第67話 けいす

「お?オリヴィエ、1個無事だったぞ!」


「ほんとうですか!?」


全滅かと思われたランバードの卵だったが、底の方に一つだけ無事割れずに生還していたものを見つけた。


底の方にあったということは、最初に手に入れたアレだな。


卵は一つ一つを皮で簡単に包んでいたが、3個中最初の1個は単体のドロップで、残りの二つはランバード3匹同時に相手をした時に運よく同時にドロップした。

最初の一つは単体で一つの皮に、残りの二つはまとめて一塊にくるんだのだが、その2個いれた場所に運悪く牙が入り込んでしまった。


ドロップ運がよくて2個手に入れたのに、それが災いして複数の破損に繋がっていたのだから何が良くて何が悪い結果を生むことになるかなんてわからないもんだよな。


「これで今夜は卵を使った料理も出来るな・・・何にしよう」


「楽しみです!」


「よかったですね、オリヴィエさん」


お世辞ではないとすぐにわかるオリヴィエの嬉しそうな表情と、自分のことのように喜んでいるミーナ。いや、ミーナも別に他人事ではないか。


昨日6層で手に入ったドロップアイテムの内、食材として使えるものはランバードの卵、砂糖であるゴブリンアズーカ、ミレアサーモンからドロップした塩の他、スリムブルの肉とスパイクウッドからドロップしたメープルシロップだな。


色々と有用なものが手に入ってかなり料理の幅も広がりそうだが、これだけいっぺんに手に入るとそれはそれで何を作るか悩むな・・・。


そもそも俺は料理はしていたものの、一人暮らしを経験した人ならわかってくれると思うが、自分だけのために作る料理というものはあまり食材を一から揃えて作るということはあまりせず、加工品を少し調理するといったこともかなり多い。


卵は1個無事だったが、サイズがダチョウのそれに近く、鶏卵の様な味を期待できるのかどうかだが、こればっかりはやってみないと分からない。

そもそも俺は鶏の卵以外を調理したことも食べたこともないので、ダチョウのそれがどんななのかも知らないが、サイズが大きいものというのは味が大味になるということは聞いたことがある。


ただ、ランバードの卵はダンジョン産だからそんな現実の理など気にする必要もないかもだな。

この卵だってあいつの総排泄腔からひりだしたものではなく、倒した後に物質化したものだから、ランバードの卵とあってもあいつのDNAを受け継いでいるのかも怪しいもんだ。


「まぁ今日のところはあまり献立を変えずに、今まで省いていた工程に使ったりすればいいか。肉なんかは塩のみの味付けでも美味そうだしな」


俺は方針を決めて、相変わらずいい発酵具合をキープし続けているパン種をキッチンの棚から取り出して火をくべた窯に突っ込んだ。ほんと便利だよね、これ。



「ん~~~~~!このお肉とっても柔らかくて・・・甘くて・・・凄いですぅ!」


「見た感じは結構歯ごたえがありそうなお肉だったと思ったのですが・・・これも本当に美味しいですね」


うん、たしかに美味いな。


そんなに絶賛する程かと言われると少し疑問だが、少し筋が多そうに見えたスリムブルの肉は念入りに筋切りをして、その最中にふと思いついて昼に購入した酢と油とメープルシロップで作ったソースをたっぷりかけて、パンを焼いた後に少し火を弱めた窯に突っ込んだら思いのほかいい出来になってくれた。


「お、フライもやっぱり卵を繋ぎに使うと衣がしっかりとついていい感じだな」


味も食感も良くなっている気がする。


ちなみに卵の味はしっかりしていて鶏卵のそれと何ら変わりのないものだった。

サイズが大きかったので、余りそうな卵液の半分くらいは味を試す意味も兼ねて砂糖を入れただけのシンプルな卵焼きを作ってみたのだ。


「この卵を薄く焼いてくるくる巻いたものもほんのり甘くて美味しいです!」


何を食べても絶賛してくれるから、今度一度明らかにまずいもの作ってこの感想が本音なのかを確かめて見たくもなるが、実験的に失敗したのならまだしも、わざわざそんなことのために食材を無駄にはしたくないからやらんけどね。


