第84話 手合わせ

「よし、いつでもいいぞ」


「ご主人様!頑張ってください!」


「サトル様・・・あまり無茶は・・・」


「大丈夫だ。わかってる」


無邪気に応援してくれるオリヴィエと、少し何かを察した雰囲気のあるミーナ。

俺も残念ながら今更どっかの鈍感主人公のようになることは出来ない。広範囲の予想とはなるが、ミーナが察したのと同じようなことは大体のことはわかっているつもりだ。


「しかし、その剣といい、鎧といい・・・とてもオーガを討伐したとは納得できないような格好だな。もしかしてわざとか?」


いや、これは装備更新の必要性を感じなかったのと、めんどくさかったっていうただのものぐさが出た結果です。はい。

だってファストで売っている装備ってこの皮製のものよりいいものにしようとすると、プレートメイルとかの鉄製になるんだもんな。持ってみたら結構重かったし。

あんなの着たら避けられる攻撃も避けられなくなりそうで嫌だったんだよな。

俺は攻撃を受けてもヒールで回復できるし、そもそも実際に攻撃を受けても大したダメージを負ったという実感もないから、装備に対する購買意欲が向上することはなかったんだよね。


「いや、そういうわけでもないんだけどな」


「ふむ・・・まぁよい。はじめよう」


カルロはそう言うと、地面に柄を突き刺すような形で持っていた重そうな槍を持ち上げて片手で軽々回してから腰を落として構えた。なにそれ、かっこいい。俺もそういうのやりたい。


とはいっても、そんなことを突然やって失敗した日には目も当てられない惨状にこの場に居る誰とも目を合わせられなくなってしまいそうなので、大人しくただ半身になって片手で剣を構えた。


