第34話 肉

「オリヴィエ!そっちのを頼む!」


目の前のホブゴブリンに魔法を放った後に追撃を加えるため近づいたが、簡素な鎧を装備していた為か、今までの戦ってきた敵と比べてあまり態勢を崩さない。

結果、追撃を加えた時にホブゴブリンが持つ短剣で防がれた・・・と思ったが、その防御が俺の攻撃に対して貧弱すぎてほぼ意味を為さず、防御ははじかれて俺の攻撃はそのまま脳天を切り裂いて胴に届く前にその姿は霧散した。


そして少し離れた場所でオリヴィエが洗練された動きで舞うように戦っていた現場へと援護に向かい、もう1匹のホブゴブリンも倒した。


1層や森にいたゴブリンよりは明らかに強い印象は持ったが、苦戦するほどでないな。



俺達はオリヴィエのオススメでダンジョンの3層へとやってきている。


なんでいきなりダンジョンにいるのかと思うかもしれないが、ここに来たのには語るも涙、聞くも涙の物語があったのだ。


商業ギルドを出た後に早速雑貨屋へ行って、寝具のことを聞いたのだが・・・。




「ああ、それなら今丁度在庫があるよ!・・・まぁ、ちょっと問題ありの物だけど・・・倉庫にあるから一回見てみるかい?」


そう言われて倉庫に連れられてそこで見たのは、簡単にいうならば恋人が愛し合うだけの宿にあるようなバカでかいサイズのベッドだった。


「ある貴族が隠してた愛人用に発注したんだが、受け取る前にその素行が正妻にバレたらしくてねぇ・・・。こっちも相手が相手だから強くも言えないし、完全に不良在庫になっちまってんだよ・・・」


値段を聞くと2万ルクとバカ高かったが、抱えているだけで邪魔だし売れる見込みもないからと、買ってくれるなら半額にまでまけてもらえることになった。


しかし、いかんせん格安とはいえ、家を買ったばかりの俺には手が届かず、その場では断念するしかなかったが、どうしても諦めきれなかった俺達(主に俺)はその足でダンジョンへと向かったのだった。


まぁ要約すると金が足りなかっただけなんだよね・・・。


雑貨屋によってその時気が付いたが、必要なのは家具や寝具だけじゃなく、料理道具や食器なども必要になるため、結局手持ちだけでは心もとない、という言い訳もオリヴィエにして、ここは一度しっかりとした金策をとろうということになったのだ。




ファスト西のダンジョン1層はハウンドのみだったが、2層からは色々な魔物が出現するようになり、数も最大2匹同時に出現するようになった。


そして3層からは2層までの魔物も出るが、一段階強い魔物が出没するようになるという話だったが、今戦ったホブゴブリンがそうらしい。


ちなみに少なくともここまでのフィールドはすべて森だった。

森にあるからかと思ったが、オリヴィエによるとあまり関係ないらしい。

山にあっても草原だったり、海岸にあるのに洞窟だったりするみたいだ。

そもそもダンジョンは層を進めるとフィールドもガラリと変わるらしいから浅層のフィールドが入口の地形依存だったとしてもだよな・・・。


「お、あそこにもあるな」


鑑定を使って見つけたのは、ミツチ草という毒消し薬の材料になる薬草の一種らしい。


オリヴィエが3層をオススメしてくれたのはこれが理由だったようだ。その証拠に彼女の方を見ると、満足したようににっこり笑顔で頷きながらこちらを見ていた。


ダンジョンはどこも1層に決まった1種のモンスターが出て、2層からはいきなりその種類を増やす、2匹同時出現もある。

そして3層からは一段階強さが増し、薬草などの材料になるものの採取も可能になるらしい。


だからダンジョンに潜る場合は基本的に3層以降をアタックできる実力を持った者が訪れる場所とのことだ。オリヴィエ先生がそうおっしゃってました。

あまりにも色んなことを教わりすぎて、最近ではオリヴィエに教わっている時は、彼女の目元に逆三角形にレンズがファンタズムするようになった。


3層では外の森よりも数は少ないものの、ククレ草も採れるのだが、あれは俺による連日の納品ラッシュのせいでしばらく納品できなそうだから、帰り際に家の物置部屋に置いていこう。


