第82話 トレイル
「ご主人様、見えてきました!」
「あれがトレイルか・・・」
森を抜けて小一時間程進み、小高い丘の上から見下ろすと、遠くの方にかなり大きな街が見えてきた。
囲まれた壁は高さこそファストと同じ位だが、街をぐるりと一周する長さは数倍はあり、東西南北全てに大きな門が付いていて、それぞれから街道が走っていた。ファストは東西にしか門と街道はなかったからその点からも規模の違いが見て取れる。
街の中の屋根は赤茶色のもので統一されていて、遠くから全貌を見るとその景観は圧巻で、しばらくこのまま見ていられそうなくらいだ。
オーガと初遭遇した日から二日、かなり急いで進んだ結果、ファストから出発して四日目の昼前に目的地であるトレイルへ着いた。
何故遭遇に初をつけるのかというと、それは昨日も遭遇したからに他ならない。しかも二匹同時に。普通に倒したけどね。
「凄く大きな街ですね」
「あれ、オリヴィエは来たことあるんじゃなかったか?」
たしか商業ギルドでそんなことを言ってた気がするんだが
「はい。ただ、私が来た時は奴隷商の馬車の中でしたので、街の風景などはほとんど見れませんでした」
それは普通、来たことがあるにカウントしないんじゃないかな?
「オリヴィエさんはどこのご出身なのですか?」
「私はロロ村の出です。奴隷になるまでは他の村や街に出たことは一度もありませんでした」
なにその文字にしたら漢字なのかカタカナなのか伏字なのか分からなくなりそうな名前の村は。しかも微妙に言いにくいし。名付け親のセンスが透けて見えるぞ。
「ロロ村ですか。たしか狐人族が多く住む村と聞いたことがあります」
「そうですね。私のおじいちゃんが開拓して名付けたわりと新しい村なので、一緒に開拓した狐人族が人口のほとんどを占めています」
名付け親オリヴィエのおじいちゃんかよ。たしかにオリヴィエの服のセンスに通ずるものが・・・いや、やめておこう。
「あれ?ってことは、オリヴィエの家って村長とかじゃないのか?」
「そうですね。ただ、村長と言っても小さな村なので、特に権力があるというほどの立場ではないですね。うちも貧しかったですし」
「村長の娘なのに奴隷に出たのか」
「私は長女でもありませんでしたし、兄弟も多かったですからね。一人位はよそへ働きに出た方がいいとは常々思っていたんです」
この世界で奴隷になることって奉公に出る、みたいなことなのかな。まぁ職業落ちとかあって奴隷に酷いこととかしづらいし、ちょっと給料前借して働きに出てくる、みたいな感じなのかもしれないな。
「それで独断で出てきちゃったのね・・・」
「はい!」
いや、そんな笑顔で返事されても・・・せめててへぺろくらいしてくれ。
「とりあえず、街へ向かうか。中に入るのはファストでもらったギルドカードを提示すれば大丈夫なんだよな?」
「はい、ギルド発行のカードはファルムンド帝国内だけでなく、どの国でも使えますので大丈夫です」
全世界共通規格なのね。相変わらずの便利アイテムっぷりだな。
「んじゃ、行くか」
「「はい!」」
近くに来ると街を囲む壁はファストとあまり変わらない様に見えるが、左右を見るとファストとの違いが顕著に見て取れる。ファストもトレイルも街の形は円形だが、ファストは200m程先の壁はカーブして行って見えなくなるが、ここトレイルでは左右どちらも遥か彼方に霞んでまだ見えている程だ。
「これほど大きい街なら中に入る人間が並んでいるのかとも思ったけど、別にそんなこともないんだな」
門の前まで来たが、俺達以外に誰も居なかった。この街道がファストとつながっているだけ、というのならまだわかるが、街道は途中で何本も合流しており、その度に道幅も太くなっていったくらいだったのでいくつもの街や村と繋がっているのだろう。
「そう・・・ですね。このトレイルは流通の要所なので、商人のみならず、人の出入りは多いと聞いていましたが・・・」
こんな規模の街なら流通うんぬんがなくてもその維持にも膨大な人や物が必要なはずなので、その入口が閑散としているのはかなり変な光景なんじゃないだろうか。
「おい!お前達!」
トレイルの門の方から慌てた様子の長槍を持った兵士がこちらに向かって叫びながら走ってきた。おそらくは門番だろう。
「どうした?」
これで俺達が悪人だったら慌てふためいて逃げるような状況だが、あいにく俺はこの世界に来てからまだ何も悪いことをしていない。身に潔白しかない俺は冷静に門番に返答した。
「ど、どうしたじゃない!大丈夫だったのか!?」
「え?なにが?」
どうやら門番は問い詰める目的ではなく、俺達の身を案じての行動だったようだ。彼は俺達の状態を確認するように一人一人の体を上から下まで見て回った。
俺の連れに粗相をしたら一発じゃ済まないから気をつけろよ。見るだけだからな触ったりしたら黄金の右が火を噴くぞ。
「本当に大丈夫だったようだな・・・。お前達は運よく出会わなかったようだが、今はグラウ大森林からは強力な魔物が出没していてこの西門と北門へ来る街道から来る者はほとんどいないぞ」
あー、なるほど。どうやらあの魔物達と出会っていたのは俺のフェロモンが原因などではなかったようだ。
どうしようかな、ちゃんと報告した方がいいのだろうか・・・。
でも、どうせギルドで報告する予定だったから別にここで隠す必要もないか。
「あー、それならちゃんと出会ってきたぞ。オリヴィエ」
「へ?」
俺はオリヴィエに背中を向ける。特に言葉に出さなくてもオリヴィエならば背負い袋から例のアレを取り出してくれるだろうから詳しい指示はわざわざ口に出さない。実際、ちゃんとわかってくれたしな。
「ご主人様、どうぞ」
オリヴィエが出してくれたオーガの牙を受け取り、それを門番へ見せる。
「な!?そ、それはオーガの牙じゃないか・・・これをお前達が!?」
「うん、倒してきた。合計三体と出会ったよ」
「さ、さん・・・!?・・・す、すまん、一応ギルドカードの提示をお願いできるか?」
ギルドカードはすぐ出せるようにあらかじめ手に持っていたのですぐに提示する。門番はそれを受け取ると、慌てた様子でファストと同様の位置にあった詰所の中に入っていった。たぶんクイルで鑑定しているのだろう。
門番はほんの数秒で中から出てくると、ギルドカードを返却してくる。
「ここはじきに封鎖することになると思う。サトル殿は俺についてきてくれるか?」
「どこに行くんだ?この二人も一緒に連れて行くぞ」
俺の問いに門番は静かに頷き、続けた。
「本件は冒険者ギルドが主導して対応中だから、まずそこで報告してもらう」
本件と言われましても、どの件なのかさっぱりなんだが・・・やっぱりアレなんかなぁ・・・。商業ギルドの一件がなかったら断って逃げてもよかったが、あの手配を取り下げてくれないと、今後の生活に多大な支障がありそうだしな・・・。
「・・・了解した」
まぁしょうがないか。
一応冒険者ギルドに加入したメンバーでもあるわけだしな。無下に断るわけにもいくまい。
これで断ったりしてギルドとの取引が出来なくなったりしたら俺の収入がほぼなくなってしまう。そうなったらオリヴィエ達を養うことも出来なくなっちゃうしな・・・。
甲斐性は男の価値、とはよく言ったものだ。
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