第72話 不備
「申し訳ございません・・・届け出は正式な手続きを踏んでいて、すぐの停止撤回というわけには・・・」
「・・・取引停止の理由は何なのですか?」
「それが・・・事由欄には何も記載されておらず・・・本来はこういった未記入事項がある書類は私共の見落としがあってもギルドマスターの許可が下りないはずなのですが・・・」
商業ギルドに着いて、すぐにギルドの受付嬢へ見覚えのない取引停止に対してのクレームを入れたのだが、その手続きは正式に通過しているため、停止処分の撤回は出来ないと言われてしまった。
理由を聞いたミーナも訝し気な顔をしている。
「今回の処分はオルセンが許可を出したという事か?」
「いえ・・・現在ギルドマスターは隣町のトレイルへ商談に出ているので、代行として処理しているのが・・・」
「ガレウスか」
「・・・はい」
やっぱりな。
予想通り、俺達に嫌がらせをしているのはガレウスでアタリみたいだ。
口ぶりからこの受付嬢さんもアイツの仕業だと確信しているような感じがする。
こういうところで普段の行いって透けるよね。
「そんな・・・なぜ?」
たぶんこの中で・・・受付嬢さんも含めても、ミーナ以外の全員がその理由については検討が付いていると思う。
オリヴィエはプンプンしてるし、元々ミーナは商業ギルドの仕事を手伝っていて、一緒に仕事をしたこともあるだろう受付嬢さんも困惑しているミーナに目をやっているからな。
「今回の手続きは一応、形としては正式なものとなりますが、処分にいたる事由等、不可解な点がいくつもあるため、こちらでも調査したいと思います。ですが・・・申し訳ないのですが、それが完了するまでは・・・」
「この街での取引は出来ないってことか・・・」
「申し訳ございません」
明らかな不審点があったとしても、一応手続きは正式なものとなっているため、その不審な部分の調査が終了するまではこのファストの街での買い物は出来ないということか。
うーん・・・別に食べ物自体はダンジョンでもドロップするし、飢えるということにはならないと思うが・・・小麦粉があるうちは色々作れるだろうけど、それがなくなったら肉ばっかりになる。
一日二日だったら別にいいけど、それ以上続くと胃もたれしそうだ。
体は若いから実際は大丈夫なんだろうけど、俺は精神年齢的には42のおっさんなんだ。そんなに油っこいものばっかりは要らないぞ。
「その調査ってどの位かかるんだ?」
「調査自体はすぐに終わると思います・・・が、調査を報告する先が・・・」
「・・・なるほど」
本来は調査が終わり、それを報告して不備のある書類として撤回してもらうはずだが、今回はその撤回するはずの上司が犯人の可能性がある為、その報告すらも握りつぶされかねないということか・・・。
権限を持っているやつに嫌がらせされると厄介だなぁ・・・。
「ガレウス様へ通さず、ギルド本部へ報告をするという手もありますが、その場合は二月以上はかかるかと・・・」
おぉふ・・・六十日も買い物が出来ないとなると小麦粉どころか油もなくなって、毎日味付けなしの肉三昧になるぞ・・・。
「オルセンはいつ帰ってくるんだ?」
今の状況は一時的にでもガレウスがトップでいるということが原因なのだ。だからいくらガレウスでも自分より立場の上の者が帰ってきたら発動させる強権も奪われて何も出来まい。
「かなり張り切っていましたので、いつになるか・・・。トレイルだけで済めば一月かからずに戻ってきてもおかしくないと思いますが、あの人のことですので、さらに先のマケタまで行ってしまうかも・・・」
「まじかよ・・・」
たしかにこないだあった時のオルセンはめちゃくちゃ気合が入ってた感じがしたな。あったのもこのファストでフリットの店を出したのも二日前の出来事だったはずなのに、もう他の街へ販路を広げに行っていることからもそれがわかる。
が、今はその素早い行動が俺達にとっては仇となったというわけだ。
