第36話 料理

「それじゃ、設置するのはこの部屋でいいんだね?」


この家の2階には3部屋と物置部屋がある。


階段をあがってすぐ、正面の部屋は他の2部屋に比べると少し小さめで、その部屋の右手に進んだところにある廊下を挟んで更に2部屋ある。2部屋の内、左と右では右側のほうが広かったが、左側の部屋は森方面に位置しているため、魔物を警戒する意味でもここがいいという結論に至り、ベッドを設置することにした。


「設置する場所を軽く掃除したいんだけど、井戸って近くにあるのかい?」


「それでは私が持ってまいります」


この物件が格安な理由には魔物の襲撃の可能性があるということの他に、井戸が遠いという欠点もあった。


水道の敷設などされていないこの場所では飲み水はおろか、生活用水も井戸水を汲んできて確保しなければならない。

この作業は毎日行う必要がある上、非常に重労働であるのだから欠点としては大きい部類に入ってしまうだろう。


「あ、オリヴィエ。ちょっと待ってくれ」


水を汲みに行こうとバケツを持ったオリヴィエを1階で呼び止める。

バケツ片手に不思議そうな顔で首を傾げる可愛いの権化。


雑貨屋夫婦がいる部屋の方をチラリと確認してから


「水なら大丈夫だ・・・ウォーターボール」


魔法の標的を定めないことで、空中に水の塊を出す。それをバケツで受け止めるように促し、オリヴィエが塊の下にバケツを差し出すと


  バシャッ


少しこぼれたが、目論み通りに大半がバケツに収まり、水を作り出すことに成功した。しかもバケツに8割程の量という奇跡。こっちは完全に偶然です。


「ありがとうございます!」


またつまらぬ株をあげてしまった・・・。

この男はとんでもないものを作り出してしまいました。我が家の水です。


「この家の水は可能な限り魔法で出すから心配しなくていいぞ」


現状のままではすべて魔法で補うのは自分でも無茶だと思うけど、今後レベルが上がってくれば余裕すら出てくるのではないかと思ってる。

実際、レベル7の今でもレベル1の時より実感できるほどにMP切れがしにくくなっている。もっとレベルを上げれば更に状況はよくなるだろう。


レベルが色々な生活水準の向上につながっているのはいいな。やる気が出る。


オリヴィエがバケツを持って雑貨屋の待つ寝室へてててと駆け、すぐに戻ってきたと思ったら玄関から出ていき、違うバケツを持って戻ってきた。


「すいませんご主人様、今の時間で掃除をしてしまいたいので、もう一度水を入れていただいてよろしいでしょうか?」


なんでモジモジしながらお願いしているのかわからないが・・・よかろう。

汝に水の祝福を、我に君の可愛さを。


「ありがとうございます」


しかと受け取ったぞ、そのぷりちー。


っと・・・それじゃ暇になった俺はこの間に買ってきた食材と料理道具を使ってなんか作るかなー。

って思ったけど調味料が塩しかないし、小麦粉はギリ見つけたけど食材自体の質がどうにも悪い・・・まぁ現状で日本と同じ味を求めるのは逆に日本の農家と食品業界の努力と研鑽を冒涜している気もする。


あの日々の美味しさを裏で支えている大量の人々のありがたさをあらためて感じるな・・・。


今日は簡単に揚げ物にするか・・・というよりもするしかないか。



俺はメニューを決め、準備に取り掛かる。

桶に水を入れ、道具と炊事場の使いそうな場所を軽く拭いてから鍋に油を入れ、火を・・・ん?


ああ、そうか・・・ここってそりゃガスコンロとかないよね・・・。

薪は炊事場横に前の住人が使っていた残りがあるからいいけど・・・俺に薪の調理が出来るだろうか・・・。


うーん、まぁやってみるしかないか。


ということで挑戦してみたわけだけど、意外になんとかなるもんだな。

やり方があってるかはわからないが、鍋にかける火の調整は細めの枝でわりと簡単に出来た気がする。


ん?なんか玄関の方でウィドーさんの旦那がこっちに手を挙げてみせてるな・・・。なんのこっちゃわからなかったけど、とりあえず挙げ返しておこう。


旦那さんがそのまま玄関から出て行ったのを見送った後、包丁で乾燥した枝の表皮を削ってお手製の菜箸を作り、それで油の温度を計って小麦粉を水で溶いたものに小さな川魚をくぐらせて低温の油に投入、フリット風にした。


