第60話 警戒
「どこだ?」
オリヴィエの言葉に俺の中で緊張が駆け巡る。
俺の人生において、人から付け狙われるなどという体験は一切ない。
しかしこの世界ならば、そういうこともあるんだろうな・・・とは思っていたが、いざそれが自分に降りかかってくると、心臓が早鐘を打った。
「こちらから死角になっている路地に2人と、往来に紛れて不自然な行動をとっているものが2人いますね」
え・・・死角になっている場所なのに気が付けるのも凄いけど、行き交う人々の中から不審人物まで特定してしまうなんて・・・凄すぎんか?
オリヴィエさんってどっかの国の工作員だったり、MとⅠと数字で構成されたスパイ組織の出身だったりするんですか?
「だ、大丈夫そうか?」
正直に言おう。
結構ビビってます。自分。
レベルが上がっていることもあって、そんじょそこらの人間には真っ向勝負では負けない自信はあるけど、相手がわざわざ名乗り出た上で向かい合い、正面から勝負を挑んでくれるなんてことはないだろうし、こんな街中で不意にブスリと脇腹や心臓を一突きされて大丈夫なのかなんてわからないし、試したくもない。
なにが目的で俺達の様子を窺っているのかはわからないが、こそこそしている時点でろくでもないことになることは想定しておくべきだよな。
「何故かわかりませんが、敵意を感じるのに、その相手に脅威を感じませんね・・・。ご主人様の御力でしょうか?」
いえ、それはたぶんオリヴィエ自身の御力でしょう。
オリヴィエのレベルは現在7。
数字として低いように感じるが、この世界・・・はわからないけど、少なくともこの街では俺が鑑定してきた人物の中で、戦闘職の中では俺に次ぐレベルになっている。
村人や商人ならもっと高いレベルのものも存在するが、それらが戦闘において力を発揮する職業でないことはもうわかっているので除外する。
これまで見てきた中で一番高かったのは東の門番のマーキンのLv5で、時点で西の門番の・・・確か名前はキュウリだかニガウリだか・・・いや、ウリーだったかな?
はじめて西の門から出るときにギルドカードを提出したっきり、西の門からの人の出入りはあまりないせいか、それ以降は顔パスになっていたから今の今まで大した会話もしていないから、あまり印象に残ってないんだよな・・・。
そのウリ科の人がLv4だった。
冒険者の中にもLv4の人物は見たが、大体が2とか3だ。
オリヴィエが脅威と思わない感覚というのは、恐らくはそのレベル差からくるものなのだろう。
俺はまったくわからんがね。
そもそも未だにどこにいるのかすらわからん。ミーナもオリヴィエの言葉を聞いてからずっと周りをキョロキョロしている様子だから、俺と同じなのだろう。
「オリヴィエは引き続き警戒を続けて何か変化があったら教えてくれ。ここで立ち止まっていてもしょうがないから移動しよう」
こそこそ監視されるようなことをした覚えはないが、オリヴィエの感覚を疑うことの方がもっとない。
彼女の鋭い感覚はダンジョンで証明され続けているから、その信頼度は現在もなお上昇を続けているのだ。疑うなんてとんでもございません。
「今のところはこちらを遠巻きに見ているだけのようです。何かあったらすぐにご報告いたしますね」
「たのんだ」
不審な輩を警戒してずっと立ち止まっていてもしょうがないからとりあえず行動することにする。
俺達のPTは強い。
少なくともこの街では負けると思うようなやつはいなかったはずだ。
不意を突かれるのは怖いが、その存在を認知できているのならばどうとでもなるだろう。
思えば店の中にいた時も外の様子を気にしている風だったから、かなり前から不審人物に気が付き始めていたのだろうな。
そして店を出た時に確信へと至り、俺への報告となったと。
「オリヴィエが居てくれてほんとうに助かるよ。ありがとうな」
「い、いえ・・・あ、ありがとうございます・・・」
尚も警戒を続けて真剣な表情を周りに見せているオリヴィエへ素直な感謝を言うと、俺の言葉に不意を突かれたのか、目を丸くした後、赤面して俯きながら感謝し返されてしまったが、すぐにハッと我に返ってまた周りの警戒を開始してくれた。
彼女が警戒を続けてくれている以上は大丈夫だろう。
