第80話 エンカウント
「ふわっふわです!凄いです!」
今晩の主食は焼いた状態で持ってきたパンに持ってきた肉を焼いて刻んだ野菜と一緒に挟んだだけの簡単なものにしたが、いつもより量が少なかった分、食後のデザートにはちょっとボリュームも出るホットケーキにした。
通常、ホットケーキには小麦粉にベーキングパウダーなどのいわゆるふくらし粉を混ぜたものが必要だが、あのファンタジーアイテムの万能酵母が代わりとして利用できないかと思って旅に出る前に少しの材料で実験的に作ったのだが、見事に成功した。
パンを膨らませるイースト菌とふくらし粉は生地を膨らませるという用途は一緒だが、イースト菌は寝かせることで焼く前の生地が膨らむのにたいしてふくらし粉は焼いたときに生地がふっくらするというもので、通常は別々の用途に使われるのだが、ファンタジー素材である万能酵母ならもしかしたらいけるんじゃないかと思ってやってみたら出来た、というわけである。
駄目元のつもりだったけど、上手くいくんじゃないかとも思っていた。
だってパンに使った時だって色々おかしかったからな。
どういう原理なのかまったくわからんが、そこら辺は元々も詳しくは知らんし、考えたら負けだと思っている。
とりあえずちょっと普通のホットケーキよりも多く膨らんでいて、少しスフレっぽくなってはいるが、全然許容範囲内だから今回も成功といえよう。
「メープルシロップと物凄く相性がいいですね。こんなものを食べられる日がくるなんて思いませんでした」
「おれはシロップよりもバター派なんだが、あれは作るのが大変だからなぁ」
ブライトブルから出たミルクがあるからバターは激しい振動を与え続ければ固まってバターを作ることは出来るけど、今入れている水袋のまま振ったら取り出せなくなるし、他の容器でやろうとしてもこの世界には牛乳パックやペットボトルのような軽い素材の容器などは存在していないから振り続けるのが大変なんだよな。
「この甘いシロップもとてもおいひいれふ!」
幸せそうでなによりだけど、そんな勢いで食べたらすぐになくなるぞ。
うん、食感はかなりスフレよりだけど、これはこれで美味い。旅の疲労を甘味が癒してくれるね。別に疲れてないけどな。
追加のホットケーキを口に運ぼうしたオリヴィエが、匙を皿に持って行ったがそこにはすでに何もなく、ただ匙を皿にぶつけた音だけが鳴った。
「あ・・・」
ほら見なさい。食後のデザートは急いで食べるものじゃありませんよ。
おい、コラ。スプーンを口にくわえてそんな目でこっちを見るんじゃありません。
そんな目で見ても・・・くそぅ。
「オリヴィエ、俺の分をちょっとあげようか?」
「いいのですか!?ありがとうございます!」
あ、全然遠慮しないんだね。普段は色んなことに気を使ったり遠慮したりするくせに、これは全然遠慮なしなんだね。
まぁ俺はもう結構お腹いっぱいだから別にいいか。バター派だし。未練なんてこれっぽっちもない。・・・ないったらない。
「よかったですね、オリヴィエさん」
満面の笑みで俺の皿を受け取ったオリヴィエを母のような表情で見いるミーナ。
ミーナもちょっとくらい注意したっていいんだぞ。別に少し先輩だからってオリヴィエのことを必要以上に立てることないんだからな。まぁいいけど。
だって俺は未練なんてないからな。
次の日、相変わらず旅路の邪魔をするゴブリン達をあっさりと倒していた時、
「おかしいですね」
と、ミーナが訝し気な表情で疑問を口にした。
「なにがおかしいんだ?」
俺は何も変なことはしてないぞ。昨日だって野宿だからと遠慮せずにいつも通り君たちを平等に可愛がったしな。
さすがに野外は危険かと思って最初はやめようかとも思ったけど、オリヴィエが居れば敵の奇襲はないし、この辺のモンスターが来たって魔法でも剣でも一発だからな。危険な状況になるとは思えない。
なんなら今は素手でだって倒せる気がする。ばっちぃからしないけどね。
「魔物と出会いすぎです。本来であればトレイルまでの道程で魔物と出会うのは一回あるかないかという話を聞きました」
「そうなのか?」
「二回もあったらそいつは不運だと言われるらしいですからね」
「へぇー」
俺らは昨日と今日でもう十回以上は戦ってるぞ。別に危険じゃないから不運とは思わないけど。
「全く魔物に出会わないで街を行き来できることも多々あるようなので、護衛の費用を惜しんだ商人も居るくらいです」
「そういえば私を運んでいた奴隷商人も同じようなことを言っていましたね。商業ギルドの職員にはつけるように言われたみたいですが」
たしかにオリヴィエを運んでいた馬車には荷台に居た奴隷達の他には木に打ち付けられていた男が一人しか居なかったな。
あれは護衛を置いて先に逃げていたとかじゃなくて、そもそも護衛をつけていなかったんだな。
「じゃあなんで俺達の前にはこんなに現れるんだろうな?」
なんか変なフェロモンでも出てるのかな?
毎日体は拭いてるんだけど、風呂には入ってないし、石鹸のようなものもないからなぁ。たしかに変な臭いが体から漂ってもおかしくはないけど、それはこの世界のほとんどの人間だってそうだから俺達が襲われる理由にはならないけどね。
「うーん・・・なんででしょう・・・」
いつもの顎に手を当てて考えるポーズをしているが、流石のミーナもわからないらしい。
「まぁ俺達ならゴブリン程度がいくら来ても問題ないだろう」
あいつらだったダースで来ようが一蹴出来る自信すらある。
俺だけでもいけるのに更に俺には頼りになる仲間が二人も居る。今の状況でゴブリンに負ける要素なんてないと言っても過言ではない位だと思う。
俺の攻撃なら一発で仕留められるし、オリヴィエとミーナのコンビもかなりの短時間で処理できている。複数匹いるときは一匹を完全に任せても全く問題ない位だ。
出会うモンスターがゴブリンである以上、俺達のPTに危険などない。
つまり、トレイルまでの旅程で俺達に危険なんてありようがないのだ。
「なんて思っていた時が俺にもありました」
あれからも度々ゴブリン、たまーにフォレストハウンドというレギュラーメンバーと出会っていたのだが、オリヴィエが察知した方向を注視していて数秒後に現れたのは・・・体の色こそ緑色で見慣れたものだったのだが、その輪郭はゴブリンとは大きく異なっていた。
身長は2mを軽くオーバーしていて、下顎の両端からは長い牙を覗かせて丸太のようなこん棒を片手で持つそいつに鑑定を使ってみると、ウィンドウにはオーガという文字が表示された。
「サトル様!こいつはオーガです!」
うん。俺も今鑑定で見た。
モンスターの名前を伝えてくるミーナの声色もかなり緊張の色が濃くなっていた。
「こいつは・・・やっぱ強いんだよな?」
各々が戦闘態勢を取りながら、10m程先の森側から出て来た巨体を睨みつけたまま話す。
すでに向こうもこちらに気が付いている様子だが、ゴブリンの様にすぐに走ってくるようなことはせず、こちらを警戒しつつも着実に距離を詰めてきている。
自分の射程内に入る前の猛獣の様に少し姿勢を低くしつつこちらに鋭い視線を飛ばしながら大きな図体で歩を進めてくるその様子にはかなりの迫力がある。
「オーガが現れた場合は討伐に兵士の動員がかかるほどだという話です・・・」
見掛け倒しを少し期待していたが、どうやらそれには該当しないようだ。
「マジか・・・」
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