第90話 怒号
「なんだこれ?」
その場の全員が俺に跪き、頭を垂れていた。
わー、まるで王様気分っ。ってくだらない感想を持ったが、そう思う俺の気持ちも理解してほしい。だってほんとにそんな感じなんだもん。貴族であるカルロまで同じことしてるし・・・。
あれからパーティーを抜けて戻って来た冒険者とギルドマスターのダスティンをパーティーに入れると、全員が前の二人と同じように驚き、すぐに状況を察して今に至る。
いつも一緒にいるオリヴィエとミーナまで自らの意思でしてるのか、それとも場の雰囲気にのまれたのかは知らないが、二人共他の者達同様、俺にかしずいていた。
「おいおい、やめてくれ。俺はそんなことをされても困るだけだ」
「いえ、これは最低限の礼です。本来であれば、街を・・・いえ、国を挙げて歓待するところです」
冒険者達の一番前に陣取って俺に跪いている貴族様がとんでもないことをいいだした。
「さっきも言ったが、このことは内密にしてくれよ。俺はそんなことされたらこの国から出ていくからな」
「そんな・・・」
「せっかくいらしたのに」
「ほんとうにいらっしゃったのだなぁ」
「私も・・・」
「皆の者!」
俺の言葉にざわざわしていたその場の全員が、カルロの言葉に静まり返る。
はい。みんなが静かになるまで一分かかりました。実際は十秒もなかったけど。
「サトル殿は目立つのを嫌っておられる。この非常事態に我々のために降臨なされた方の希望だ。最大限尊重せねばならんぞ」
いえ、私はアナタガタの為にコーリンなんかはしてません。ただ取引停止を撤回してほしくて来ただけです。・・・そういやそんな理由だったよね。自分自身でも忘れるところだったわ・・・あっぶね。
カルロは立ち上がり、後ろで跪いたままの冒険者達の方を向いて続けた。
「サトル殿のことを誰かに話すことを禁ずる。これは厳命だ。もし違えたら俺の総力を持って罰してやるからそのつもりでいろ」
鋭い眼光が冒険者達を射抜・・・いていると思う、たぶん。俺にはカルロの後頭部しか見えないけど、そんな雰囲気がする。
「使徒様の願いを無下にするなんて恐れ多いこと・・・誰もしますまい」
ダスティンが静かに答えると
「俺も誰にも言いませんぜ」
「当然です」
「女神ルクテアに誓って」
他の面々も続いた。
どうやら、この人たちから俺のことが漏れる心配はないようだ。俺の希望にプラスしてカルロの厳命の効果も大きかったのかな?
まぁもしうっかり誰かに喋っちゃったり当人同士の話を聞かれちゃったりして他の人に伝わったとしても、俺のパーティーに入ったことで直接実感したここのメンバーではない者がそれを聞いたところで、素直に信じるような話ではないと思う。まかり間違って、もしめんどくさいことになったらカルロにちくってどうにかしてもらおう。言質はとったしな。
「おそらくだが、ここにいるメンバーならば今回のスタンピードで襲来する魔物程度ならば今までにない程簡単に倒せるくらいの実力は得たはずだ」
「めぇんばぁ?」
「もしや、使徒様の使いとしての名前か?」
「我々がめぇんばぁ・・・」
メンバーもここにない言葉なのか・・・微妙にめんどくさいなぁ・・・。しかも俺がそこで丁度嚙みそうになったせいで変なイントネーションの言葉に変換されてるし・・・。
っていうかここに居るメンバーがめぇんばぁとかいう名前のチーム名になっちゃった感じ?大丈夫?それ。ダサない?
でもなんか嬉しそうにしてるからこのままほっとくか。訂正するのも面倒だし。俺が噛んだという事実も消せるしな。
キミたちはめぇんばぁ!このサトルのめぇんばぁだ!!
