第37話 検証

「うん、こっちもなかなかいいね」


「はむはむ」


ニジマスモドキフライを塩のみで食べてみたが、こちらも十分食べれるレベルだった。

油の質があまり良くないからちょっとくどい気がするけど、まぁ許容範囲内って感じかな。


「なかなかって・・・あんた、どっかのお坊ちゃんなのかい?」


俺は漱石さんの創作物ではなく、おそらくこっちかあっちの神みたいな人の悪戯的な何かとかそんな感じだと密かに思ってるんです。


「はむはむ」


「いや、田舎出身の・・・ただの世間知らずです」


「へぇ~・・・田舎のねぇ・・・」


そんなにニヤニヤした目で見ないで頂けるだろうか。

貴方は十分魅力的だと思いますけど、NTRは物語上なら興奮するけど、自分の身近でご遠慮願いたいです。あのガタイのいいおじさまに恨まれるのも忍びない。

あの筋肉は凄いけど、たぶんレベル的なあれで全然負ける気はしないけどね。


「はむはむ」


いや、君・・・そんなに揚げ物ばっかり食ってたら胃がもたれて翌日偉いことになるぞ。まだ17歳だからって油断するなよなっ!


小魚は捨て値だったからかなりの量を揚げたんだけど、どんどん減っていくなぁ。


「オリヴィエ、フリットばっかりじゃなくて、こっちも食べなさい」


俺がそういうと、名残惜しそうに匙に追加したフリットを自分の受け皿に戻すと、本日初めてのニジマスモドキフライへと手を伸ばした。


「!!」


サクッと小気味いい音を立てて嚙み切ると、ただでさえ大きい目を見開いたことでほぼまん丸になった。そして匙の上に残ったフライを一気に口の中に放り込み、幸せそうに咀嚼していた。


「おいひーれふぅ」


こら、口の中に物を入れたまま喋るんじゃありません!可愛いでしょうが!

今度同じことをしたらその口の中のものを全部没収しますからね!口移しで!!


「あんた、いいご主人様を選んだねぇ・・・こりゃアタイも買ってもらおうか・・・どうだい?」


物凄い流し目で何度か見たウィンクを放ってくるウィドーさん。


「いや、俺に人妻を寝取る趣味はないぞ」


「はっはっは。アタイはまだ未婚だよ。あの旦那はあの店の旦那って意味さ。よく間違われるんだけど、あの店はアタイのじゃなくて裏でものづくりばっかしてるあの旦那の店なのさ」


旦那って妻が配偶者の事を呼ぶ呼称じゃなかったっけ?

あれか?よくアニメとかで「〇〇のダンナー」とか下っ端が組織の上の人を呼ぶときみたいなこと?


「へー、じゃあウィドーさんは独身なんだ」


性格は豪胆だけど、見た目も全然悪くない・・・というか普通に美人だし、結婚しているということに何の疑問も持たなかったな。


「この性格のせいでこの年まで誰も貰ってくれなくてねぇ」


「そうか、俺は別に大歓迎だが」


そういうと、ウィドーさんは目を見開いた後に少しだけ顔を赤くし、


「か、からかうんじゃないよ!こんな年増を弄ぶなんて・・・兄さん、意外に遊び人だねぇ・・・。さてと、それじゃアタイはこの辺で失礼するよ。美味しい食事ありがとね、また店に来ておくれ。そんときはサービスするからさっ」


なんだか急に早口になってそそくさと身支度して出て行ってしまった。

お決まりのウィンクも忘れてますよ。あれ結構好きだったのにな。


性格も顔も普通に好ましいし、色気もあって俺としては全然来てくれてもよかったんだがね。

年増とか言っていたが、彼女は鑑定によればまだ29だ。十分若いでしょうに・・・。

まぁいいか。俺には既にオリヴィエがいるしね。


「はむはむ」


コラー、ちゃんと野菜も食べなさい!



その後は、ほとんどの揚げ物がオリヴィエの胃袋へと消失したが、野菜炒めもスープもすべてちゃんと完食して無事満腹となった。


硬いパン用に作ったはずのスープだったが、ほとんどそれ単体で吸い込まれてしまい、結局二人ともパンには全く手をつけないままだった。


「お肉の入ったスープも野菜もこの魚もすべてが最高でした!」


俺的には祭りという特殊な環境の手助けを得てやっと美味しいと思えるあの味くらいな印象だったんだけど、オリヴィエの評価はすこぶるよかった。


楽しんでいただいたようでなによりです。


「それじゃこの後はどうする?オリヴィエは掃除の続きか?」


「はい、まだ物置部屋しか終わっていませんので、この食器を洗ったら出来れば他の部屋もやらせていただきたいです」


こっちからやれ、じゃなくてそっちからやらせてなのね。働き者やなぁ。


「わかった。掃除は頼む。俺はちょっと外で試したいことがあるから水が必要になったら呼んでくれ」


二人で食器を洗い場へと持っていき、そこに設置してある桶の上でウォーターボールを浮かべてから俺は外へと向かった。




「よし、色々試してみっか」


この世界に来てからというもの、結構忙しい時間を過ごしてきた気がする。

空いた時間はほぼすべて資金稼ぎ兼レベル上げに費やしていたし、休憩時間も宿の中だった。


一軒家を手に入れて、安住の地で人目を気にしなくていいという状況を初めて手に入れた。

なので俺はとりあえず魔法の検証をしてみようと思ったわけだ。


「ストーン」


ザバーっと手から錬金術のように少し大きめの砂粒が落ちる。

やはり語尾になにもつけないと、それそのものが手のひらに出現するだけらしい。


「ストーンウォール」


地面からニョキっと生えた身の丈程の石の壁を想像するじゃん?


