第98話 地竜

闇に染まった世界に聞きなれた風切り音が鳴り響く。


それは後ろから迫り、空気を切り裂く音を伴いながら俺のすぐ横を通り過ぎていった。



 グゥオオオオオオーーーーー!!



前方から大音量の獣声が響く。


目を開けた先に見えたのは、右目に矢が刺さった地竜の姿だった。


アースドラゴンは苦しそうにして天に向かって咆哮をあげている。

次の瞬間、その胴体と首に矢が飛んでくるが、アースドラゴンの硬い鱗がそれを阻み、勢いと衝撃に耐えられなかった矢の軸は折れ、ポトリと地面に落ちていった。


俺は一瞬だけ壁上に勇ましい残心の型を見せていたアンジュに目をやるが、すぐに今自分がやるべきことを思い出し、行動に移す。


アースドラゴンは矢の飛んできた方向をひと睨みした後、そちらへ怒りのままに向かうのかと思ったが、すぐにカルロにターゲットを戻し、自身の前足で彼のことを踏みつけにいった。


アンジュの攻撃でアースドラゴンが怯んだのは時間にして数秒程度だったが、今の俺には十分だ。極太の足がカルロの体を潰す前に彼の体を抱え、その場を離れ、同時に彼にヒールを使う。


あっぶねぇ。諦めかけた時に足まで止めなくてよかった・・・。

もし歩み寄ることまでやめてしまっていたら完全に間に合わなかった。諦めないことって大事だね。半分諦めてたっていうのは内緒ダゾ。


「ぬ・・・ぐぅ・・・す、すまん・・・サトル殿・・・」


「お、意識あったのか。ちょっと待ってろ、多分もう一、二回使えばその腕も治ると思うぞ」


抱えてみて初めて気がついたが、カルロの左腕は大きくひしゃげていてどう考えても複雑骨折しているようだ。


「ん?なんだ?」


ゴキッゴキッという嫌な音がカルロから聞こえてきた。

うげ・・・腕がビクビクしながら音を立てて治ってやがる・・・。治るのはいいことだけど、折れたのを逆再生するかのように元に戻っていく様子はちょっとグロいな・・・。


「こ、これは・・・」


自分の腕が治っていくのを不思議な顔をして見つめているカルロ。

彼を見るとグロい見た目に反して激しい痛みなどはないようだ。カルロが痛みに超絶強いだけっていう可能性もなくはないけどね。


「おお、どうやら一回で治ったようだな」


これもレベルアップの影響だろうか。昨日までの回復魔法だったらこれだけ激しい怪我が一度で全快するようなものではなかったが、彼の左腕は見た目には完全に元通りになっているように感じる。


「カルロは少し離れていてくれ、こいつは俺が相手をしてみる」


体のダメージは残っているかもしれないが、今はクールダウン中で魔法はまだ使えない。それに、カルロには申し訳ないが、体が動くほどに回復したならば次の魔法も彼に使うよりも、積極的に戦闘に参加する者へ使いたい。


一撃で深手を負ってしまう彼ではアースドラゴンの相手はきついだろう。

ほんとは嫌だけど、この場で一番レベルが高い俺が対処するしかないだろう。いや、ほんとに嫌なんだからね?


「・・・わかりました。悔しいですが、今の私では足手纏いになってしまうでしょう」


「もうだいぶ少なくはなったが、こいつ以外の魔物もまだ結構いる。カルロはその対処に向かって欲しい」


「御意に」


カルロは俺に一礼だけしてすぐにこの場から離れ、街の方向へと走っていった。


相手との力量差を素直に認められるというのも強さの一つだろうな。自分の力の無さを認められなくて己に対応できない敵に突っ込んでいって無意味に負傷するなど、愚の骨頂だしな。俺も見習おう。