「おい・・・あの若造、一体何をやらかしたんだ?」


「知らねぇよ、カルロ様に何かしたんじゃねーのか?」


「終わったな・・・あいつ」


「あんな可愛い子を二人も連れやがって・・・死ねばいいのに」


冒険者ギルドの地下、その訓練場で俺とカルロが正対する周りには元々ギルドに居た冒険者のその全てがこの場で野次馬になっていた。


俺達が地下へと進んだ後にダスティンが1階に何かを伝えていたから、おそらくは彼が呼び込んだのだろう。後でクレームをいれてやる。

あと俺に嫉妬して暴言を吐いたやつ・・・はまぁいいか、男として気持ちは十二分にわかるし。


とりあえず数発軽めに攻撃すれば実力差もわかってくれるだろう。


「いくぞ」


俺は右手の剣を前に出している状態の半身を反転させて体勢を低くし、右足に力を篭めてカルロに向かって直線的な動きで突撃する。

今の俺のパワーだと、もう駆け出す・・・というより進行方向に飛びあがるという表現の方が合っている。

だって力を篭めて駆けだそうとすると体が跳ね上がって15m程先にいたカルロまで2、3歩でたどり着いてしまいそうな位なのだから。

助走なしの一歩一歩がオリンピックの走り幅跳び記録に匹敵するんじゃないかと思うほどだ。別に筋肉が肥大化しているわけでもないのに不思議だよな。レベルアップって。


俺はカルロの鎧の固そうな左肩甲の部分を狙って怪我をさせない程度の力で剣を振り下ろす。


「むっ!?」


カルロも俺の突撃速度に驚き、慌てて槍を俺の剣と十字を作るように防御する。

剣はしっかりと防がれ、俺の突撃の勢いそのままにカルロの左横をすれ違う・・・と思った時、


「ぐっ・・・!?」


右脇腹に鈍痛が走る。

何事かと思ってすぐに振り向いてカルロを見る・・・なるほどな。

カルロの槍の角度が防御時と少し変わっていた。どうやら俺の剣を防いだ後、すれ違う俺の腹に槍の柄で一撃入れられたらしい。


左手でやられた右脇腹を摩る。ダメージは大したことないが、まさかあの状態から攻撃に転じるとはな・・・。


「ふむ・・・なるほど、強いな。・・・だが!」


カルロはそう言うと、槍を回しながら俺に迫り、回転する力をそのままにしたから槍先を振り上げた。


「あっぶね!」


上半身を反らして顎を上げることでなんとか槍の軌道外へと回避した・・・と思ったら、あれだけ回転していた槍が俺の頭上でピタッと止まり、再び俺の頭上へ降りて来た。


「ぬおぉぉ!!」


俺は自分の体に最大級の警告を出し、完全に崩れ切った体勢のままなんとか右腕を動かして剣を顔の前まで持っていき、カルロの槍を防いだ。


・・・あっぶねぇ・・・今のはヤバかった・・・まさか槍があんな動きをするとは・・・。


「おお!この攻撃を防ぐとは・・・やりおる!」


とか言いながらもカルロは槍を引き、今度は突き攻撃を繰り出してくる。

体勢を持ちなおせないまま、次から次へと前方から槍が飛んでくる。

回避してもすぐに引かれた槍は俺のところに戻ってきて攻撃に転じるどころではない。そもそも体勢戻す前に次の突きがくるのだ。

俺はもう完全に防戦一方となり、なんとか己の反射神経のみでその攻撃を躱していく。


このままではあかん。なんとかこの連撃を止めないと・・・!


「ど・・・おりゃああぁぁぁ!!」


一向に止まる気配のないカルロの突き攻撃に回避しながらタイミングを合わせ、右手にありったけの力を篭めて俺に迫る槍先目掛けて剣を振り上げる。


「!?」


キイイィィンという金属音が響き、俺とカルロは共に武器を跳ね上げた状態となり、ちょうど鏡合わせみたいに同じ体勢になっていたが、その形を作り上げたのは俺だったため、カルロよりもほんの少しだけはやく動くことが出来たので、一旦槍の攻撃範囲から退避するために後ろへ飛んでカルロとの距離をとった。


うーん・・・こいつ、強いな・・・。

俺よりレベルが低いと思って完全に舐めてかかってたわ・・・。


考えてみたら俺は人と戦ったことなんかない。レベルが高いとは言っても動きは完全に素人なのだ。

物凄いマッチョな人間だって、何十年と研鑽してきた武道の達人なんかには負けてしまうことだってあるだろう。いくらレベルアップで力が強くても、それを伝える動きが出来ていないとそれを活かすことが出来ない・・・とかいう話をどっかの漫画で読んだ気がする。

漫画の知識ではあるが、今の状況はおそらく大きくは外れていないだろう。

要するに俺は対人戦においての経験値不足なのだ。その点、カルロは豊富な経験を持っているのだろう。


・・・本気を出せば負けはしないと思う・・・だが、それをしたら怪我どころの話じゃなくなってしまうかもしれない・・・。

さっきも言ったが、なんせ俺は素人なんだ。そんなに器用な手加減なんて出来やしないぞ。


どうしたものか・・・と思いながらも剣を構えていたら、同じく体勢を整えて槍を構えていたカルロは突然それを解いた。

ドスンと槍の柄を地面に置き、体の横に立てると、


「もういいだろう。実力はよくわかった。お主ならばオーガを倒したという話も

嘘偽りでないということは今の動きを見ればここに居る誰もが納得するであろう」


と言って俺に背を向け、訓練場を出る階段を登り始めた。

去り際、右手で持っていた槍を左手にわざわざ持ち替え、空いた右手を見つめていた気がしたが、それが何を意味しているのかまではわからなかった。


よかった・・・。あれ以上あの攻撃を続けられたらいつか避け切れなくなっていたかもしれないぞ・・・。

今回のことはレベルの高さが強さというのは間違いではないが、それは指標に過ぎず、必ずしも絶対ではないということを痛感させられたな・・・。


「ご主人様、お疲れ様です」


「凄い動きでした・・・お二人共」


模擬戦が終わってすぐにかけつけてくれた二人に笑顔を見せ、一つ溜息を吐く。






短時間で終えてくれてほんとに助かったわ・・・。

訓練場はなんかどよめいているが、こんなところにいて違うやつに挑まれでもしたらめんどくさいから俺達も先に出ていったカルロに続いてさっさと上へ行こう。

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