第57話 創意工夫
鮮度のない黒く変色した血が中空を舞い、俺に降り注ぐ。
もう何度目だろう。もうこの血しぶきにはなんの感情も湧いてこない。
おーい、オリヴィエ。また君の数少ない悪いとこが出てるよー。
現在ゾンビ祭り開催中。
美味しいが絡むとオリヴィエのベクトルってかなり隔たるようで、彼女のソナーは特定の個体に特化する機能があるようだ。
これでゾンビ何体目?おかげでもうどんな腐乱死体が来ても嫌悪感を感じなくなってきたよ。
でも、そろそろもういいんじゃないかな?
もう袋に溢れんばかりにあるぞ・・・万能酵母。3kgくらいあるんじゃねーか?
一回のパン作りに使うイースト菌って量にもよるけど、3~10g程だからこんなにあったら毎日春のパン祭りを開催しても1ヶ月以上もつぞ。今は秋らしいけど。
5層は10層に到達するまでは必ず来る場所だ。
必要になってもならなくたってこれからもゾンビは遭遇するだろうし、その時に万能酵母も手に入る。
ハズレアイテムとされてる現状ではギルドも買ってくれないし、すべてがうちで使用する分となる現状、パン屋を開こうとでもしない限りはこんなに必要ない。
結局この日の午後探索はオリヴィエのゾンビ祭りを止めることが出来ないまま、すべてではなかったものの、十二分に終末世界の様な戦いを経験させてもらった。もうお腹いっぱいです・・・。実際の胃は空だけどね。
あんなグロいのを前にし続けても減るものはSAN値だけでなかったようで、しっかりと腹ペコとなり、家へ戻ってきた。
オリヴィエが万能酵母の袋を両手で抱えて物凄い笑顔を見せているが、それは今夜の夕食には出来ないんだよな・・・。生地の発酵が間に合わないし、なによりパンを焼くための窯がない。
俺の家には小さな枝や枯草で火の加減を整える原始的なコンロのようなものしかなく、オーブンのような設備はない。
「まぁ、幸い焼いたレンガはあるし・・・ちょっと不安だけど、昔行ったキャンプ場にあったピザ窯の記憶を頼りに自作してみるか」
帰ってくるなり家の掃除や服の洗濯など、家事に取り掛かってくれている二人を尻目に、俺は外に出て風呂の材料にしようとして断念し、今はただ無駄に積み重なっているレンガの前に来た。
「えーっと・・・たしかあのキャンプ場だと・・・上下二段に部屋が分かれてて、真ん中の敷居の奥はちょっと空いてたっけ」
薪を燃やした時に奥の方で炎が上がっていたのを見た時にキャンプ場の人に軽く質問していたからそれははっきりと覚えている。キャンプ場のおっさんの顔は全然思い出せんけどな。
「そんでもって天井はアーチ型だったか。・・・あー、これアーチ型の天井はちょっと頑張れば大丈夫だけど、真ん中に設置する焼き床はさすがに緩い粘土の繋ぎじゃ崩れちゃいそうだな・・・」
レンガを縦に組んで積み上げることは簡単だが、横に広げるとなるとちゃんと接着する必要が出てくる。
天井のようにアーチ状にすれば崩れはしないだろうが、焼き床は平らである必要性がある。
緩やかなアーチにすればいけるかもと思ったが、俺はあることを思いつき、昨日作った肥溜め掘りの途中で結構出てきた石の中から、俺の胴を一回り大きくしたくらいのでかい石をチョイスする。
これが1m程の深さの時に出てきた時はどうしようと思ったが、力いっぱい放り投げたら穴の外はおろかさらに5m程先まで飛んでいった。
もう完全に今更だけど、レベルアップの恩恵って凄いよねぇ。
この石を選んだ理由は、レンガで焼き床を作るのは無理でも、窯サイズの一枚岩があれば代用品になるんじゃないかと思ったからだ。
問題はこれをどうやって板状にするのかだが・・・。
俺は魔法で石を切れないか試しに風魔法を使ってみた。
「ウィンドカッター!」
いかにも切ってくれそうな魔法名をチョイスすると、見えない風の刃がガリガリと音を立てて石の表面を荒く削った。
