第33話 成約

内見した物件の購入を決めた俺達は、ミーナの後に続いてその手続きを進めるために商業ギルドへと戻ってきた。


「随分はやかったですね。もし購入の目途がたちましたら、是非またお越しください」


こいつは上から目線をとってないと死んでしまうのだろうか。

話も聞かないうちに買わないと決めつけるなんて商人として失格なんじゃねーか?


相変わらずの態度を見せてくる商業ギルド職員のガレルドは、ミーナの所有者でもあることは鑑定が教えてくれた。

こんなやつが主人なんて俺だったらどんだけ絶望するだろうか。


「ガレウス様、このお客様方は西門北の物件をご所望です」


「は?・・・ああ、そうですか」


ガレウスは訝し気な表情で俺のことを値踏みするような視線を這わせてくる。

男に見られる趣味はないからやめてほしいんだけど。後ろからの殺気もどんどん大きくなってくるし・・・。


「それではミーナ。さっさと手続きを済ませてしまいなさい。それ位はいくらお前でも出来るでしょう?」


「わ、わかりました」


いちいち嫌味を言わないと口が腐るのか、こいつは。


「それでは、こちらへお掛け下さい」


ミーナに促されたテーブルの椅子にオリヴィエと横並びで座ると、正面の席にミーナが着いた。

テーブルの上に持ってきたクイルを置き、なにやら記入した紙をその上に置いた。


「今回の契約は売買契約でクイルを介して行います。刻まれる契約内容は物件の成約証明と物件にかかる税の強制徴収契約となります。税は年に1万ルクです。春の一斉徴収日に強制的にギルドカードより引かれます。その際に残高が足りなくて未徴収となった場合は罪人へと落とされる可能性がありますのでご注意ください」


おおぅ・・・全然覚えられん。


たぶんマニュアルみたいなものがあって丸暗記しているのだろう。あのミーナがいきなりすらすらと一気に説明するもんだから、びっくりしたってのもあって後半なんかはほとんど理解することを放棄してしまったよ。


オリヴィエに後で聞いてみて、わからなかったらまた聞きに来るか・・・。

特に最後の方の罪人の部分は重要そうだったし。


「ふぅー・・・そ、それでは契約内容はクイルの上に記入した紙に書いてありますので、了承頂けるのであれば、クイルの上の紙に手をおいてください」


達成感と安心感がないまぜになった溜息を吐いた後、クイルの上に置いた紙の内容を確認するように促してきた。


そこに書かれていたのは案内の時に聞いたままの購入金額とD23という意味不明な番号だけが書かれていた。


「このD23っていうのは?」


「あ、それはご購入いただいく物件の通し番号のようなものです。街の外には住所がありませんので、このような表記となります」


なるほど、んじゃ問題ないかな。確認しようにもあとは金額しか書かれてないし。


俺が紙越しにクイルの上へ手をのせると、淡く光ったクイルの上にいつもの鑑定結果のウィンドウともう一つ、売買が成約しましたという一文の下に契約内容が細かく表記されていたが、内容はさっきミーナが説明してくれたものと見た感じ一緒だったので、早々に興味をなくして目を逸らした。


しかしこのクイルって便利だよなぁ。

鑑定して電子マネーから売買契約と税の徴収まで出来るなんて、マイナンバーカードも真っ青になるくらいの超便利アイテムだ。


「これで成約となりました。サトル様、今回はありがとうございました」


席から立ち上がって深々と頭を下げてくるミーナ。

俺の名前は鑑定を見て確認したのかとおもったが、どうやらクイルの上に乗せた紙に俺の情報がいつの間にか刻印されているようで、それを見ての発言だったようだ。


たぶんあのクイルがちょこっと光ってウィンドウに目がいっている間になんやかんやあったんだろう。

この不思議ボックスのことはもう考えてもわからないからこういうもんだと思おう。


「こちらこそありがとう。色々と世話になった。なにか困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」


思わず口にした発言は特に何も考えずに長く続いた社会人時代を引きずって出た社交辞令ではあったが、彼女がほんとに困って頼ってきたら出来るだけのことはしてあげるくらいの気持ちはある。


出来ないことはしないけどね。


そして笑顔と一緒に物件の鍵を出して渡してきたミーナの表情は、どこか寂しそうにも見えた。そうであってほしいという俺の願望がそう見せているだけかもだがね。



そのまま商業ギルドを出た俺達は、とりあえずバックに入れたままになっているドロップアイテムを冒険者ギルドへ納めにいくことにした。


「こんにちは、今日はどうされましたか?」


いつもは腰にいっぱい草をつけてくる俺が、ほとんど手ぶらできたもんだからいつもは聞いてこない質問をしてきた。


ククレ草はしばらく持ってこないって昨日いったでしょっ!



  名前

   マリア


  性別

   女


  年齢

   19


  種族

   人族


  職業

   村人 Lv12



マリアっていう名前にふさわしい慈愛に満ちた笑顔で毎回迎えてくれる受付嬢さんをやっと鑑定することが出来た。

この笑顔のせいで調べ忘れていたなんてことはオリヴィエには内緒だぞっ。


ハウンドのアイテムは合わせて1000ルクに届かない位だったが、肉が400ルクだったため、1個で総額の半分近くを占めていた。さすがレアドロップだね。


聞くと、ダンジョンの魔物が落とす食料アイテムは普通のものより腐りにくくて美味しいため、価値が高くなる傾向にあるらしい。それでも狼の肉の価値は他の魔物の肉と比べたらかなり低いとのこと。


肉の大きさは大体丁度1人前。重さにしたら2~300グラムくらいかな?

ステーキにするなら一人分だが、他の食材と一緒に調理したりすれば普通に2~3人前はとれると思う。


それと、一応聞いてみた毛皮の納品はやはり断られてしまった。


「そういえば、この街に家具屋ってある?」


「家具をお求めでしたら、雑貨屋のウィドーさんのところですね。大きいものは注文してからの受注生産になると思いますが、大抵のものは揃うと思いますよ」


ギルドのことじゃなくてもマリアちゃんはいつも丁寧に答えてくれる。商業ギルドのあいつにカットした枝毛と爪と体の必要のない部分を満遍なく混ぜ合わせてそのまま飲ませてやった方がいいと思う。


「わかった。ありがとう」


実は家具はあの家にほぼほぼ揃ってはいた。


前の持ち主が持って行かずに、家具ごと売却したということだったのだが、家具を売っても査定額の上乗せがほぼなく、それならと持っていこうとしたらしいのだが、運搬費の見積もりを見て置いていくことにしたらしい。


内見の時に少し気合を入れて掃除すればそのまま住めるなーと思っていたが、二階の寝室にあったベッドを見た瞬間にそれは撤回された。


木製の家具と違って傷みやすい布地にボロが出ていたぐらいだったらまだよかったのだが、どこからか入り込んだであろう獣の忘れ物がそのど真ん中に鎮座していたので、寝具は丸ごと交換することにオリヴィエと二人、その場で即決したのだ。


「有り金で足りないかもしれないけど、とりあえず一回雑貨屋へ行ってみようか」


「そうですね。受注生産となればいくらかの前金で受け付けてくれるかもしれません」


支払いの一部を後回しにするのもありってことか・・・。


「なるべくはやく引っ越ししたい。先に注文して届くのがはやくなるのであればそれに越したことはないな」


折角買った物件だ。なるべくはやく住みたい。




なるはやの引っ越しに向けて、雑貨屋へと向かうことにする。

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