第91話 作戦
「では、この会議で決まった作戦をあらためて確認する」
冒険者ギルドの二階、その会議室内でカルロやギルドマスターのダスティンが主導して今回のスタンピードを乗り切るための作戦が大方練り終わり、部屋の中央の大きな長方形のテーブルの真ん中に置いてあるトレイル周辺地図を全員で眺めながらカルロが最終確認に入ろうとしていた。
「今回スタンピードが発生したと思われるのはトレイルの北西に広がるグラウ大森林のどこかだが、今までの調査履歴とサトル殿の報告を加味すると、未発見のダンジョンは大森林中腹部、やや南側のトレイル・ファスト間の街道寄りである可能性が高い」
ダンジョンを放っておくとスタンピードを起こすのは確実な為、その調査などは日々国や街からの依頼で行っているらしい。だが、ダンジョン自体はそんなに頻繁に発生するようなものでもないのとその調査範囲が広大すぎるため、とてもすべてを完全に見回ることは出来ない。
潤沢な予算と膨大な人材を投入すれば完璧に防ぎきることが出来るかもしれないが、十数年に数回程度しか起こらないものにそんなものを導入出来るわけもなく、このトレイルにおいてもその調査は週に一回あればいい方で、月に一回ということもざらという話だ。
今のこのような状況におかれたら「なんでもっと調査をしないんだ!」という声はそこら中からあがるだろうが、もし十年以上発生していないような状況で調査をするから税をあげるということを言えば「そんな無駄なことで税金を使うな!」というのが人というものだ。
間隔としては天災に近いスタンピードは地球でいう地震や噴火、津波や台風などに近いだろうか。
比較的裕福で世界でも天災が多いとされる日本でさえ、その備えを過剰にやると税金の無駄遣い、予算を得るための無駄な公共事業と叩かれ、実際にそれらの防災策が不十分で被害が出たりすると、防災意識の欠如、国の怠慢などと新聞やテレビが騒ぎ立てるだろう。
そのため、結局それらの対策などはどれも想定される最大の被害を防ぐには予算不足で実行できず「それなりにわりと少し強めのものをはんなりと防げるんじゃないかな?」程度のものになりがちだ。
それはこの異世界でも同じで調査はするが、発見出来たらラッキー程度の人材しか投入できずにいるのが現状なのだろう。
だが、その少ない調査でもそれらは少しずつでも実行してきた記録はきちんと残っているようなので、それらと俺が街道でオーガと遭遇したという話を総合的に判断し、ダンジョンの発生場所を予想したようだ。
といっても地図に書かれたダンジョンの予想位置は天気図で三日後の台風の進路予報円位大きな円で書かれていた。日本地図とトレイル周辺地図では縮尺がかなり違うから実際の予報円ほど大きな範囲じゃないけどね。
「そして知っての通り、グラウ大森林はトレイルより高い位置にあり、その間には切り立った崖が南北に伸びている」
確かにファストからの街道を進み、トレイルの街を最初に発見した時はこの街を見下ろす形でその大きさに感嘆していたな。
街道自体は緩やかな下り坂だったが、左手に見えていた森はその位置を下げることなく、それは崖で途切れるまで続いていた。
グラウ大森林が高い位置にあるというよりも、このトレイルが低い窪地のような場所にあるのだろう。
思い返して見れば最初にトレイルを見た時、街の向こう側に湖のようなものが見えていたし、南北からは川が流れていて合流し、その湖へと流れ込んでいた気がする。
川というのは生活用水としての利用以外にも、輸送などにも便利である。
しかもこのトレイルの近くでは北からも南からも流れこんでいるという好立地だ。たぶんだけど、それらを利用してこのトレイルは交易の要所となり、発展してきたのだろうな。
「ダンジョンの予想位置とこの地形的要因を考慮すると、魔物の多くは北門よりも西門へ殺到するだろう」
