第99話 一閃

「たぶん二人も気が付いているだろうが、このスタンピードの戦闘で俺達はかなりの力をつけている。だからあいつに対してもそこまで気負わなくても大丈夫だぞ。まぁ、あんまり油断しすぎてもダメだけどな」


俺は抱えているミーナを降ろしながら、まだこの戦闘に緊張を感じていたミーナのそれをほぐそうと、なるべく優しく声をかけた。


「すいません。・・・はい、もう大丈夫です」



 グゥゥオオオオオオオオオォォォーーーーーーー!!!



自分の攻撃が空を切り、最初のよりも大きな咆哮を見せて来たアースドラゴンは明らかに怒りの感情を表に出していた。

回転させ丸まっていた体をこちらに向けなおす際にも自身の太い足を不必要に強く踏みしめたり、尻尾を無駄に地面に叩きつけているから表情が変わらなくても物凄く伝わってくる。超分かりやすい。


「あんまり街道を荒らしてくれるな。整備しなおすのだって大変なんだぞ」


まぁ俺達がやるわけじゃないがな。



 ガァルルァァァ!!



俺の挑発の意味を正確に理解したのかはわからないが、アースドラゴンは荒々しく大口を開けながら俺に向かって突進してきた。

それをオリヴィエが左に、俺とミーナが右へ跳んで避ける。

オリヴィエなんか避けながら右前足に攻撃までいれてるな。・・・硬い鱗に阻まれてあまり効いてる様子は見受けられない・・・と思ったが、少し遅れて彼女の攻撃した場所の鱗が弾け飛んだ。


ドスドスと巨体ゆえの地鳴りを発しながら、アースドラゴンは再び俺達を正面に据えるべく向きを変える。



 グルルル・・・。



体勢を整えた後、一瞬だけ自分の右前足に目をやったアースドラゴンは、先程まで持っていた激情を潜ませ、今は少し喉を鳴らしながらこちらをジッと睨みつけていた。


この巨大生物の感情なんかを正確に理解出来ないし、するつもりもないが、おそらくは取るに足らないと思っていた存在だと思っていた俺達のことを今この瞬間に初めてちゃんとした敵として認識したのではないだろうか。


はじめは雑魚に俺様の攻撃をまぐれで避けられたと思って怒ったけど、こいつらは俺様を傷つけやがった、危険な存在かも。とか思ってるんじゃなかろうか。


普通に油断してて大丈夫ですよ。ほらほら、俺達みたいなちっこい者にそんな警戒した目を向けないの。怒りに身を任せて突っ込んできなさい。今度は俺とミーナも反撃してあげるからさっ。


アースドラゴンがこちらを警戒して動かないもんだから、ジリジリとした睨み合いの時間が続く。

別にこちらから仕掛けてもいいのだが、如何せん体格差がありすぎる為、先手を打ちにくいんだよね。

というのも、アースドラゴンの攻撃というのは、そのどれもがかなりの質量を伴うのと共に、こいつはその体格に似合わず結構素早いから、攻撃をした時の隙を狙われた時、攻撃を受けてしまうイメージが頭をよぎってしまう。


それでもたぶん、おそらく大丈夫だ。・・・と本能的にわかっていても、どうしても先程その質量攻撃をまともに受けたカルロがどうなったのかを見てしまっていた俺達はアースドラゴンの攻撃を受けるという事自体を、理性的な部分が拒否してくる。


それもしょうがないことだろう。

だって俺達はこんな巨大生物と対峙したことなんてないし、そもそも戦闘自体ほぼ素人同然だ。こういう時に豊富な経験を積んでいれば違った対応も即座に出来たのだろうが、俺達はそうじゃない。

だからこそ三人共「受け」の状態を崩すことが出来ないでいたのだ。


ほんの数秒程度だったのだろうが、静かな睨み合いが続いていたそんな時、突然アースドラゴンの頭に生えている三本の角の内、両側の大きい二対がバチバチと帯電したかのような音と閃光を放つ。


「・・・あれは?」


二、三度音と閃光が連続したと思ったら、それが真ん中の小さな角へと収束し



 ドオォォォォン!!



