第85話 定跡

「そういえばまだ互いに自己紹介もしていなかったな。俺はこのトレイルを任されているカルロ・フォン・エスター男爵だ」


ああ、やっぱりこの人貴族だったわ・・・。散々タメ口聞いてきちゃったけど大丈夫なのかね。

俺の名前はもうクイルで見て知っているだろうけど、この流れで彼だけに自己紹介させるというのも失礼になりかねないから一応名乗っとくか。


「サトルだ・・・です。後ろの二人はオリヴィエとミーナ。三人共冒険者ギルドに登録している・・・ます」


やばい、この世界に来てずっと横柄な言葉使いをしていたせいか、すらすらと敬語が出なくなってしまっている・・・。前の世界では職場の年下上司なんかにも躊躇いなく敬語を常用していたってのにな。


「気を使わなくてもいいぞ。貴族とはいっても下級貴族の成り上がり者だからな。俺も平民あがりだ」


「カルロ様・・・あなたは良くてもあなたの部下や周りの目というものがあります」


自己紹介の途中で遅れて入ってきたダスティンがツッコミを入れてきた。


「公の場以外でなら問題あるまい。俺の配下にもそんな狭量の者はおらん」


「ふぅ・・・そんな単純な話ではないのですが・・・。まぁ私があれこれ口を出す立場でもないということも確かですのでこれ以上は控えておきます」


額に手を置いて頭が痛そうなダスティンはそう言うと、一つ溜息を吐いてからこちらに顔を向けた。


「サトル殿。私からも自己紹介をさせてくれ。もうわかっていると思うが、私はこのトレイルの冒険者ギルドでギルドマスターを務めさせてもらっているダスティンだ。早速で悪いが、今回の報告の詳細を聞かせてほしい」


「わかった」


俺はファストを出てからここまでの旅程で遭遇した魔物のことをざっくりと説明した。詳細と言われたが、遭遇したゴブリンの数などいちいち覚えていないし、重要なのはオーガとその数くらいでゴブリンはたくさんという事実があれば大丈夫だと思っての事でもある。


口調はすっかり不慣れになった中途半端な敬語を使うよりも、いつもの感じで話したほうが話もスムーズに進むし、カルロがいいって言っているんだから別にいいだろう。ダスティンが少し微妙な顔をしているが、無視だ。無視。


俺の報告を終始神妙な顔つきで聞いていた二人だったが、俺達の出発が三日前でその全旅程が徒歩で行ったというところと、出会ったオーガは計三匹だという二点ではかなり顔つきが強張っていた。


「・・・にわかには信じられん話だが・・・サトル殿の力を鑑みればあり得ん話ではないか・・・。そのための手合わせでもあったしな」


ここでまた信じられないから戦えとか言われても俺は逃げるぞ。オリヴィエとミーナを両脇に抱えて三世ばりにあばよ~って言いながらな。


商業ギルドの件が未解決なままにはなるが、あれは早い方がいいけど、別に少し我慢すればいづれ自然に解決しうる件でもある。

要はファストにいる最高決定権を持つ者がガレウスであるのが問題なだけであって、それはファストにオルセンが戻れば解決する話なのだ。


今すぐには無理でも一、二ヵ月もあれば流石に帰還するだろうし、そのぐらいであればダンジョンからのドロップだけでも十分暮らしていける。

今すぐ解決したいというのは多彩な食事をとりたいというただの俺の我が儘だから、そこを我慢すればいいだけだ。

出来ればしたくないからここに来たわけだし、解決に向けての行動はとろうと思う。


「現物もありますし、嘘を吐く必要もないです。それに現在このトレイルを取り巻いている状況もその確度を高めているというのが現状でしょう」


現物というのは俺達が持ってきたオーガの討伐証明である牙の事だな。三対で計六個が今も机の上に並んでいる。

ゴブリンの耳はそのまま背負い袋に入れておくと臭くなるから水で軽く洗った後に小袋にまとめて食料を持っていないミーナの背負い袋にまとめて入れてある。

あ、一応出しておいた方がいいのかな?


俺は椅子から立ち上がり、ミーナの背負い袋からもう口が閉まりきってない位に中身が詰まってパンパンになっているゴブリンの耳入り袋を取り出し、机の上にドサッと置いた。


「ちなみにこっちが倒してきたゴブリンの討伐証明だ」


それをみてあんぐり口を開けて凝視しているダスティンと、少し引き気味に苦笑いをしているカルロ。


「こ、これほどのゴブリンを倒しながらファストから徒歩で三日・・・。しかもオーガ三匹とも出会いながら・・・」


まぁゴブリンなんてもう歩く速度を緩めないでも倒せるしな。耳を剥ぎ取る方が時間かかっていた位だ。洗うのめんどくさいし。でも洗わないとスメルがね・・・。

あいつらって総じて臭いんだよな。なんかドブというかなんというか・・・人が風呂に入っていないというものとはまた違った、たぶんあれは種族的なものが要因なんじゃないかと思う。洗ってもましになるくらいで結局臭いしな。


「事態は俺達が思っているよりも深刻なのかもしれん・・・。もうオーガも出てきているとなると猶予もそうないやもしれんな・・・」


では俺達は関係ないのでこの辺で・・・という話を切り出す雰囲気でもなく、ほんとは抜け出したいのに出る機会を失った。

さっきも俺がゴブリンの耳をとろうと立ち上がった際も二人共が同じ反応していたしな。俺が背負い袋から耳入り袋を取り出した時も驚きより先に安堵していたしね。ここで無理矢理出ていってもどこかでまたすぐに呼び戻されそうな気もする。なんせ相手はここの領主で貴族だからな・・・。


「魔物との遭遇が頻発するという報告を受けて森に接する北と南からの出発を禁止してわずか二日・・・それ以前に出ていた商人達もすべて逃げ帰ってきていて今のところ被害は最小限で済んでいるが・・・。まさかここまで進行がはやいとはな・・・」


俺達が出発して一日後にトレイルの出発が禁止され、それ以前に出ていた商人も頻繁に遭遇するゴブリンに対処しきれず、トレイルへと引き返して行った。

ファストから出発してここまで、モンスターとはたくさん出会ったけど、商人はおろか、人と一度も遭遇しなかったのはそういうことだったのか。

ギルド間の連絡は出来るという話だったので、ファストにもその情報が伝わり、今頃街からの出入りは禁止されているのかもしれないな。


「で、結局のところこの現象の原因は何なんだ?」


たぶん・・・当たってほしくはないが、見当はついている。この世界にくる前、仕事を辞めてニート生活を送っている時にどんだけ異世界ものの作品を読んだと思っているんだ。働き詰めでほとんど使っていなかった貯金がちゃんと目減りしているのがわかるほど使い込んだんだぞ。こんくらいの予想はラノベを読み漁っている人たちならすぐにわかるはずだ。


だけど、だ。違わないとは思っているけれど、わかっているつもりで現実は全然違うという事もあるかもしれないじゃないか。

他の異世界ものとこの世界は全く違っていてなんか・・・今回もこう・・・ちょっとしたトラブル的な、ちょっと頑張れば解決するような日常的によくある話かもしれないよな。・・・な?


誰に問いかけているのか自分でもわからないが、そんなことを思いつつ、俺は一縷の希望を込めて二人に質問した。


質問を受けたカルロは今日一番の嘆息を吐き、両手を顔の前で組みながら答えた。


「スタンピードだ」





あー、はいはい。

すたんぴーど・・・すたんぴーどね。


・・・ちょっとは予想を裏切る設定でもいいんじゃないですかね?異世界さん。

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