第93話 配置

「詳しく聞こう」


顔前で指を交差したカルロは神妙な表情で報告に来た兵士に要求した。


「発生源は概ね我々の予測した場所で間違いなかったようで、ファスト・トレイル間の街道とその付近を大量の魔物がまっすぐこちらに向かって侵攻しております」


「やはりすべてこちらに向かってきたか・・・。少しでも違う方向へ向かう個体がでることも期待したが、スタンピードの特性上仕方あるまい・・・」


この世界のスタンピードというのは人の到来がないダンジョンが冒険者などを自身の下へ来ざるを得ない状況を作り出すためにダンジョンが引き起こしているものなので、そこから溢れ出した魔物達の行動には目的を達成しようとするダンジョンの意思が介在している。

なので、その行動基準は複雑なものなどではなく、単純に近くの人口密集地を襲うという一点に絞られている。だが、これが実に厄介で、魔物達の第一優先目標が人口密集地であるため、道中で怒らせて一定数を違う場所へ誘導しようとしても一切目もくれず、目的地へと走り続けるらしい。

だから魔物達の数を分散するということはほぼ不可能で、一気に押し寄せる群れを正面から受け止めるしか手がないというのが現状のようだ。


誰に言うでもなく小さな声で呟いていたカルロだったが、少しの間沈黙していたが、すぐに立ち上がって兵士に指示を出し始めた。


「冒険者ギルドへは別の兵が報告へ行っているな?・・・よし、ならばお前はトレイルの兵達すべてに事前に決めた配置へ着くように伝えろ!」


「ハッ!」


報告に来た兵士は指示を聞くとすぐさま自らに与えられた任務を全うすべく、部屋から出ていった。


「俺達もすぐに西門へと行こう。・・・サトル殿、厳しい戦いになると思いますが、あらためてお願いいたします。このトレイルを・・・守ってください・・・」


俺に対してなんの躊躇もなく頭を下げるカルロ。

貴族ってこういうのに対してはやたらプライドが高くて簡単にしないという印象だったけど、どうやらこのカルロという男は俺の持っていた偏見には値しない人物なようだ。


「手伝うと言った以上は俺達も全力を出すさ。結果それが自分達の安全にもつながるしな」


「・・・ありがとうございます」


最優先は俺達の自身の命であって、それを簡単に投げ出すような選択はしないつもりだ。

スタンピードに対して手伝うというのは危険なことなのは間違いない。カルロもミーナも・・・あのオリヴィエでさえかなり緊張の面持ちでいる。それはその脅威というものを実際に色々なところから伝え聞いているからであろう。


十数年に一度という頻度というと少ないかもしれないが、一度起こってしまったそれは必ずと言っていい程甚大な被害を引き起こしているはずだ。

戦闘職についているものがそもそも少なく、さらにその者たちでさえ大半がレベル5にも満たないという低さなのだから、百を超える魔物に一斉に襲われたらどういうことになるかなど、容易に想像出来よう。


だが、今回に限っては俺はそんなに心配はしていない。


「それじゃ、行きますか。オリヴィエとミーナもよろしく頼むぞ」


「はい!」


「が、がんばります」


キリっとした表情で気合の入っている様子のオリヴィエと、不安ながらもしっかり返答してくれたミーナ。

他の誰が犠牲になってもいい・・・というわけではないが、申し訳ないけど他の誰かとこの二人に同時に脅威が襲った時は何の迷いもなくオリヴィエとミーナを助ける。それはしょうがない。俺はこの二人を失うつもりはないんだからな。