ただ、今の俺の置かれた状況だと例え相手が敵わない敵だとしても引くわけにはいかないかもしれない。


何故なら、この場には俺が一番の強者だからだ。

別にこれは自惚れとかそういうことではなく、冷静に客観視した結果である。

ここに俺より強い者が居ればサポートに回るという選択肢もあるかもしれないが、一番の実力を持つ俺が敵わないそれ即ち、誰もそいつを倒せないに等しい。

そしてそれはこのトレイルの壊滅に繋がってしまうのだ。


今の俺の力だと、俺が勝てなくてもこの場の全員でかかれば・・・などという次元のことではすでになくなっていると思う。

それくらい激しいステータスの上昇を俺は感じているし、おそらくオリヴィエ達もそうだろう。


「ご主人様!」


「サトル様!」


噂をしたタイミングで丁度二人も駆けつけてきてくれた。


「よし、二人共・・・決して無理はするなよ。やってみないと確実なことは言えないが、それでもカルロへの攻撃とそのダメージを見た限り、絶対に敵わない相手というわけでもないと思う」


あの一撃を見ただけで分かったような口を聞いているなぁ・・・と自分でも思うが、これはちゃんと裏もとっていることなので多少強引でも二人の不安を和らげた方がいいだろうと思ってのことだ。


「オリヴィエは攻撃の通りそうな場所を探しながら攻撃してくれ、ミーナはあいつの正面には立たないようにして援護してくれ。二人共、分かっているとは思うが尻尾の攻撃には注意しろよ」


「「はい!!」」


俺達が並んでアースドラゴンに対峙すると、威嚇するようにグルルルと喉を鳴らしながらこちらを睨みつけてくる。

近くでみるとほんと凄い大迫力だな・・・。

気軽に一狩り行こうとかいって目の前の竜みたいな巨大生物と戦う狩人の気が知れないぜ。こんなんほとんど怪獣だろ。


全身を鱗に覆われていて遠目に見た時は足の太いトカゲみたいに思えていたが、この距離で見ると頭の両側から大きく張り出した二本の角と額の中心から生えた一回り小さい角の迫力が凄くて圧倒される。


今まで戦っていた意思のないまるで傀儡のようだったスタンピードのモンスターと違って、こいつには明らかに意思と知恵がその動きから感じられる。そのせいか、別に表情が変わっているわけでもないのに、不思議とこいつからは怒りと警戒に混ざって少しの畏怖のようなものまで伝わってくる。


両者、共にジリジリとお互いの出方を窺っていたが、先に動き出したのはアースドラゴンの方だった。


その巨体に似合わない速度で体を回転させ、先程カルロにも使っていた尻尾攻撃をしてくる。


「二人共、跳べ!」


俺の言葉に即座に反応するオリヴィエに対して、戸惑いつつも一拍遅れのミーナとそれを確認してから俺が尻尾を回避すべく上へと跳ねた。

多少遅れ気味ではあったものの、物凄い風圧を伴って迫ってきた巨大な尻尾を全員が回避出来たが・・・。


「ひゃあぁぁぁ~~~!!」


ほどよい力加減で尻尾を避ける程度の高さだけを跳んだ俺とオリヴィエだったが、ミーナはまだ自らの強さの自覚が足りなかったのとアースドラゴンの尻尾攻撃を脅威に感じたのが相まってしまってのことだろう・・・ピョーンと盛大に跳んだミーナは10m位の高度でやっと失速し、落下が始まるとその恐怖から身を縮めて目も固く瞑ってしまっていた。


「よ・・・っと。大丈夫か?」


先に着地した俺は彼女の落下点に素早く移動すると、落ちて来た彼女をキャッチした。別にそのまま地面に激突したって今の俺達ならば大したダメージにもならないとは思うが、致命傷にならなくたって痛いのは痛いだろうし、怯えているミーナを無視してわざわざそんな目に合わせる必要もないだろう。

身を縮めていたので受け止めた形が丁度いわゆるお姫様抱っことなる。


「あ・・・ありがとうございます」






恥ずかしそうにして俺にお礼を言うミーナ。

そしてそれをなにやら羨ましそうに見てくるオリヴィエ。


キミタチ。今は戦闘中だぞ。しかもドラゴンとの。

ちゃんと集中しなさい!

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