この小さな川魚は店の端っこに置いてあってほぼ捨て値で手に入れることが出来た。聞けば普段は全く売れずに捨ててしまうことがほとんどらしい。

もったいないことこの上ない。


あとは魚をゆっくり揚げている間にいつものかったいパンを細かく砕き、パン粉を作っておいて、ニジマスに似た川魚を三枚におろしてから水溶き小麦粉をまとわせてからパン粉をしっかり目に押し付ける。

小麦粉に卵を入れてないからたぶんこうしないと衣がしっかりとつかないと思うんだよね。


揚げ物オンリーだと寂しいから野菜炒めと、硬いパンをふやかす用の干し肉入り野菜スープを用意したら完成だ。


「ちょっと作りすぎたかな?」


魚の状態はいいと言えなかったから全部使ったのはいいとしても、他の物も結構使っちゃったな。



「おーいオリヴィエ、飯を作ったから掃除は一旦その辺にして、食事にしよう」


配膳まで済ませてから手を洗い、その手をタオルで拭いながらオリヴィエを呼びに行く。


「あ、はい!すいません、ご主人様に料理などさせてしまって・・・んあ」


2階の物置部屋で見つけたオリヴィエは、汚れた手で顔を拭った時についたのだろう、頬に煤がついて黒ずんでいたので、ちょうど持っていたタオルでその汚れを拭う。


「あ、ありがとうございます」


モジモジオリヴィエはいつ見ても可愛いのう。


「お熱いところ邪魔するが、ベッドの組み立てが終わったからこれでおいとまさせていただくよ」


「あ、ちょっと作りすぎちゃったからウィドーさん達も一緒にどうだい?」


「お、いいのかい?旦那は店の仕事があるって仕上げをアタイに任せて先に帰っちゃったけど」


料理の途中に玄関のとこでこっちを見て手を挙げていたのは帰るよって合図だったのか。声かけろよ。


オリヴィエの顔も綺麗に拭けたから手を放して炊事場の隣の部屋へ向かう。

拭くのをやめたときに名残惜しそうな目で俺の手を追うのをやめてくれるかな。可愛すぎるやろ。


「なんか凄い豪華じゃないかい?見たこともない料理もあるし」


「美味しそうです!」


「まぁ、引っ越し祝いということで」


作りすぎただけなのにそれを黙って完全に後出しの言い訳をしておく。


「引っ越し祝いは自分に送るものじゃないと思うけど・・・」


そんな的確なツッコミをしてもボケが弱すぎて誰も笑いませんよ。

ということで、ウィドーさんの発言は無視して揚げ物が冷めないうちにさっとと食事をはじめよう。


俺が木の匙で揚げ物を何個かとって自分の受け皿に持っていくと、二人も続いた。

なんでわざわざスプーンの形状をした匙でとっているのかという疑問もあるだろうが、この世界・・・は言い過ぎか?少なくともこの街ではフォークというものを見たことがない。白鯨亭ではスープしか出てこなかったからとも思ったのだが、他の店でもウィドーさんの店にも存在していなかったんだよね。


あ、作った菜箸を使えばよかったか・・・。


俺は洗い場に使った鍋などと一緒に放り込んだ菜箸のことを思いながらも、まずは小魚のフリットを口に運ぶ。


「うん、普通にうまいな」


冷水もなく小麦粉は水溶きだからちょっと風味が心配だったけど、この名前も知らない小魚達は卵を抱えていたらしく、それがいいアクセントとなっていた。

最後に肘に当てながら一振りした塩も効いてるぜ・・・!あれになんの意味があるのか知らんけど。

そんな俺が食べるのをみてから正面に並んで座っている二人もフリットを食べた。


「こ、これは・・・」


「んん・・・!」


あれ、口に合わなかったかな?なんか下を向いて震えてるし・・・。ショックだから出すのだけはやめてね。


「んまああああぁぁい!」


お、おおぅ・・・なんちゃら先生が口から虹を出すようなリアクションと同じことが出来るなんて・・・ウィドーさんも芸達者だな。

オリヴィエなんて普通に・・・あれ、なんかほっぺに手を置いて滅茶苦茶いい笑顔で咀嚼を続けてるわ。


「ちょ、ちょっとなんだいこれは!?」


「え・・・売れ残りの小魚をフリットにしただけだが・・・」


まぁ確かにうまいっちゃうまいが・・・言うほどか?





二人のいいリアクションを見て、俺がここに来てから食べてきた料理を思い出す。


んー・・・なるほどね。

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