第45話 基準

「よし、これでミーナは正式に俺の奴隷だ」


「え・・・え?あ、ありがとうございます?」


家に帰った俺が早速委任状を使ってミーナとの奴隷契約を締結させる。

どうやって使うのかと思ったが、奴隷商人が手に持って契約したいと思うだけで大丈夫だった。サポシスさんいらずで助かるぜ。


まぁサポシスさんは俺の目の前で疑問符のどしゃ降りに見舞われているミーナにこそ必要だけどな。


だが俺はわざわざ説明したりはしない!

何故ならそんなミーナが可愛いからである。


可愛いは正義。可愛いは全てにおいて優先されるべきものなのだ。


「サ、サトル様は奴隷商人だったのですか?」


お、こういう質問はじめてされたな。なんか新鮮。

オリヴィエはなんかいつも驚くけどその度に自分の中で納得して消化するから質問してくることはほぼ皆無なんだよな。


「そうだぞ」


「え?ご主人様は戦士なのでは?」


え?オリヴィエは俺と契約したじゃないか。

あれはなんだと思ってたんだろう。


「戦士でもあるぞ」


「戦士でも・・・ということは、サトル様は二つの職業を同時に持っている・・・ということですか!?」


うーん、どうしようかな。・・・まぁいいか。嘘つくのもなんか嫌だしな。


「そうだ。だがこれはあまり他言しないでくれ、な」


この二人ならばこのくらいの注意でむやみに他人に流布することはないだろう。

そのくらいの信用は二人に対してはあるし、されている自負もある。


「それは大丈夫です・・・ですが、複数の職業を同時に持っている者の話など・・・神話くらいでしか聞いたことがありません・・・」


うんうんと頷く。オリヴィエが。・・・なんで?


「・・・もしかしてサトル様は使徒様なのですか?」


「え?なにそれ。俺は地下都市を襲撃したりはしないぞ」


使徒ってあれだろ?13だか14番までいる順番に襲ってくる巨人みたいなやつ。

最近完結したらしいんだけど、結局あれがなんだったのかは俺にはさっぱりわからなかったな。


「地下都市・・・ドワーフのことですか?」


「いや、違うけど・・・。ドワーフっているんだな」


じゃあもしかしてエルフもいる?オラワクワクすっぞ!


「使徒様ではない・・・ならばサトル様は何故・・・?」


「え?ご主人様は使徒様ではないのですか?」


へ?


キミ、俺の事そんな目で・・・あぁ、なんか身に覚えがすっごいあるな。

だから色々な事に驚いても何も言わなかったのか。

そんな勘違いであがめられても気が引けるのでここは正直に言っておこう。


「違うぞ。俺は普通の人間だ」


「普通ではない・・・と思いますが」


「はい。ご主人様は特別です!」


ひどいっ!人の事をそんなバケモノみたいに・・・とは思わないけど、まぁ確かに考えてみればこの世界にくるきっかけになったのはそんなような存在に送られたような気がするけど・・・ん?


「ってことは俺って広義でいえば使徒みたいなもんなのか?」


「それではやはり!」


それ的存在に送られたということを鑑みればそうともいえるが、別になんの指令も、ましてや言葉すら聞いてない状態で使徒といえるのかどうか・・・。

まぁこんな曖昧な状態で名乗ると怒られそうな気がするからやめておこう。


「いや・・・やっぱりたぶん違う。俺自身勝手に名乗るとこの世界じゃどこで何に見られてるのかわからないしな・・・」


誰が見ているのか。何故そんなことを思うのかは理由がある。

俺は商業ギルドを出て家に着くまでにオリヴィエ達とした話を思い出す。




「そういや職業落ちってどんな条件でなるんだ?」


ミーナを手に入れて浮足立っていた俺は、商業ギルドの寮で起きた出来事を反芻しているうちにふと思った疑問を二人に投げかけた。

以前に少しオリヴィエに聞いてはいたが、軽く表面をなぞっただけだったしな。


「盗賊に落ちる条件は何度も盗みを繰り返すことで、罪人に落ちる条件は何度も非道を重ねることです。ですが、両者共に明確な基準というのはなく、物凄く曖昧ですね」


「基準はないのか」


それは怖いな。

何度もというが、明確な回数が決まっていたとしてもどんな盗みが対象なのかもわからなかったら回数を数えることも出来ないしな。


例えば、俺の作った料理を横で見ていたオリヴィエが俺の了承を得ずに盗み食いをしただけで「盗み」としてカウントされるのか、どの程度が盗みのラインなのかの裁定が曖昧だとしたら数を数えるのは不可能に感じる。

非道についても同じだ。どの程度の行いが「非道」として扱われるのか・・・という疑問が出てくる。


「昔、職業落ちについて深く探求しようとした者は結構いたようですが、同じ事をしても少し状況が違うだけで落ちたり落ちなかったりと、どの研究でも結局その詳細を突き詰めることは出来ず・・・結果、職業落ちの裁定は神が下していて、その基準は人に知ることは出来ないという結論に達したようです」


えー・・・つまりそれって「わかりませんでした」ってことだよな。

まぁ職業落ちの研究っていうと高尚な行いをしているように感じるが、よく考えるとその内容はどれが盗みでなにが非道かを実際にやってみて検証するってことだ。

ならばそんなものに協力するものは限られるだろうし、はたからみたらすげーやべー奴だよな・・・。罪人に落ちるか検証したいから誰か殺してくれ、とか言われて

やりまーす!とはならんだろうし。

そら進まんか、研究。ああいうのって試行回数が重要だろうしなぁ。


「神のみぞ知る・・・ってやつか」


まぁなんかしっくりくる結論ではありそうなんだよな。この世界では特にね。




日本は世界でもかなり珍しい無神論者が大量にいる国である。

俺も実際にそうだ。

厳密にいえば、日本の宗教観が独特で他の国から見たら無神論者の分類に入るだけであって、みんなが神的、霊的存在を信じていないということではないと思う。


日本は八百万の神という万物には神が宿るという他に類をみない宗教観を持つ国である。

大多数を占める唯一絶対神や多神教の教えとはまた違った考え方で、かなり特殊なものなのだと思う。


俺もどちらかと言えば日本古来の考えである八百万の神というものに共感している派閥ですべてを単一の存在が管理しているみたいなのは否定的だ。


だって無理だろ。全部一人で管理なんて。しかも教える方はすべて見ておられるとか本気で言ってくるしな。


だけどこの世界では、どうやらそんな存在が結構な確率で存在しているようだ。

そうとしか思えない者が厳然と存在しているのだから認めざるを得ない。


まだこの世界に来て少ししか経っていない俺でもすでに何個も目撃している。

クイルや職業落ちなどが代表的なそれだが、ステータスやシスサポさんなどもその存在確率をあげてくる。


まぁ俺はそんなん存在するわけねーだろとは思わない柔軟さを持っているから意地でも認めないなんてことはない。

証拠となるような事象がいくつもあるんだから否定する方がむずいしな。


だからいるんだろうね、ここには。少なくともそれに準ずる何かが。


正直、この職業落ちってよく出来てるよな。


基準が曖昧なのもそれが逆にいい味を出している。

曖昧ならば今の行動が大丈夫なのかどうかがわからない・・・つまり、下手に職業落ちとなりそうな行いをすることへの抑止力となっているのだ。


これがなかったらこの世界の治安はもっと悪くなっていただろう。

奴隷も人として扱われることなく、大多数が非道の限りを尽くされていたかもしれない。


便利さと不便のバランスが少し気になるが、今のところこの世界は俺にとってかなりの好印象だ。







わかればよろし。

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