第43話 交渉
「はい。私はサトル様に買っていただきたいです」
商業ギルドで案内された部屋でその部屋の主でギルドマスターであるオルセンに奴隷になることを望むかと聞かれたミーナは、オルセンのことを正面に見据え、はっきりと答えた。
「そうか」
オルセンはミーナの答えに対して寂しそうに、だがどこか安心したような様子で返答した。
「ミーナの金額は金貨11枚だ。君にその金額を用意できるのであれば、奴隷譲渡に同意しよう」
やっぱり予想通り、ミーナの了承さえ得られればガレウス以外からの承諾をもらうことは容易だったな。
まぁあの普段の扱いを知っていれば当たり前の話だ。
この世界では奴隷の扱いというのは前の世界に当てはめると使用人に近い。
俺の知っている過去にあった奴隷というものは最悪の場合だと人権すら失うものだが、この世界では職業落ちの不思議システムがあるため、奴隷の事もぞんざいに扱うことはかなり制限がある。
給与が支払われることはないが、衣食住のすべてを整備しなければならない以上、一定の金額が発生するため、その形態は雇用に近いだろう。
ならば一般的に奴隷に酷い扱いをすれば日本でいう部下にしているのと周りからの評価はほぼ同じになるだろうな。
だからミーナの譲渡交渉はガレウスと直接しなくてもよいと分かった時点で全然心配していなかった。
オルセンが居てくれたのはただのラッキーだけどね。
だが、
「金はない」
「は?」
俺が堂々とノーマネーを宣言すると、オルセンは片眉をぴくりとあげる。
「金がないとなると話は・・・」
「ないが、それを生み出すものを提供することは出来る」
オルセンは俺の言葉に少し疑問符を浮かべていたが、
「・・・まさか!」
やはり商業ギルドのトップだけあって察しがいいね。
「まぁそういうこと。いわゆる情報商材ってやつかな」
「・・・内容を聞こう。それが金貨10枚の価値があるかはそれからだ」
この言葉だけでオルセンが気が付く理由は一つ。
俺から引き出せる情報がそもそも一つだけだったからだ。
それでもそこに気がつけるというのは流石ともいえるだろう。
「俺が提供するのはある料理のレシピとそれによる付加価値だ」
「やはりそうか・・・しかし、付加価値とな?」
「まぁそれは追々・・・とりあえずレシピとその料理の紹介をしたいんだが、ここに簡単な煮炊きが出来る場所とかないか?」
「ここにはないが、裏の寮には炊事場があるぞ」
「じゃあそこに行こう」
俺達はギルド裏にあった2階建ての寮へと移動し、その1階奥にあるしっかりとした炊事場で今は鍋に入れた油を熱している。
「ふむ・・・油を・・・それはなにを?」
俺がここに来るまでに適当な枝を選定してナイフで菜箸を作っている様子を顎に手を当てて興味深く眺めているオルセン。
ちなみに食材はミーナを説得した後に市場に寄って買ってきておいた。
「これは菜箸を作っている。使い方に慣れが必要だから別になければ他のもので代用してもいいが、これがあると油の温度管理の調整も出来て便利だ」
「サイバシ・・・温度を・・・?」
俺はその場でフリットをオルセンに説明しながら作って見せ、完成したものを軽く油をきってから食べさせた。
「雑魚を油で・・・はむ・・・んん!!」
尻尾をつまんで一匹口に放り込んだオルセンは、俺が揚げたフリットを次々に追加投入していった。
「うまい!!うまいぞ!!」
やはりチョロいな・・・俺的にはこの料理はあくまで間に合わせで小麦粉に卵が入ってないし氷水で冷やしたりする工程なんかもすっとばしているから微妙に感じているのだが、この世界の人はこの程度で絶賛してくれることは家でご馳走した二人を見ていたからわかっていた。
だからこそこの料理のレシピには価値があると思ったわけだ。そして
「これの価値が味だけじゃないことはあんたならわかるだろ?」