ダンジョンが起こすスタンピードというのは「人を呼ぶためにダンジョンが起こしているもの」なので、そこから発生した魔物達はダンジョンからただ単に放射状に散っていくのではなく、近くの人口密集地へと向かってくるらしい。
そこに住む者たちにとってはなんとも迷惑な話だが、被害が出ないと人が来ないということをダンジョンは理解しているのだそうだ。
誰かがダンジョンから直接聞き取りでもしたのかと思ったがそうではなく、そうでなければ説明出来ないことが色々あるらしい。
決して進んでいるとはいえないものの、ダンジョン自体の研究も各国の組織的機関で行っているらしく、現在はその仮説が最も有力なのだ。ってダスティンがさっき言ってた。
「なので、我々メェンバーの内の大半は西門に配置し、その討ち漏らしを街に駐留している衛兵が防壁の上から弓などの遠距離攻撃で処理する。北門には少数のメェンバーとほぼすべての冒険者で対処してほしい」
「西門の方が多いっていうなら、やっぱり衛兵じゃなくって日々魔物と対峙している冒険者達の方がいいんじゃないか?」
「冒険者が魔物を討伐する時の基本は少数の魔物にパーティー全員で対処するのが基本だ。スタンピードのような数の暴力ではその戦い方では多くの被害が出てしまう。だから魔物との戦いの経験は少ないが、日々の訓練で弓の扱いに慣れた衛兵達が壁の上から対処した方がいい・・・という話になったはずだ」
赤髪のミゲルの異論は一蹴されてしまった。
というかさっきもそれ言ってただろ、お前。学習せんかい。
大挙して押し寄せる魔物達を俺達のパーティー・・・メェンバー・・・なんか違和感が凄いけど、慣れてきている自分も居て怖い・・・達が間引き、適度に後方へ流してそれを門前に配置した少数の冒険者と防壁の上の衛兵達で倒すというのはさっきみんなで決めたことだ。最終確認の今異論など出しても覆るもんじゃない。さっきと同じ意見ならなおさらだ。シュンとするなら考えて発言しなさい、赤髪よ。
「メェンバーの配置は北門に冒険者の統率がとれるダスティンと、その援護にミゲル。西門はそれ以外のメェンバーとなる。先程決めた通り、アンジェリーナは視野を広く持ってもらうために壁上からの援護に回ってもらう」
「私は弓使いだが、近距離でも戦える。いざという時は壁から降りても動けるという事は伝えておこう」
「わかった」
アンジュは弓の他に近距離戦闘用に刀身の短いナイフのようなものを腰につけていた。鑑定すると、それはドランダガーというものらしい。
俺がそれを見ていたらアンジュがこちらに目をやり、
「これでいつでもあなたの下へ駆けつけます」
整った顔の人が表情をキリっとさせると絵になるねぇ。とりあえず軽くうなずいてみせたら目を逸らされた。この感じはあれだな。好感触ってやつや。
まぁ、俺はソンケーされる使徒様ということになっているからその時点で好感度爆上がりだったのだろうな。なんか複雑だけど、嫌いになられるよりはいいか。もっと慕ってくれてよいぞ。
「決して作戦というほどのものではないが、今の我々の戦力ではこれが最善だと思っている・・・。それでも厳しい戦いにはなるだろうが、各人の奮闘に期待したい」
カルロの言葉にそれぞれが気を引き締める。
ミゲルはちょっと震えてるな。大丈夫か、お前。まださっきの事引きずってるんじゃないだろうな。しっかりしろよ。
「それでは一旦解散としよう。森へは先だって偵察を送ってある。動きがあればすぐに報告がくるだろう。その時までそれほど猶予があるとは思わんが、それまで英気を養ってくれ」
その後「以上だ」というカルロの言葉でこの場は解散となり、冒険者達は外に出ていく。
俺も行こうと思った時、
「サトル殿」
と、カルロに呼び止められた。
なによ、まだ何かあるの?俺はもうお願い事はお腹いっぱいだから、逆に空っぽのリアルストマックにそろそろ何か入れたいんですけど。
たぶんそろそろオリヴィエストマックは抗議の声を上げ始めるぞ。
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