という大きな雷鳴を伴って、小さな角からジグザグな黄色い光が俺達に向かって飛んできた。


「!アースウォール!!」


危険を感じた俺は地面に手を置き、魔法を発動させ、一瞬で目の前に大きな壁を作りだす。

すると光が俺が作り出した土壁に激突したのだろう。ドーンという大きな音が辺りに響き、壁に隠れた俺達以外の場所に衝撃の余波のようなものが広がっていた。


数秒すると土壁は上部からバラバラと崩れ落ちていくが、光が当たっていたであろう場所の壁が崩れた時、土に混ざって何かキラキラしたものが一緒に落ちていくのがあることに気が付いた。


「これは・・・」


触って確かめたわけではないが、あれはたぶん・・・ガラスだな・・・。

土は高温にさらされたりするとガラス化すると聞いたことがあるが・・・さっきのは一体なんだったのだ?


角が帯電したかのような様子から、さっきのは雷・・・なんだとは思うが、にしては俺達に向かってくる速度が遅すぎないか?

雷っていうのは光とほぼ同じ速度・・・なんじゃなかったっけ?だとしたらそれが「向かってくる」様子なんて到底視認出来るようなものではない・・・はずだ。


だとしたらあれは・・・いや、そんなことは今考えてもしょうがない。

今この時に必要なのは攻撃に対処することであって、その正体を探ることではないだろう。


とりあえずは・・・


「距離をとったままでまた今のが来たら次は防げないかもしれん・・・少し危険だが、接近戦に持ち込むぞ。俺が正面に立つからオリヴィエとミーナはそれぞれ両側面から攻撃してくれ!」


俺の指示にオリヴィエは頷き、


「私が右へ行きますのでミーナは左へ!」


「はい!」


「行くぞ!」


俺の号令で一斉にアースドラゴンへと走り出す。

そのタイミングで合わせたかのように・・・いや、合わせたのだろうな。後方から矢が飛んできてさっきオリヴィエの攻撃で鱗の剥がれた右前足に突き刺さった。

角度的にちらりと横に目をスライドさせるだけでトレイルの壁上を確認できたのだが、そこには予想通りこちらを標的に弓を射た後の残身をとるエルフの姿が見えた。



(すげえな、アンジュは)


ドラゴンという存在にも臆することなく、しかも自分の急激な力の上昇に戸惑うこともせずにしっかりと順応してレベルアップした力をいかんなく発揮しているのはほんとに感心する。

そんなアンジュに前足の鱗が剥がれて無防備になった部分へとピンポイントに射抜かれたアースドラゴンはたまらず苦しみを訴え咆哮をあげる。

俺達はその隙をつくことで先程の指示にあった通り、俺は正面、オリヴィエが向かって右側、アースドラゴンの左側面に、ミーナはその反対側へとなんなく到着することが出来、更にその上でそれぞれが攻撃を加えることすら可能だった。


気後れしたのか。ミーナは俺達二人の行動を見てから慌てて攻撃を開始したのだったが、それでも反撃などをくらうこともなく、オリヴィエとミーナの攻撃は脇腹の鱗を飛ばしたが、俺の斬撃に至っては鱗ごとアースドラゴンの左足に傷まで創り出した。


直接的なダメージを負わせた俺がおのずと直後の攻撃対象となり、アースドラゴンの噛みつきのような頭突きのような真っ直ぐな大質量アタックが俺に向かってきたが、それは苦し紛れの分かりやすい挙動だった為、大きく横へ跳ぶだけでなんなく躱した。


その攻撃で生まれたアースドラゴンの大きな隙をオリヴィエとミーナは逃さず

それぞれが先程の攻撃で剥がした鱗の場所へ攻撃を敢行すると、血しぶきが舞い、アースドラゴンはまた苦悶の咆哮を上げた。


グルルと少し喉を鳴らしながら囲むような配置をとる俺達の様子を窺っていたアースドラゴンは、一拍ほどの間をあけ、自身の巨体をぐるりと回転させ、三度尻尾による薙ぎ払いをしてきた。


その攻撃は位置関係的に最初にオリヴィエへと向かったが、彼女はそれを予想していたかのようになんなく跳躍し躱して見せる。

巨大な尻尾が俺に迫る中、最初はオリヴィエと同じようにジャンプして躱そうかという思いが一瞬頭をよぎったが、俺はそれをキャンセルし、代わりに目一杯の力をこめ、体勢をグッと低くしてタイミングを見計らい、思いっきり縦一文字に剣を振るった。






ヒュッという剣を振る音だけが辺りに響いた数秒後、遥か後方でドーンという巨大な何かが地面に激突した音が轟いた。

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