採らないという選択肢はない。貧乏性の俺はファストで売値0の狼の毛皮すらまだ持っているからな。

・・・ベッドを買いに雑貨屋へ行ったら俺用のリュックも買うか・・・。さすがに不良在庫まで抱えさせるのは忍びなくなってきた。


「ご主人様!あちらにご・・・魔物の気配がします!!」


ん?なんかオリヴィエの声がいつもより大きい気が・・・。


なんかのトラブルか・・・それとも特殊個体みたいなとんでもない強敵の気配でも察知した・・・?

それにしては声に緊張感を感じない気も・・・。


色々疑問はあったが、俺は難敵の可能性も考慮し、しっかりと迎撃態勢をとる。


すると・・・。



  ぴょこん



という音が聞こえてくるような動きで、額に角を生やした小さな兎が草むらから飛び出してきた。


一角ラビットというらしい。見た目は可愛いらしいな。


「オリヴィエ・・・こいつの肉って美味しいのか?」


「はい!それはもう!私の家では年に一度のご馳走でした」


なるほどね、興奮と緊張のバランスがおかしかったのはこれが原因か・・・。オリヴィエが言いかけたのはいま彼女自身が言った台詞だったのだろうな・・・。


「ファイアーボール!」


なんとも気を削がれた感じはするが、一応相手もモンスターなので、いつも通り標的に向けて魔法を放つ。


「あ、あれ?」


しかし、今まで一度も外したことのなかった魔法が小さく素早い一角ラビットの反復した動きに翻弄されたあげくに地面にぶつかって消滅した。

ターゲットを決めて放つ魔法にはある程度の追尾性があるが、一角ラビットの動きがそれを上回ったようだ・・・。


必中じゃないんだな。そうじゃないかとは思っていたが、初めての事だったので動揺してしまった。


俺が狼狽えていると、オリヴィエが素早く兎の正面に立ち塞がり、その攻撃を無効化していく。

一角ラビットの素早い動きにも対応可能なのか・・・すげぇや。


いつまでも彼女に任せっきりになるわけにもいかないので俺は一角ラビットの横へ陣取り、攻撃の機会を窺うが・・・はえぇなぁこいつ。


「やっ!」


俺の状況を的確に察知したオリヴィエがククリで跳ね回る兎の横っ腹を斬りつけ、その体勢を大きく崩す。


今だっ!


俺が振った剣が一角ラビットを両断し、霧散した。


「一撃か・・・素早い分、耐久力はないみたいだな」


「流石です!」


と言いつつもオリヴィエは霧散した一角ラビットのすぐそばへと瞬間移動のようなスピードで近寄り、キラキラした目で見つめていた。


そして次の瞬間、オリヴィエが差し出した手の中に落ちてきたのは・・・ポーションだった。


「おお、これはレアドロップなんじゃないか?」


「・・・」


どうやらレアかどうかは今のオリヴィエの琴線には触れなかったようだ。


霧散した一角ラビットの体と交代するように出現したポーションが彼女の手に収まるまでの短い間のオリヴィエの表情の変化と言ったら・・・。


今日の夜とかならまだいいが、日がたった後にふと思い出して吹き出してしまいそうだ・・・これはちょっと気を付けたほうがよさそうだな。


手の中のポーションを静かに背負い袋へと納める彼女の後姿はなんともいえない哀愁が漂っている・・・。そこへ



  ぴょこんぴょこん



一角ラビットが2匹現れた!


どうする?






「ご主人様!」


こちらを振り向いたオリヴィエは現れた一角ラビットを指さして、お尻の尻尾をブンブンと振り回す。


オリヴィエの笑顔はやっぱり最高だぜっ!

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