食材は少ししか買ってこなかったからすぐに食べ終わってしまって鍋を悲しそうに見つめていたオルセン。
「・・・雑魚か」
「そうだ。この料理の材料として使っているのはいつも捨てている価値のない小さな川魚だ。ならばその価値にいち早く気付いたものは・・・」
「なるほど・・・価値のない今ならば権利を買うのも容易だろうな。本来狩猟や漁の収穫物を独占することは出来ないが、雑魚ならば反対するものもおるまい」
元々価値のないものなのだからその権利を買い取ることなど喜ばれることはあっても断るものなどいないだろう。
このフリットが世に出た後は知らんが、こういうものはいち早く価値に気が付き、それを利用できる環境を整えたものが勝つ。それはこの世界はもちろん、元居た世界だってそうだ。
「それだけじゃない。この料理の利点は火と鍋とちょっとした調理場さえあれば簡単に作れる・・・つまり」
「屋台販売か!」
そう、店舗などのちゃんとした箱などを用意しなくても屋台で簡単に販売できる。このレシピ一つで販売するならむしろ屋台の方がいいまである。
建物などあっても料理が一つじゃな・・・。
「このレシピとそれを利用した商売の情報をもってミーナの譲渡としてもらいたい。もしこれらの価値が金貨10枚以上でも追加で支払う必要はない」
金貨10枚以下だった場合のことなどはあえて言及せず、強気に言っておこう。
この価値はそれ以上あるぞって印象付けることも大事だ。
俺的に正直金貨10枚はキツイと思っているからな。
だって金貨10枚って1000万だぞ?いくらこの料理が好評だからってレシピ一つで出る金額じゃねーだろ。だから料理以外の部分の情報も付加価値としてつけたわけだしな。
「なんと・・・!!いや、そうか・・・なるほどのう」
なんか勝手に納得しているけど、テレパシーのスキルなんて持ってないんだから考えは口に出してほしいね。
「わかった。では当ギルドはこの情報を対価として、ミーナの奴隷譲渡を認めることとする」
おっしゃ!
オルセンから聞きたかった言葉が出て心の中で盛大にガッツポーズをする。
「よかったですね。ミーナ」
「はい!サトル様、ありがとうございます!そして・・・これからよろしくお願いします」
ぺこりと頭を勢いよく下げると、後から追尾してきたおさげが半円を描く。
昔のアニメでそういう攻撃してるやつとかいたようないなかったような・・・。
なんて全然関係ないことを思っていると
「ミーナ!」
炊事場の扉が壊れるかと思うほど勢いよく開き、ミーナの元所有者が怒鳴り声をあげながらやってきた。
「私が頼んだ仕事を放り投げてこんなところで一体何をしているのです!はやくグロウ商会に行きなさ・・・なんですか?アナタは」
大きな声量をミーナへとぶつけながら歩み寄り、その手を掴もうとしたところでそれを払い、間に体を入れて立ち塞がる。
「ミーナはもう俺のものだ」
「なんですか、アナタは・・・莫迦な冗談はよしてください。ミーナは私の奴隷です。よって譲渡も解放も私の同意なしに勝手にすることは出来ませんよ」
所有者である余裕なのか、ガレウスは俺の突然の申し出にも慌てることなく反論してくる。
「いや、同意ならワシが出した。手続き上の問題はなにもないぞ」
ちょうどガレウスが入ってきた扉からここまでの動線でちょうど俺とオリヴィエの死角になる位置にいたオルセンが姿を現し、元所有者に反論する。
「な・・・オルセン・・・様!?なぜここに・・・」
完全に予想外の人物が出てきて不意をつかれたのだろう。
上司への敬称を一瞬つけ忘れそうになっている様子を見るに、オルセンが居ない時にどう思ってるのかが透けて見えるな。
ガレウスは俺に見せていた余裕の表情を完全に失い、かなり慌てている。
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