第68話 襲撃

「・・・様。・・・ご主人様、起きてください」


まどろみの中、耳元でオリヴィエの声が段々と明度を増して聞こえてくる。


重い瞼を開けても俺の目が光を捕らえることなく闇に包まれていたことに一瞬焦ったが、数瞬後に闇に慣れたことで隣で俺を優しく揺する影の輪郭を捕らえ始めた。


「ん・・・どうした、オリヴィエ」


体を起こすことなく問いかけた俺に家の中ではあまり聞かない低いトーンで返事が返ってくる。


「襲撃の様です。この気配は・・・恐らくゴブリンだと思います」


ぼやけた意識の中でも彼女の放った物騒な単語がその靄を晴らし、横になったままだった体を起こしてオリヴィエと視線を交わす。


「私一人で倒してまいりましょうか?」


「いや、オリヴィエはミーナと一緒に家の中を頼む。俺が外で迎え撃つ」


ダンジョン外のゴブリンならば何匹いようが俺一人でも大丈夫だろう。

だが寝起きのこの状況で全身の装備を整えていたら家に被害が出てしまうかもしれないから、どうしても軽装で出ていかねばならない。

その場合にもし二人が攻撃を受けたら負傷してしまう可能性も・・・限りなく低いだろうが、ないとはいえない位は・・・まぁ、念のためだ。


「・・・わかりました。外から様子を窺っておきます」


俺一人で行くという指示に少し不服そうだったが、今この状況でゴネるなどという愚を犯すオリヴィエではない。

もしもの時は助けにいく、といったことを暗に了承の言葉の後ろに付けることで素直に従ってくれたようだ。


皮鎧などほとんどの装備は物置部屋に置いているが、非常時に備えてそれぞれのメイン武器はベッドの下や近くに用意してある。

俺はベッドの下に潜ませていた自分の剣を手に取って部屋の窓の戸を少しだけ開けて外の様子を窺う。


すると、月明りに照らされてむしろ部屋の中よりも明るかった外に、見慣れた緑色のゴブリンが1、2・・・5匹居た。


オリヴィエが察知してから俺を起こしたタイムラグもあったから、俺はてっきりもう家のすぐそばにいるものと思っていたのだが、ゴブリン達はまだオリヴィエとミーナが作った柵にすら辿り着いていない場所をゆっくりとこちらに向かっているところだった。


「あんなのよく気が付くな・・・よし、行ってくる」


俺は窓の戸を開き、そのままそこから飛び降りた。


以前の俺なら2階の窓から飛ぶなどということはしようとも思わなかっただろうが、今は正直全力で垂直飛びすればこの窓くらいの高さなら手が届く自信もあるほどに、俺の身体能力は上がっている。