「うーん・・・これだと成形作業には向かないなぁ」
何度も使えば目的に近い形にはなるかもしれないが、削った部分を見るとかなり荒く、微調整は難しそうだ。
「ウィンドカッター!」
今度はもうちょっと鋭い回転刃をイメージして使ってみる。
魔法は同じ魔法名でもイメージによって結果に変化が現れることはこないだの検証や普段の戦闘でわかっている。
放たれた魔法は石に命中すると、さっきより高めの音を響かせて石を削る。
だが、
「さっきよりはいいけど、やっぱりこれじゃ加工している段階で石が割れちゃいそうだ」
焼き床は数cm位の厚さにしようと思っているから、こんな荒い施工では石の耐久力がもたない。恐らく調整段階で割れてしまうだろうな。
「もっと、こう・・・スパーッと切れないもんかなぁ」
俺の望んでいる結果は削るんじゃなくて切りたいんだよねぇ。
切れるもの・・・切れるもの・・・すぱー・・・すぱー・・・あ。
何かいいアイデアはないものかと無意味な言葉を呟きながら記憶の中を探っていた時に、工場見学の光景が浮かぶ。
俺は目をつぶり、その時の様子を思い出しながらイメージを固めていく。
「細く・・・限界まで細く、一点に集中させながら出来るだけ強い勢いで・・・ウォーターカッター!」
自身の中でしっかりとイメージを完成させた後、目を開け魔法名を叫ぶ。
すると、俺の手のひらからは糸のように細い水が勢いよく石に命中した。
激しい水音と共にあがった水飛沫によって一瞬見えなくなった石だが、すぐに落ち着いた霧状の向こう側から姿を現す。
「うお・・・すげぇな・・・」
魔法が当たった場所を確認しにいくと、石には1cm位の穴が綺麗に空いていた。断面なんかは磨いたようにピカピカになっている。
そして俺はウォーターカッターを使うことで想像の何倍も綺麗な焼き床を作ることに成功した。
あの一瞬であんな穴が空いたから、あとは魔法発動中にターゲットを斬りたい方向にずらすだけだったから簡単だった。
本来の水で切る工法はたしか細かい砂かなんかを混ぜるみたいなものだったような気がするが、イメージをしっかり持った魔法というのはここまで高い威力を出せるんだなぁ。
でもこれ、瞬時の威力が高すぎて戦闘で使うのちょっと怖いなぁ・・・。
こんなん当たったら・・・まぁそれは他の魔法にも言えることだから、要は使いどころとPTの連携をもっと高めればいい話か。
「とりあえず焼き床は手に入れたから、あとはレンガで窯を組んで、繋ぎの粘土を固めるために一回空焚きすれば完成だな」
ものづくりって大変だけど楽しいな。
特にこの形になっていく段階になると、ワクワクが止まらないぜ。
レンガを組む作業は大した苦労もなく終わった。
懸念していた天井のアーチだが、繋ぎの粘土を少し固めに調整したり、ウォーターカッターでレンガを削ったりすることで結構簡単に作れた。
天井部分に粘土で作った煙突も設置する。
「おし、これで火を焚いとけば完成かな」
2段に分かれている下の部屋に大量の薪を投入してから小枝を入れて、調整した火魔法で火をつける。
窯全体に火の熱がいきわたれば、繋ぎの粘土や筒状にした煙突の粘土を固めてくれるだろう。
薪に延焼したのを見守ってからキッチンへと戻る。
完璧とは言わないけど、結構いいものが作れたんじゃないかと自画自賛してつい笑みがこぼれてしまう。
専門家から言わせれば文句のつけどころばかりかもしれないが、やはり自分で工夫して作ったという満足感がすごい。
これからも色々作れたらいいな。
今はすべての時間を自由に使えるんだから、自分がやりたいと思ったことをどんどんやっていこう。
とりあえずトイレの作業も進めたいね。
まだ中途半端なままだし。
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