俺達はお互いに声を掛け合って気合を入れつつ、事前に決めた作戦の配置である西門へと向かった。





「サ、サ・・・サトルっ!」


西門に着いて外へ出ようとしたとき、後ろからアンジュが声をかけてきた。


「人の名前を呼ぶのにいちいち気合を入れないでくれるか?」


名前の前でやたらどもったあげくに大声で呼ぶもんだからこの場の全員に注目されてしまったでしょうが。


「であればやはり敬称をつけさせてほしい・・・あなたを呼び捨てにするなんてそれだけで緊張してしまう・・・」


上目使いでもじもじしながら言わないでほしい。決戦の直前なんだぞ。ムラムラするだろ。


「そんなのそのうち慣れるだろ。俺を変に特別視するからそんなんになるんだ。ほーれ、よーく見てみ。どう見ても普通の男だろぅ?」


彼女にもカルロや他のメェンバー達にも俺が使徒だなんて直接言ったわけではないが、もう彼らはそうと確信しているようだし、この事態においてはそう思わせておいた方が色々心強いだろうと思ってあえて否定していない。

だからアンジュも俺の事を使徒だと思っているんだろう。この中でそうだと思ってないのは俺だけという説もある。なんでなんだろう?


「あなたの力の一端を直接体験しているのだ。今更そんな風には見れないぞ」


力の一端ねぇ・・・正直まだこの世界の常識というものに疎いから何が特別なもので何がそうじゃないのかというのがいまいち理解しきれてないんだよな。

たぶん今回の場合、アンジュが言っているのはPTに入れた時の力の上昇以外に、その場で何も使わずにPTに入れたというのもあったのだろう。


まぁこの辺はこれからもこの世界に住み続ける以上は自然に理解してくるだろう。積極的に学んでもいいけど・・・正直めんどくさい。そんなんするんだったらダンジョン行ったりオリヴィエ達とイチャイチャしていたいもん。


「そうかい。んで、俺に何か用か?」


「そんな連れないことを言わないでくれ。私もメェンバーに選ばれたのだぞ」


選んだっていってもレベルの高い方から順番にチョイスしていっただけなんだけど・・・っていうのはわざわざ言う必要もあるまい。そう思ってくれていた方がモチベーションも上がるだろうしな。


「サ、サトルのことは全力で援護するから任せてくれ!」


「お、おう・・・」


「うむ!」


え?それだけ?すんごい胸張って満足そうにしているけど。


「ありがたい申し出だけど、アンジュには俺の援護をするよりも壁の上という視界のいい場所にいるのだから全体を見て危険そうな場所を助けてほしい。危険な場所が見当たらなかったら魔物が一斉に来ないように奥の方のやつを適当に間引いてくれ」


今回の配置を決める際にオリヴィエとミーナは俺の近くに置いてもらうようお願いした。普段から一緒に行動しているから連携しやすい・・・というのは表面上の理由で、ほんとは危険が及んだらすぐに助けに行ける距離に置いておきたかったからだ。連携しやすいってのも嘘ではないけどね。


最前線ではあるが、俺の周りは高レベルのオリヴィエとミーナがいるため、他の場所よりも安全とすらいえるかもしれない。


「そ、そうか・・・わかった・・・」


そんなシュンとするほど俺の援護がしたかったのか。

でも彼女には全体を見てもらって臨機応変に立ち回ってもらうのが一番なのだ。試していないから確実ではないが、俺達のPTに入っている現状なら弓矢の攻撃でも襲撃予定の魔物の強さならば一撃で倒せるはずだ。そうでなかったとしてもそれに近い状態まで敵の体力を奪うことが出来るはずなので問題あるまい。


そうした場合、彼女が一番輝くのは個の援護よりも戦場となるこの西門全域の調整役だ。

たとえ弱い敵でも一斉に襲い掛かられては万が一があり得る。それを無くすために彼女には敵を間引いて最前線に立つメェンバー達が戦いやすい状況を作ってもらうのだ。


「ある意味アンジュの仕事が一番重要なんだ。頼んだぞ。これを無事乗り切ったみんなで酒でも飲もう。俺の奢りでもいいぞ」


「ほ、ほんとうか!?わかった!頑張る!」





そういうと門横にある階段を登り、自分の配置へとスキップで向かっていったアンジュ。

年齢のわりに少女みたいな反応するよね。彼女。

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