世界のような地面滑りをした後だと流石にそんな気持ちも薄くなる。


「サトル!私は決めたぞ!」


そんな俺が子供の頃からあるボールで魔物を捕獲するゲームの決め台詞みたいなこと言われても・・・昔からその主人公に名前が似てたことと世間でそのゲームが爆流行りしていたため、一時期俺は友達から名前を呼ばれる時に最後の一文字がシになって俺がそれを訂正するという、一昔前に一部のお笑い芸人がやっていたテンプレの流れをそのかなり前から先駆けてやっていた。

おかげでその芸人がそれをはじめた際には俺の名前と全然違うのに「大島」とか呼ばれてそれを訂正するというわけのわからない流れまで誕生してたな。


大人になってからは全然友達と呼べるようなものは出来なかった俺だけど、高校までの学生時代にはそれなりに親しい人物の数人は居た。その中には小学校からの腐れ縁だったやつも居たからそいつ発信でこの流れは高校まで続き、結果俺は人生の中で自分の名前を呼ぶ回数が世界でも有数の記録を持ったのではないだろうか。まぁ一人称が自分の名前だった同級生のあの娘とかに比べたら流石に劣るだろうけどな。


「サトルは凄い!ほんとに凄かった!もう、ほんとーに凄かったんだからっ!」


いや語彙力ぅ・・・あなた俺の本当の年齢より年上だったはずですよね?いくら興奮してるからってそんな五歳児みたいな言葉遣いをしてたら恥ずかちいでちゅよ。


「それで、決めたって・・・何を?」


俺のその言葉に無邪気な子供のような満面の笑みを浮かべて、俺の上に乗ったままのアンジュが答える。






「私は・・・アナタの物になる!」

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