ということで俺は当初の予定を変えることなく、ウィドーさんの雑貨屋へと向かった。
雑貨屋へは特に問題もなく到着した。
「どうだ?オリヴィエ」
「まだ離れた場所からこちらを窺っていますが、今のところは一定の距離を保ったまま近づいてくることはないみたいです」
怪しいやつのいる方向に目をやるようなことはせずに、オリヴィエレーダーだけを動かしながら答える。
ミーナもここまでの道中であまり周りを見ないようにオリヴィエに注意されていたため、面持ちは若干緊張気味だが、もうキョロキョロするようなことはせずにいた。
「大丈夫そうならさっさと要件を済ませてしまおう」
あまり時間をかけて店に迷惑かけてもアレだしな。
俺達が雑貨屋に入ると、いつも通りウィドーさんが出迎えてくれた。
雑貨屋ではまず水筒のような液体を入れられる水袋を複数個購入した。
これはメープルシロップのように、今後も液体状のドロップ品が出たとき用に入れ物があった方がいいと思ったからだ。
そして、主目的の樽製作の依頼も伝えると、2、3日で作って家に送ってくれるとのことだ。
その際には・・・と意味深なウィンクをされたが、これはアッチのお誘いではなく、恐らくは油で揚げたアレを望んでいらっしゃるのだと思う。
俺としてはアッチでも何の問題もないから前者でも全然いいけどね。
雑貨屋での用事を済ませ、食材を買いにいつもの屋台通りへ向かうと、そこにはいつもと違う光景があった。
普段は人通りもまばらで決して賑わっているというようなことはなかった場所だったのが、ある一つの屋台を先頭に賑わいを見せ、行列まで出来ていた。
何事かとその行列を辿っていくと
「おお!サトル殿!」
その途中で聞いたことのある声量の大きい声に呼び止められた。
商業ギルド長のオルセンだ。
「この行列は商業ギルドの屋台だったのか?」
「厳密にはそうではないが、まぁその様なものなのは間違いない。ここはうちの調理法使用契約を結んだ者が経営する屋台だ」
なるほど、わからん。でもなんとなーくわかる・・・という絶妙なライン。
つまりは・・・フランチャイズ的な?違うのかな・・・?まぁ似たようなもんやろ。
「なるほど」
ここは分かったふりをしておこう。
「おかげで見ての通りの盛況ぶりだ!これは稀にみる革命になり得るぞ!」
革命て・・・レベル低すぎんか?
あんなんで世の中ひっくり返せるならこの先大回転しすぎて全人類が目を回しちゃうぞ。
「それは・・・よかったな」
それにしても俺がレシピを売ってミーナを手に入れたのはまだほんの3日前の出来事なのに、もう販売までこぎつけているのは凄いスピード感だな。
それだけ気合が入っているのだろうが、屋台の構造を見るに、ある程度流用しているとはいえ、ちゃんとフリット製作をするために改造もしているみたいだ
しな。
俺の後ろに居たミーナも興味ありげに屋台の様子を背伸びして見ていた。
3日で販売までこぎつけるのが普通なのかはわからないけど、当たり前ではない気がする。
だって販売するまでにすることは屋台を作るだけじゃ無理だよね。
なんせ誰もやったことないことだし、俺はレシピを教えただけだからな。
店員への教育や販売方法の構築と価格設定など、色々決定しなければならないことはたくさんあったはずだ。
購入している人々は持ち帰ることもせず、その場でかぶりついていい笑顔を咲かせている。
「最初は遠巻きに見ていた者たちもこうして食べたものの表情を見て次々に購入していくのだ。呼び込みの必要すらなかったぞ。むしろギルドから緊急で人員を追加する必要があったくらいだ」
屋台は大体どこも1つにつき1人というのが当たり前だが、このフリットの屋台だけは3人体制で挑んでいる。
まだ手付きが怪しい部分もあるものの、料理の手順的には単純なため、特に問題にはなっていない。
問題があるとすれば、需要が多すぎることくらいだろうか。
完全に供給が追い付いていない。
「そうか。まぁ頑張ってくれ」
ミーナを手に入れるための手段だったが、この盛況を作り出した案を出したのが俺だということに少し誇らしくなった。
別に俺が発明したわけでもないという後ろめたさも同時にあったけどね。
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