だが実際は、手のひらの先に盾みたいな状態で30cmくらいの石板が出現して10秒程でさらさらと下に落ちるんだよね。


これってストーンじゃなくてサンドじゃね?と思ってサンドウォールとかサンドボールとか唱えても何も出なかった。


まぁ広義では合っていると言えなくもないが・・・誤訳チックが凄い。


「うーん、やっぱり土魔法で建築!みたいなことは出来ないか・・・」


物体が具現化するタイプの魔法でも、その形は10秒程維持された後、ただの物体に戻ってしまう。

標的を設定しなかった場合は水の矢を作っても水の砲弾を作っても、10秒その形で宙を漂った後に、ただの水になって地面に落下してしまうのだ。


この10秒はなんなのかと思ったが、これはたぶんクールタイムに連動しているのじゃないかと思った。

ウォーターアローを唱えて宙に浮かせ、その後に魔法名を呼称し続けると、次の魔法が発動した瞬間に浮かんでいた水の矢が下へと落ちたから、たぶんあってると思う。


「水は精製水だけど飲めるってサポシスさんが言ってたし、火は物に着火すれば燃え続ける。土は砂に・・・ん?」


俺は少し思いついたことを実践してみる。


「ストーン」


さーっと落ちる。


「ストーン」


さーっと落ちる。


「だめか」


傍から見たら何してるか全くわからないだろうが、俺は石の質を変えられないか試していた。

一言に石と言っても色々あるからな。

石を細かくすれば砂になるし、砂に有機物が作用すると土になる、土の細かい粒子が堆積すると粘土となる。

つまり、細かく違いはあるが、元はすべて石なのだ。


そしてこの世界の魔法はとても科学的要素を含んでいるとは思えない。

質量保存の法則はとっくに無視しているし火も水も風だって無から生まれたりはしない。

ならばこの辺の細かいことは魔法というフィルターを通すことである程度無視することが出来るかもしれないかも・・・と思ったのだ。


「うーん・・・あ、クリエイトストーン」


すると、手のひらの先で、さっきのとは全く違う粘度を増したような土がボトボトと落ちていく。うん、粘度を増した土・・・つまりは粘土だねっ!


一人で凍えるにはまだ季節がはやい。ファストはまだ暖かいのですよ。


「お、結構いい質の粘土じゃないか?これ」


地面に落ちた粘土を両手でまとめ、こねてみると、ちゃんと一塊になった。

ちなみに俺がなんで粘土の質なんかわかるのかっていうと、20代すべてと30代前半までの十数年間を粘土を扱う会社で働いていたからである。


粘土を扱う仕事ってなんやねんって思うかもしれないからわかりやすく言うと、井戸掘り業者ってやつだ。


現代日本で井戸掘りの仕事なんてあるのかという疑問を持つ人は建築関係の仕事についたことがない証明になる・・・かはわからないが、井戸掘りというのは実はかなり盛んに行われている。


分からない人からすれば井戸って言うのは貞の一文字を強調してテレビの向こうから這い出てくるアレを想像するだろう。


まぁ実際今でも手掘りで同じようなものを施工している人はいるが、あんな石造りのものはアミューズメントや資料製作など以外ではほぼないだろう。


現代の井戸掘りというのは簡単に説明すると、規模の大小はあれどもそれらはすべて崩れないように穴を掘り、そこに管を繋げながら降ろした後に管のまわりを埋めて完成となる。


ここまで説明しても何で粘土?となるかもしれないが、説明にあった「崩れないように」の部分に関係してくる。

井戸掘りは掘りながら周りが崩壊して埋め戻ってしまうことを防ぐために、粘性の高い水を充填することで比重によって崩壊の可能性を低くする。更に、その粘性を高める際に粘土を使うと、粘土水になった粘土は井戸の中の側面に付着し、壁となるのだ。


今は粘土を使わずに火山灰が主成分のベントナイトなどを使うことも多いが、工業用水や建築現場で一時的に使うための井戸水ならいざしらず、飲料水、もしくはそれに準じた加工に使用するための水は化学合成品よりも天然の粘土の方が好まれたりするのだ。






昔を懐かしみ、つい嬉しくなって色々と思い出してしまったが、粘土に詳しい理由はまぁそういうことだ。

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