第86話 依頼
「スタンピード!?」
「まさか・・・」
と、後ろの二人は驚いております。
こういう場面では常に後ろで控えて口を出してこない二人もカルロの言葉には反応せざるを得なかったようだ。
俺については第三部の主人公の口癖と溜息しか出てきませんでしたけどねっ!
「一応聞いておこう、スタンピードとは?」
カルロは俺を少し一瞥してから一呼吸置き、少しの間目を閉じてから話し始める。
「・・・ダンジョンが長期間放置されるとダンジョン自体が人を呼ぶために起こすと言われている現象だ。このトレイルは東に広がるグラウ大平原に入ったばかりの場所にダンジョンがあるが、今回はどうやら西のグラウ大森林のどこかでダンジョンが育っていたようだな」
よくあるダンジョン内で産み出され続けた魔物が飽和し、それが溢れ出す・・・というものとは少し違うのか・・・。ダンジョンが人に来てほしくて起こすって寂しがり屋かよ・・・まぁ目的はそんなんじゃなくて自身に必要な人の魔力かなんかだろうけど。
「そんな状態になるまで発見出来なかったのか?」
「定期的に調査名目で冒険者ギルドへ依頼を出してたりはするのだが、グラウ大森林は広大な上、森の東側はダンジョン3層と同程度の魔物が度々出現する・・・そしてそれに対応できる冒険者は少ないというのが現状だ・・・。最善は尽くしているが、完璧とはとても言い切れない」
どこかで発生して時間が経ったら爆発するものを放置するなど危険極まりないから探索はするが、広大な対象範囲に対して圧倒的人材不足による探索不足が今回の原因か・・・。
この世界の人間はレベルが低い・・・というよりどう考えても普通の人が高レベルに上げられるような経験値設定じゃ無い気がする。設計ミスなのか、はたまた効率的運用の開発不足なのか・・・。
うーん・・・なんとなくだけど、両方な気がするなぁ・・・。
「ですが、スタンピードの兆候が見られた場合の判断は単純で、迎撃か撤退です。後はどちらに比重をおくか、もしくはどちらかに完全に振り切るか・・・ですね」
「ここトレイルを放棄するわけにはいかん。ここが失われたら帝国は南側と北側の交易が事実上寸断されることになる。そうなった場合は帝都をはじめとした北の主要な街の多くで今年の冬を越すだけの満足な食料を得られず、特に貧困層で多くの餓死者が出るぞ・・・」
南の肥沃な土地からもたらされる食料がないと北側の人口を養うことが出来なくなる・・・ということなのか。
トレイルが交易の要所で重要な街だというのはその規模と発展具合を見れば想像できるが、これは思ったよりも緊急事態なのかもしれないな・・・。
一つの街が一時的に失われるだけならその後に戦力を整えて奪還すればいい話かもしれないが、今は秋口に入ったところで時期的に最悪と言えるのだろう。
今、この街の交易を止めれば止めるほどそのしっぺ返しは確実にくらう。
街毎に蓄えなどはあるはずだが、そのほとんどが富裕層から順番に消化され、貧困層までは行き渡らないのだろう・・・だから先程のカルロも貧困層で、という枕詞をわざわざつけたのだと思う。
「それでは避難は自主避難を主におき、今ある全戦力で防衛態勢を整える・・・ということでよろしいでしょうか?」
「それしかあるまい。お前も元よりその選択肢しかないことはわかっておるだろう。厳しい戦いになり、多大な損害も避けられないだろうが・・・トレイルは絶対に死守せねばならん」
「全戦力って・・・もしかして俺も入ってる?」
「・・・」
「・・・」
え?男二人に黙って見つめられても嬉しくないんですけど・・・。あ、頷きやがった・・・二人同時に。
うーん、凄い非常事態・・・なんだよな・・・?
なんでだろう。俺みたいな小心者の小市民がこんな場面に出くわしたら普通に逃げ出したり、そうでなかったら慌てふためいて滝汗を流すような状況なんだけど・・・。
俺は不思議と落ち着いていた。何故かはわからん。わからんが、妙に冷静で居られているんだからしょうがないだろう。
レベルアップして実力がついたことが原因だろうか・・・?それともオリヴィエ達の手前無様な姿を晒すことを恐れていることの反動だろうか?
いや、それを加味してもこの状況下での今の精神状況はどう考えてもおかしい。そもそもこんなに自分自身の状態を冷静に分析出来ている時点で異常と言えるだろう。
だが、まぁ無闇にやたらに慌てたりして無様を晒すよりは格好がつくから今はよしとしておこう。特に不都合もないしな。
「トレイル領主としてあらためてサトル殿に依頼したい。今回のトレイル防衛に助力願いたい。今は一人でも多くの実力者が必要なのだ」
「冒険者ギルドからもお願いする。力を貸してくれ・・・」
年も身分も俺より高いのに、二人共が俺に頭を下げて懇願している。
あんな手合わせ一回してちょっとカルロの攻撃を凌いだだけの俺になんでこんな必死に依頼するんだろう。
・・・いや、カルロの実力というものの物差しが非常に厳しいということが周知されているからこそ、そんな彼の攻撃を凌いだ事実自体が俺の実力を疑う余地のないものにしているのかもしれない。
訓練場での周りの反応を見るに、この男爵の実力はかなりのもので間違いないだろうしな。
どうするか・・・というか貴族、それもこの街の領主という立場にある男に頭を下げられている時点で断るという選択肢は取れないのではないか?
そんなことをしたら、この先平穏に暮らせられなくなるかもしれんし・・・。
このカルロという男の印象は悪いものではないが、他の貴族も同じ様な態度でいてくれるとは限らない。断った時、おそらくはこの目の前の男達は責めたりしないような気がするけど、このトレイルの防衛が成功した時に領主の願いを無下に断った男としての汚名を背負わされ、今後の生活に負の遺産として長く残るかもしれないが、もっと最悪なのは防衛に失敗した時、このトレイルを失った責任の一端を担わされたらどんな罰を与えられるかわかったもんじゃない・・・。
つまり、俺には選択肢が用意されているようで、実際は完全なる一択である。
「・・・スタンピードではどういった魔物がどのくらい来るとかは・・・わかるのか?」
これで俺達が戦っていたモンスターより強いやつらがわんさか来るようなものだったらもうどうしようもない。もしそうだったら、今後のことがどうなろうが断ってしまおう。死ぬよりはましだ。
「過去に起こった記録ではスタンピードを起こしたダンジョンの1層から5層までに出現する魔物が大挙して襲い掛かってくるらしい」
5層まで・・・ということは、強さ的には3層のモンスターと同程度か。
俺達の潜っていたダンジョンでは3層から少し強くなり、5層までは1層あがる毎に数が増えるだけで同じ強さだったはずだ。
ダンジョンが変わるとパターンも変わる可能性もあるが、前にミーナが教えてくれた情報ではモンスターの種類は変わってもパターンは同じという話だったはずだ。
「5層までか・・・わかった。協力しよう」
不安は全然ある・・・。あるが・・・強さ自体は俺達の敵ではないだろう。
問題は・・・やっぱり数だよな・・・。
いくら問題ない強さとはいっても、数も力だ。あまりに圧倒的な数であれば最後には押し切られてしまうだろう。
そこはこちらも数で対抗するしかない・・・か。
受けたからにはもう覚悟を決めてこの事態を乗り切ることに集中するしかあるまい・・・。
もう少し情報を整理する必要はあるだろうが・・・最終手段も視野に入れなければならないかもしれないな。
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