第94話 襲来

西門の最前線に立つメェンバーは南から等間隔で大剣使いのマルク、ミーナ、俺、オリヴィエ、カルロだ。

俺達が到着した時には既に全員が集まっていて配置にもついている。


地形的に一番多くの魔物が襲来するのは俺の居る場所で順にオリヴィエ、ミーナ、北側から少し流れてくることも予想出来るカルロの場所だ。森から離れている南側は俺達の場所から溢れはみ出たものと討ち漏らしがメインになるため、比較的数は少ないと予想されていた。


大剣は一撃の攻撃力が高いが、今回に限っては武器に限らず少ない手数で敵を倒せるため、必要なのは攻撃力よりも殲滅速度だったから彼には数の少ないとされた一番南側に配置した。


真ん中の俺の配置された場所は街道上にあり、森から一直線に向かってくる魔物がそのままくるため、一番多く来るというわけだ。

危険だからとカルロが自ら立つと俺に一番北側か南側に立つよう言われたが、そうなるとオリヴィエとミーナ両方に挟まれ自分の援護圏内に置くという理想的な立ち位置が出来なくなるし、万が一カルロに死なれでもしたら俺の事を流布しないと約束した人物がいなくなるのでそれも色々と困る。


だったらオリヴィエとミーナを両側に配置する代わりに俺が一番魔物の多い場所に立つ方がいいと俺から言って変更してもらった。


「静かだな」


サワサワと木々のさざめきは・・・森が遠くて聞こえはしないが、葉が風になびく様子をじっと見ていると聞こえてくる気がする。


「はい。ですが、大きな群れが遠くの方で動いているのが聞こえます。そろそろご主人様にも聞こえてくるかと」


聴力がずば抜けて優れているオリヴィエは既に何かを捉えているようだ。

俺がいくら耳を澄ましても風の音くらいしか聞こえてこないけどな。聴力が凄いって言うのはどんな感じなんだろうね。普段の喧騒とか些細な音とか聞こえすぎて嫌になりそう・・・というのは俺基準で考えすぎなのかな。

いきなり聴力がよくなったらそう思うかもしれないけど、生まれてからずっと持っている力ならばそれが当たり前だから特に気にするということもないのだろうかね。


「ん?」


・・・揺れてる。震度2か3くらいかな。

地震に慣れている日本人の俺はその揺れ自体には特になにも思わなかったが、地の底から響いてくるような重低音が揺れに引っ張られるかのように続いて聞こえてきた。


「わ、わわ、わ・・・サトル様、地面が揺れてます・・・」


この辺では地震が起こらないのか、この世界自体に地震というものが存在しないのかは知らないが、ミーナは経験がないようで、結構動揺している。

まわりを見てみると、ミーナ以外の者達も同様の反応を見せているから体験したことがないのかもしれないな。


地球でも地震の少ない地方の人間が日本にきてそれを体験すると軽いパニックに陥るという話は聞いたことある。震度5位の地震でも「おー、おっきいなぁ」とか呑気に思うくらいには慣れてしまっていた俺なんかはそんな話も大げさすぎだろとか思っていたもんだが、人件費高騰の余波を受けて外国人労働者を所属していた会社が受け入れた時、そいつらの指導を拙い英語とジェスチャーで仕事を教えていた際に実際起きた地震に対する反応を見た時にはじめて本当なんだなぁと実感したもんだ。