ちなみに俺の卵焼きの好みは醤油&出汁派ではなく、今回の様なシンプルに砂糖を入れた小学生のお弁当みたいなタイプが好きだから、たぶん今後も卵焼きを作る時はこのタイプになることは間違いない。

まぁなんかの気の迷いで醤油タイプを食べたくなったとしても、醤油自体がないんだから作りようがないよね。


「これは卵焼きっていう俺の故郷の料理だ。しょっぱいのとかもあるけど、俺はこの甘いのが好きだ」


「私もこれが好きです!」


いや、君はこれ以外食べたことないでしょ。


「私もです!」


ミーナ、お前もか。



というような感じで終始和やかな雰囲気で大好評だった食事を済ませ、食事のかたづけを二人に頼んだ後に俺は一人、外に出てちょっとした作業を始める。


柵作りで余った板をもう少し薄く加工したら、それをキッチンから持ってきたある物を当てがってサイズを合わせながら印をつけて切断していく。


「うーん、底部分の調整が少し難しいけど・・・なんか見た感じドロップアイテムには個体差がないっぽいから、ピッタリにすればいいか」


木を楕円形に加工するのは正直大変かと思ったが、ゴブリンダガーを使って少し力を入れたら思いのほか簡単に出来た。

こういう地味な力仕事をすると、現実でやった時との乖離が発生するから凄くレベルアップによる恩恵を実感出来るよね。


「おし、後は・・・あの枯草を詰めればいいか」


この枯草は俺が以前に水路掘りする時に一塊にしておいた雑草の成れの果てだが、あれから雨も降っていなかったからいい具合に乾燥している。

加工の方が思ったよりもすんなりいったのもあって、想定していたよりも短い時間で完成したな。

かなり作りは雑だけど、自分達で使うものだし別に売りに出すわけでもないんだからこれでいいだろ。


「よし、完成・・・かな」


ちょっと手作り感満載だけど、そこはほんとうにハンドメイドなのだからしょうがあるまい。


「サトル様、なにが出来たのですか?」


「お、ミーナか。これはな・・・卵ケースだ」


そう、俺が作っていたのは今日の悲劇を繰り返さないための対策として作った木製の簡易的な卵を入れるだけのための箱だ。

個体差のないドロップアイテムの特性を利用して、今日使った卵を割る時に元の形が残るようにしておき、それを元にして卵が固定できる受けを作った。


ただ、それだけではたぶん少し動いただけで割れてしまうだろうから、箱の中に緩衝材がわりに枯草を詰め込んだというわけだ。

後はこのケースを入れる背負い袋と一緒に入れるものを柔らかくて緩衝材代わりになりそうなアイテムを優先的に入れていけば限りなく破損を少なくできるだろう。


「卵・・・けいす、とは・・・?」


たまーに思うけど、この世界って言語は基本的に日本語で俺の言葉も不自由なく通じるんだけど、日本人がもうほとんど自国語のように使っている外来語の部分になると、通じるものと通じないものがあるんだよな。


全く通じないんだったらわかるんだけど、何故かそのままでも伝わる部分があって、よくわからないんだよね。


「あ、もしかして今日の魔物の卵を入れるものを作られたのですか?」


さすがミーナ。

俺がこの世界の言語についてほんの数秒の間思考していた時間だけで、答えに辿りついたな。


「せっかく手に入れたものが今日みたいなことになったら悲しいからな。完璧ではないと思うが、これでだいぶ軽減できると思う」


ちなみにケースは6個入るように作った。

卵のサイズが大きいのと、これ以上大きくすると背負い袋の横幅に収まらず、箱のまわりに緩衝材を敷き詰めるスペースが無くなってしまう感じだったから、この大きさにしたというわけだ。


今日の感じだと、ランバードの卵はたぶんレアドロップに分類されていると思うし、今日行った長めの狩りでも3個しかドロップしなかったから、ランバードだけを狙うようなことをしない限りは大丈夫だと思う。





ミーナが箱を見たがったので渡すと、それを感動しながら色々な感想を言ってくる彼女を見ると、結構いいものが作れたんじゃないかと製作当初よりも少し自己採点をあげた。

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