不思議なもので、自らの跳躍力内であるこの高さは以前なら感じたであろう恐怖心は微塵も沸き上がらないものなのだな。


まるで平均台から飛び降りたようにふわりと着地も決め、俺は今やっと柵に手をかけてよじ登ろうとしていた一番近くのゴブリンに目標を定める。


「ファイアーボール!」


魔法を使うと同時にゴブリンに向かって走る。

せっかく二人が作ってくれた柵を壊されても気分が悪い。ここは無傷で処理させてもらうぞ。


魔法を正面から受けたゴブリンはそのまま動かなくなり、向こうからしたら突然闇の中から火の玉が飛んできたように見えたのか、他の個体には少なくない動揺が見られた。


俺は柵を軽く飛び越え、そのまま落下点に居たゴブリンを一刀のもと切り伏せる。今やこの森のゴブリンなど剣でも魔法でも一撃だ。苦戦のしようもない。


俺は慌てふためくゴブリンを近い位置にいるやつから順番に倒していく。

最後の1匹などは逃げ出そうとすらしていたのだが、そもそも人の家に仕掛けてきたやつを逃すつもりもない。

背を向けて走る最後の1匹もその背中を大きく割り、倒した。


「ふう・・・突然の事でちょっと驚いたが、大したことはなかったな」


襲撃にきたすべてのゴブリンを倒して一息つき、改めて周りを見渡すと・・・俺に知らせてくれたオリヴィエの能力に驚かされる・・・。

彼女がこの家を購入する時に見せていた自信は本物だったということだな。

ダンジョンでもその能力を存分に発揮してくれているが、彼女による警備は予想以上だった。


すべてのゴブリンは柵の外側で倒れている。

それはつまり、かなり遠くの場所から近づく気配に気が付いていたということだ。いくらゴブリン達がこちらに気が付かれないようにゆっくりと歩を進めていたといっても、俺が確認した時点でまだ柵にすら届いていなかったのだから、彼女が襲撃を察知したのは森を出てすぐなのではないのだろうか。


こんなに敏感だと襲撃以外の音でも反応してしまうのではないかと心配にもなるけど、オリヴィエが特に寝不足になっているようには見えないし、なんかコツの様なものがあるのだろうか。


「とりあえず・・・こいつらは森に捨ててくるか」


ダンジョンだったら倒せば消えるんだけど、ここだと死体が残るからそれに何の価値もないこいつらの場合はただただ処理がめんどくさいだけだな。


放置したままにして悪臭を放たれても嫌だしね。

森に捨ててくれば土に還るか他のモンスターが美味しく頂いてくれるだろう。

全然美味しそうじゃないけどね。なんか臭いし。


「ご主人様にかかればゴブリンなど一捻りですね!」


「まさに言葉通りといった感じです・・・ほんとうに凄いですね・・・」


俺が外の敵をすべて排除したのを確認してか、家の中から出て来た二人はあっという間に倒した俺の力量を褒めてくれた。

いつも通りのオリヴィエと、口調はいつも通りなのに何故か小脇に枕を抱えているミーナ。


「私も槍を持とうとしたのですが、オリヴィエさんが狭い屋内ではかえって邪魔になるからと・・・この枕は・・・慌てて部屋を出た時に・・・つい持ってきてしまいました・・・」


その奇妙な出で立ちの理由を半ばからかい半分の気持ちで聞いた俺に、しっかりと答えてくれるミーナだったが、その顔は真っ赤に染まっていた。


そして二人にも手伝ってもらってゴブリンを森の中へ捨てに行く。

そのすべてを無造作にポイ捨てし、家に戻る途中に気が付いたのだが、森から出てすぐの場所、家へと向かう道中の地面に細かい木片の様なものが散らばっていた。


恐らくは柵を作る過程で出たものと、余った端材とかを細かく砕いたものなのだろう。

踏むとほんの少し河原を歩くような・・・細かい砕石で敷き詰められた小学校の校庭を歩く時の様なジャリッというか、サクッというか・・・そんなような音が

小さくはあるが、歩くたびに確かに鳴っていた。


「もしかしてオリヴィエはこの音を聞いてゴブリンに気が付いたのか?」


「そうですね。これもその一部です」


あ、これがすべてじゃないのね。

これ以上突っ込んで聞いても俺にとっては5次元空間がどう存在しているのかを説明されるのと同じくらい理解できなそうなのでやめておこう。眠いし。


うん、戦っている最中は完全に目が覚めていた感じだったが、全部片付けて一息ついたらまた眠くなってきたよ。今何時なんだろ。時計ほしいなぁ。


「ふわぁ~・・・まだ寝足りない気がするから帰ってまた寝ようか」


「そうですね。ご主人様が寝息を立ててすぐでしたから」


寝足りないどころか、まだ寝てすぐだったらしい。

どうりで欠伸が止まらないわけだ。


寝不足はお肌に悪いし便秘に効くと言うが、コレステロール値が脳細胞を満貫で見届けた更年期を言葉通りにディストピアがゲシュタルト崩壊でヨーソローの挽歌がウンダバダーのハッチャラケでパイーのパイーのパイッパイッパイってな。






寝よう。

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