慣れてしまったからなんも感じなくなっているが、たしかによく考えたら地面が突然揺れるんだ、そら怖いよな。


「来るぞ!案ずるな!我らには大いなる加護が授けられたのだ!!百やそこらの魔物など、恐るるに足らん!!ルクテア様の祝福は我らにある!!」


「ルクテア様の祝福は我らに!」


「うおおお!やってやるぜ!!」


カルロが周りの恐れを払拭するように鼓舞すると、神の名を口にしたり大声をあげたりして各々が士気を上げようとしている。

虚勢のようにも感じるが、それでも震えて縮こまってしまうよりはましだろう。


その声や熱はどんどん周りに伝播していき、ビリビリと空気が大きく振動しているのではないかと錯覚するほどにボリュームを上げていった。


そんな中、外壁の上の所々にある物見櫓にいた一人の兵士が、叫ぶ。


「き、来たぞ!!魔物が来た!!」


その声は驚くほどよく通り、それまで辺り一帯に広がっていた熱を一瞬で凍らせるように静寂を呼ぶ。全員がその兵士が指差す方向を見て固唾を飲んだからだ。


数瞬前まであれだけ騒がしかったのに、今は隣にいる者の唾を飲む音まで聞こえてきそうなくらいに張りつめた空気がその場を支配した。

それまでも鳴っていたのだろうが、静かになったことでドドドドという魔物が引き起こしているのであろう地鳴りがその場の全員の耳に鮮明に届く。


もはや誰も声を上げるようなことはせず、全員が迫る脅威に備え、構える。


大丈夫だろうとは思っていてもこの腹に響くような重低音とその振動を目の当たりにすると結構緊張するもんだな。

だけど、何故か妙に落ち着いている自分も居たりする。自分の力に対する自信からなのか、仲間に対する信頼が起因してのことなのかはわからないが、こんな状況でも俺は慌てることなく普段通り・・・というのは流石にいいすぎだが、パニックになるようなこともなく迫る脅威に対応しようとしていた。


「数週間前までただのおっさんだったのに、人ってものの適応力は凄いもんだな」


住めば都というのはどんな場所でも住み慣れればそこが居心地よくなるという人の適応力を現した言葉だが、引っ越し経験がほとんどない俺はそれを人生で初めて実感しているかもしれない。


「おっと、そんなことを言っている場合じゃないな」


振動や音は今もどんどん大きくなってきている。

音の中には地鳴りの他にも徐々にパキパキという枝を折るような音も混ざってきた・・・と思った時、それはやってきた。


俺達全員の視線の先、小高い丘の上にある森全体がまるで揺らいだような錯覚を感じた直後、見覚えのある数匹の狼が木々の隙間を縫って飛び出してきたのを皮切りに、緑色の小鬼のゴブリンや額から体に似合わぬ大きな角を生やした兎の一角ラビット、足先や腹が赤い大型犬サイズの蜘蛛のレッドスパイダーや動く木のウォーキングウッド、さらにゾンビやスケルトンといったファストのダンジョンで戦ったことのある魔物をはじめ、でかいコウモリやミミズみたいな見たこともない魔物もたくさんいる。


鑑定を使って調べるのも億劫なくらい様々な種類の魔物がどんどん森から飛び出してくる。

不思議なのはどう見ても進軍速度に違いがありそうなのに、どの魔物も足並みを揃えるかのようにほぼ同じ速度でこちらに向かってくる。


ダンジョンで戦った時は緩慢な動きだったウォーキングウッドなんかもその名を変えたほうがいいんじゃないかと思うほどの見事な走りを見せている。

腕の様に枝を振って走る姿は妙に滑稽だが、そんな様子を笑っている余裕などはさすがにないな・・・と思って見ていたらその幹に突然穴が空いた。


穴が空いたおかげでその奥に居た魔物が見えたが、その額には一本の矢が刺さっていて、その魔物はそのまま倒れて動かなくなった。


よく見ると穴が空いたのはウォーキングウッド1匹だけではなくその周りの数匹も同じ状態になっているようだ。


「これは・・・!?」


「アンジェリーナか!」


拳闘士のクロードがトレイルの方を振り返り、壁の上で残身に入っていたアンジュを見て叫んだ。


アンジュは再び背中の矢筒から矢を一気に三本取り出し、番え、すぐさま放つと、矢の物とは思えないような風切り音と共に再び魔物の体に穴を空けた。


その直後、彼女に触発されたのか他の兵士が放った数発の矢が壁上から放たれたが、そのどれもが力なく俺達の後方へと落ち、魔物へと届くことはなかった。


それもそのはず、まだ魔物は俺達の前にすら辿り着いておらず、壁上からの距離500m~700m位はあるだろう。

普通の弓の射程がどのくらいなのかなんて知らないが、その距離まで届くほうが異常だというのはアンジュ以外の兵士が放った矢を見れば一目瞭然だ。


アンジュ以外が放った矢は壁から300m程前に居る俺達の半分位しか届いてないからね。


「魔物の間引きは私に任せろ!君達は最前線の彼らを抜けてきた魔物を狙ってくれ!」


彼女が勇ましく声をあげて壁上の兵士に指示を出すと、


「うおおおおおおお!!あの白銀のエルフすげえええぇぇぇ!!」


「彼女が居れば勝てる!俺達は死なずに済むかもしれないぞ!」


「かーちゃん!俺帰れるかもしれねぇ!」


魔物の襲来であれだけ冷え切った空気に再び熱が籠る。

お前ら、そんなに感情を上下させてたら温度差で風邪ひくぞ。






だが彼女の攻撃で俺の予想は確信へと変わった。

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