しかし・・・はやくても一月先なのか・・・小麦粉は二日前の買い出しでかなり大量に買ったとはいえ、それは荷車を使って購入したというわけでもなく、人の手で持てる常識の範囲内の量だ。
今は毎日パンを作っているし、それ以外にも他にも色々使う。もって10日かそこらだろう。
それがなくなったら食卓の上のかなりの部分が肉に覆われるだろう。
オリヴィエなんかはそれでも満足しそうだが、俺は嫌だ。そんなん楽しくない。
「とりあえず、トレイルに今回の事を書いた手紙を出してみますが、次の定期便は7日後なので・・・もしかしたら手紙がトレイルに到着した時にもうギルマスはマケタに向かって入れ違いになってしまう恐れも・・・」
この世界の輸送が大変なのは外にでた時のモンスターとの遭遇率を経験している俺にも簡単に想像が出来る。
毎日少数の物を運搬することなどはコスト的に不可能だと思う。
だからこの世界は大量輸送が基本なのだろうな。どう考えてもその方がコスト的に安くできるし。
だがその反面、輸送回数が減ることになり、郵便などのスピード感はかなり損なわれることになる。
今回のようにすぐに伝えたいことがあっても、この世界の輸送事情がそれを許してくれない。
だったら・・・
「その手紙、俺達が直接渡しに行くっていうのはどうだ?」
さすがに買い物が出来ないのは不便すぎる。
待っていれば確実に取引停止を解除してくれるといってもそれがいつになるのかわからないのでは話にならない。
下手したら半年以上肉ばっかり食べるハメになるかもしれないのだったら、自分たちで問題を解決し、通常の生活を取り戻したほうがいいだろう。
それに、俺はこの世界にきてまだこの街とその周辺にしか行ったことがない。
せっかく異世界に来たんだから、いろんな場所を見てみたいという欲もあったが、今までは別に出かける必要もなかったし、ダンジョンの探索も楽しかったからこの街に留まっていた。だが今回の事を理由にして少し出かけてみるというのもいいだろう。実はちょっとワクワクもしている。
「そ、それでしたらギルマスが向かったのは昨日ですし、入れ違いになることはないと思いますが・・・大丈夫ですか?道中には魔物も出ますよ・・・?」
「それは問題ない。こう見えても俺達はダンジョンで稼いでいるんでね」
この街の人間が護衛で撃退出来る位のモンスターなのであれば俺達の敵ではないし、問題はないだろう。問題があるとすれば・・・
「オリヴィエとミーナがよかったら今日準備して明日にでも出ようと思うが・・・大丈夫か?」
一応二人にも同行の意思を確認しておく。まぁ嫌とは言われないとわかっているんだけどね。
「はい!トレイルへは私も行ったことがありますし、問題ありません!」
「私も大丈夫です」
ほらな。
「え・・・?ミーナも行くの?大丈夫?」
二人は全然大丈夫そうだったが、唯一受付嬢さんだけが心配そうにミーナを見つめる。
たしかに数日前までただの村人の奴隷だったミーナが魔物の出没する外へ少人数で出かけるなんて普通は心配するよな。
まさか彼女の実力がこの街で誰もかなうものがない程になっているなどとは想像も出来ないだろう。
「大丈夫ですよラーナさん。これでもサトル様と一緒にダンジョンへ入ってますから」
全然ない力こぶを見せるように右手を上げるミーナ。
「でも、ただの荷物持ちでも外に出るとなったら危険はつきものよ。十分に注意してね」
「はい。ありがとうございます」
ただの荷物持ちと勘違いされたことも特に訂正することなく、ミーナは彼女の心配を正面から受け取っていた。
まぁどうせ戦えるとかいっても信じてもらえないしな。その辺はミーナ自身もわかっているのだろう。
「それじゃ、決まりだな。手紙を受け取ったら家に戻って準備しよう」
「「はい!」」
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