第89話 敬称
カルロの言葉に少し表情を険しくした冒険者達だったが、やはりおおよその予想はついていたらしく、大きく動揺することはなかった。
「やはりか・・・。で、増援の目途は立っているのか?」
金髪エルフのアンジェリーナが真っ先に口を開いた。
というか、貴族で領主のカルロにそんなぞんざいな言葉使いをしていいのか?・・・とか思ったけど、よく考えたら俺も敬語を使おうとしたらやめるように言われたし、もしかしたらこの街では普通の事なのかな?
横のダスティンは頭痛そうにしているけどな。
「増援は来る。・・・だが、おそらく襲撃には間に合わないだろう」
「なっ!?・・・ではどうするのですか?どう考えてもここトレイルの戦力だけではスタンピードの波を止められませんぞ」
拳闘士のクロードが言葉は敬語を保ってはいるが、カルロの言葉に思わず貴族の彼に意見してしまっていた。
だが、先程のアンジェリーナの時と同様に、カルロは特に気にした様子も見せず続ける。
「だが安心しろ。女神ルクテアは我らを見捨てなかったぞ」
現実に迫る危機に神の名を出すカルロに対して集められた冒険者達は困惑の表情を浮かべる。
中には隠しもせずに溜息をつくやつもいた。
こういう時に宗教的なものを出されると、その名において行動すれば救われる的な根拠のない神頼みという思考放棄をしたのではと疑われるのも無理のない話だろう。神の名を出せばすべてが上手くいくと言わんばかりのことを真面目に話す奴なんて元の世界でもいっぱいいたしな。
「まぁそんな表情になるのもわかる。私だって神の存在を疑ったことのある人間だ。気持ちはわかる。しかし、今回に限っては天上の御導きと言っても過言ではない」
熱弁するカルロだったが、そんな彼とは裏腹に冷え切った冒険者達は冷え切った態度を崩さない。日々、命の危険を冒して稼ぎを得ている彼らには神の名というのは逆効果だったのかもしれない。普段から救いのない理不尽を幾度も体験したり、話に聞いたりしているだろうしな。
まるで熱交換をしているのかと思うくらい、両者の間には温度差が広がっていた。
「まずは説明してくれないか。現実主義者の貴方がそう思う理由があったのだろう?それがないと我々は困惑するばかりだ」
アンジェリーナが眉間にしわを作ったまま、カルロが高揚している理由を求めた。
「そ、そうだな・・・すまん。とりあえず説明の前に、君たちにも俺の様に実際に体験してもらった方がはやいと思う。上がってきたばかりですまないが、現在パーティーに所属している者は一度一階に戻って抜けて来てくれ。そうすれば君たちにもすぐにわかるはずだ」
カルロの言葉を聞いた冒険者達は戸惑いながらもダスティンに連れられて素直に部屋を出ていく。貴族であるカルロの指示を拒否する肝の座ったものなどそうそういないだろうしな。
・・・と思ったら、アンジェリーナだけは腕を組んだままその場を動かなかった。彼女は男爵のカルロに対しても最初から敬語を使っていなかったし、貴族の指示など簡単に従わないのかな?
私に命令できると思うなよ!私に命令したかったら力でねじ伏せてみせろ!
はい、わかりました。ねじ伏せた先にベッドなどを用意しておいても大丈夫でしょうか?
「白銀のアンジュはパーティーに所属せず単独行動という噂は本当だったのだな」
指示に従わないんじゃなくて、ただソロだから一階に行く必要がなかっただけか。孤高で高レベルで美人なエルフのぼっち・・・キャラが立ってて素晴らしいね、キミ。ついでに俺のも立ててくれないでしょうか?
何を、って・・・もちろんキャラですよ?キャラクター。そっちだったら漢字が違うでしょ?俺はどっちも構わんがね。
「私とて昔はパーティーを組んでいた。たまたま今は共に行動するに見合うものがいないだけだ」
まぁこの世界でソロ活動で彼女のように二桁のレベルに到達するのはさすがに無理ってもんだよな。いくら彼女の年齢が「48」ということを加味しても、だ。
「ならば、サトル殿。先にこのアンジェリーナからお願いします」
お願い、というのはこのアンジェリーナをパーティーに加えろ、ということだ。
俺はカルロに今回の危機を乗り切る策を細かく伝えたわけではないが、彼は俺が集めた人数と自分の身に起きたことだけでほとんど理解していた。
よく考えれば誰にでもわかることだろうけど、普通ではないことに対してすぐに順応して理解するのはさすがこの大きな街を治める貴族だよな。
自分が理解不能の事柄はすべて頭ごなしに否定する頭カッチカチの輩だっていくらでもいそうだが、このカルロという貴族はそんな者たちには属していないようだ。そんなやつだったとしたら、もしかしたら協力もしなかったかもしれない。
「わかった」
俺はアンジェリーナにパーティー申請をする。
「・・・!?」
彼女は驚いた表情を浮かべ、俯いて数秒程なにやら思考を巡らせたのち、俺に目を合わせて静かに頷いた。
すると、彼女もカルロの時と同様に、自分の手のひらを見て力の上昇を実感しているようだった。
金髪美女にいきなり見つめられてちょっとドキドキしちゃっていた俺は彼女が視線を切ってくれて内心ホッとしていた。たぶん情けない顔になってたしね。
「なるほど・・・こういうことか・・・。先程までの男爵の態度も納得だ」
そう言うと、アンジェリーナはいきなり片膝をついた。
どうした。キミもお腹が痛くなったのか?カルロは結局お腹痛くなってなかったから「も」、というのは違うか。
「使徒様。まさか生きてお会いできる日が来るとは思いませんでした。私はララリアの里の長ハイツの娘、アンジェリーナ。どうぞアンジェとお呼びください」
うーむ、この世界では不思議な力を持つ者イコール使徒なのかな?
カルロもアンジェもパーティーを誘っただけなのに、一発でそこに辿り着くんだよなぁ。俺自身がまだ完全に認めてないってのに・・・。
まぁ今は否定しないほうがこの事態を乗り切ることに役立ちそうだからしないけど、ほんとはあんまり大事にしてほしくないよねぇ。
このまま王様・・・じゃないか、ここは帝国だから皇帝かな?・・・のところとかに連れていくとかいう話になったら全力で逃げよう。めんどくさいし。
「あまり大事にしてほしくない。俺の事はサトルと呼んでくれ」
俺がそう言うと、何故かアンジェリーナ・・・アンジュだっけか。・・・は凄い嬉しそうな顔で俺のことを見る。あ、ちょっと頬も赤いな。こんな美人にこんな表情で見つめられるなんて役得やのう・・・。
「わかりました。サ、サトル・・・様」
「様も別に要らないぞ。アンジュの方が年上だしな」
魂年齢を考慮しても上だし、彼女は俺の奴隷でもないしな。オリヴィエとかミーナでそんな呼び方もかなり慣れてきたけど、出会ってすぐの人に敬称をつけられるとなんかくすぐったいんだよな。性根の底から凡人なもんで。
「そ、そんな・・・」
「ほら、言ってみ。サトルって」
なんか低い位置でモジモジしてるから俺の血の中でもうっすいSが珍しくもぞもぞと顔を出してきた。
「サトル・・・様」
「サ・ト・ル」
「・・・サ、サトル」
最後は観念してちっちゃーーい声で俺の名を呼んだアンジュはとってもとってもとってもとってもかわいらしかったです。はい。
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