超絶便利な調味料みたいで絶妙にダサいな。
「この世界の理で八人までしかパーティーとすることは出来ないが、襲撃してくる魔物が二百程度で魔物側が連携でもしてこない限りは大丈夫なはずだ。向こうは突撃してくるだけだが、我々には知恵がある。ここに居る者たちには今まで魔物と対峙してきたという十分な実績もあろう」
発言する度に引き締まった顔で頷いたり、褒めたりしたら嬉しそうに顔がニヤケたり・・・俺の言葉でこんなに一喜一憂されると、なんか違う感情が芽生えて勘違いしそうになるな・・・。カルト宗教の教祖なんかはこんな感じなのだろうか。確かにこんな反応を毎日返されたら自分が位の高い人間なんて莫迦な認識を持ってしまうかもしれないな。・・・俺も気をつけないと。
「確かに俺やそこのオリヴィエとミーナの力は君達より上だ。だが、それは君達よりも強いという事ではない。おそらく手合わせしてくれたカルロ男爵なら気が付いていると思うが、我々には戦闘に関する絶対的な経験値が足りない」
ここでいう経験値というのはレベルに必要なものではなく、実際に魔物や人と戦ってきたという経験のことだ。
俺達の経験値はボーナススキルでブーストされ、マルチジョブで更に上乗せされたものになっているからこそ、今のレベルに達しているのである。
だがここに居る者たちは経験値倍増もなく、本来の方法で経験値を蓄積してきた者たちだ。場数が違う。それは俺達とは比べられない程のものだろう。
「だから、今回の事態を乗り切る作戦などは君達自身で考えてくれ。・・・一つだけ助言するとすれば、この中で言えば・・・俺とオリヴィエ、ミーナと・・・アンジュは間違いなく魔物を一撃で倒せると思う。他のメン・・・メェンバーは実際に戦ってみてもらわないとわからないが、それに近い結果が出ると思うぞ」
スタンピードは1層から5層までの魔物が出現するという話なのだが、1層と2層の魔物はここの全員が一撃で倒せるだろう。一段強い魔物が出現する3層から5層までの魔物は正直やってみないと分からないが、俺の少ない経験則でも少ない手数で倒せることは確実だと思う。
俺達が探索していた時のオリヴィエはかなりの手数を必要としていたが、あの時と今は違う。今はパーティーメンバーが八人でその分補正値も入ってくるはずだ。ならばもう一段強くなる6層の魔物ならともかく、1層と比べても一段階しか強さの上がっていない魔物が相手ならば、圧倒するくらいの実力は得ている・・・はずだ。
最後の最後で少し弱気になったが、こればっかりは実際にやってみないとわからないからしょうがあるまい。
「魔物を一撃で・・・」
「それがメェンバーの力・・・」
お、それっぽく言ったらイントネーションがひらがなの情けない感じからカタカナ風に変わったな。・・・だからなんだという話だが。
めぇんばぁよりはメェンバーだろ。これ重要。
とりあえず俺から言う事は言ったので、カルロに目配せする。
男爵は正確に俺の意図を汲み取ってくれたようで、彼らに向き直る。
「スタンピードの兆候が出始め、それが確実となった時は正直、このトレイルの壊滅という帝国にとって最悪の事態まであり得る状況であった・・・。だが、女神ルクテアは我々を見捨てず、サトル殿という使徒様まで遣わせてくれた!」
ついに俺の事を使徒と断言しやがったな。今更否定するつもりもないけど、絶対にここ以外の人に言うんじゃないぞ。絶対だぞ。フリじゃないからな!
「だが、神の名に唱え、それに甘えるばかりではいけないことは歴史が証明している。現にサトル殿も自分達で道を切り開けと言っておられる。ならば我々は自分の頭で考え、行動しなければならないのだ。この存亡の危機に今こそ我らの力を結集し、見事乗り切ってみせようぞ!」
カルロが突然始めた演説を終えると、その場に居た俺以外の全員が怒号のような雄叫びをあげはじめる。
うーん、宗教って怖い。
部屋の中で一人冷静にその様子を見ていた俺だったが、そんな感想が真っ先に浮かんできたのだった。
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