第32話 内見

「こちらが今日案内させていただく最後の物件となります」


やっと緊張が解けてきたのか、ここに至るまでほぼずっとオロオロしていた挙動もすっかりなくなったミーナは、今はいい笑顔を見せている。


広げた手の先にある目的の物件は、あの馬小屋とは打って変わってちゃんとした家に見える。


二階建ての外壁はその一部が剥がれたりはしているけど、それは表面だけで少なくとも外から中の様子が見えたりはしていない。

・・・なんかあの馬小屋のせいで逆に評価が上がりやすくなってしまっている気もする・・・。

もしやこれも商業ギルドの策略か?・・・いや、ないか。あわよくば売ろうとしてたしな。


「へぇーここは結構いい感じなんじゃないか?」


「そうですね。柵を作る場所の確保も容易に出来そうですし、森からも適度に距離はあるので襲撃の察知も問題なさそうです」


うん、とりあえず今の評価点の中に家自体が入ってなかった気がするんだけど・・・まぁ彼女の優先度がそっちだったってだけか。

家の裏手は30m程の距離を空けて森になっており、周辺には何もないため2階の窓からの見晴らしも良さそうだ。



「中も見ることは出来るんだよな?」


「はい。もちろんです。鍵も持ってきてますので」


さっきまであんなにおどおどしてたのに、案内という仕事の達成感がそうさせるのか、凄い自信満々で控えめな胸を張って鍵を見せつけてきた。


「お、おう。それじゃ中を見せてもらおうか。・・・オリヴィエー!中を見せてもらうぞー」


いつの間にか家の裏手に行って何かを入念にチェックしていたオリヴィエを呼んで一緒に家へと入る。



玄関が引き戸ではないことに違和感を持つのは日本人だけなんだなぁと改めて思った後に感じたのは、思ったよりも全然・・・というか、俺が日本に住んでた物件の何倍も広いしおしゃれだな・・・まぁ比較対象が酷すぎるから比べるのは違うかもしれないが・・・。


入口を入ってすぐの右手に2階への階段があり、階段右手側の空間が吹き抜けになっていることも手伝って玄関からの風景はとても広く感じる。


正面側・・・階段の左は通路になっていて、その先に見える部屋の奥側には炊事場のようなものが見えている。


「えっと・・・ちなみにこの物件っていくらなのか先に聞いてもいいか?」


入ってすぐに俺の頭の中に「でもお高いんでしょう?」という中年女性の声が響いてきたので、この先に進んでも時間の無駄になるんじゃないかと思い、先に値段を聞いてみることにした。


「あ、はい。少々お待ちください・・・」


俺の質問のタイミングに不意を突かれた様子だったミーナは手元の資料の確認作業を慌ててはじめたが、割とすぐに答えは見つかったようだった。


「ここの売却額は3万ルクのようですね。その他に譲渡手数料の5千ルクを合わせて3万5千ルクになります。あ、あと・・・申し訳ないですが、補修費など購入後の保証等はないようです」


え・・・安くない?


一軒家が3万5千ルク・・・日本円換算で35万ってこと?

補修費なしって言っても別に住めない程じゃないし、俺の換算予想が間違ってたってことかな・・・?


俺が不思議がって意見を求めるようにオリヴィエの方を向くと


「街の外にある家としては適正価格なのではないかと。家は持っているだけで管理費と税がかかるので、人気でない外の物件は格安になる傾向にあります。ここは管理にお金をかけている様子はありませんが、それでも税は黙っていてもとられるので、ギルドとしてはなるべくはやく売却しないと赤字が出てしまいます」


的確に俺の意図を汲み取ってくれたオリヴィエが何も言ってないのに疑問のすべてに答えを出してくれる。

あいかわらず優秀だなぁ、この娘に弱点なんてな・・・あー、まぁ一つや二つあった方が可愛くていいよね。


脳裏に浮かんだ色彩バグをもう一人の小さな俺がすぐに一生懸命拭きとっていった。


「だから高い値段に設定することが出来ないのか・・・なるほどなぁ。・・・あ、それじゃ中の方も見させてもらっていいか?」


俺とオリヴィエのひそひそ話をバレない様にチラチラとこちらを窺っていたバレバレのミーナに話しかけて案内を続けてもらう。


ミーナはまず炊事場を案内してくれた後、その部屋の右手から続いていた廊下に入ってすぐ左のトイレ、大きめの二部屋を順に紹介してくれた後、二階に上がって三部屋と物置部屋を一つの案内をして、この物件の内見を終えた。


「それじゃ、購入で」


「じぇっ?」


案内を終えて玄関を出た瞬間にいきなり答えを出す俺に一文字を噛むという離れ業を繰り出すミーナ。


「あ、あの・・・購入って・・・ほんとに?」


あまりの驚きに敬語すら忘れて俺に問いかけるミーナが首を傾げる姿はとても愛らしいな。動物的な可愛さが凄い。


「ああ。特に問題点もないように思えるし、値段も予算内だ」


それにここは、なんといってもダンジョンが近いんだよね。


ここに来るまでに通った小道は今朝俺達がダンジョンへ向かうのに使った道だし、その道から森沿いに逸れてしばらく歩いたものの、ファストから来るよりもだいぶ近い。


それに、ここに至るまでに通った道は、ファストから来る道としてはどうも遠回りに感じた。


おそらくギルド側が用意した道順は、迷うことのないように物件までの道程のわかりやすさを重視していて、最短経路ではないのだろう。


俺の予想では、ここから南へまっすぐ進めばファストの西門かその周辺にたどり着くのではないかと思ってるんだよね。ここまでの行程的に。


だからここは魔物の襲撃さえなんとか出来れば、ダンジョンアタックをするものには物凄く好立地に存在することになるのだ。


そして俺達にはそれをなんとか出来る自信がある。

オリヴィエの方を向いても静かに頷いてくれたから彼女の意見も同じなのだろう。


「りょ、りょ了解しました。それではてつじゅきを進めますので、い、一度商業ギルドへもどりまぴょふ」


案内までで終わったと思っていた仕事がまたすぐに発生してしまって緊張を取り戻した彼女は、再び神噛みRUSHに突入してしまった。


随分と好継続率だなぁ、この娘は。人気が出そうである。



「いやー、いい物件だったなぁ」


「はい。あそこならばダンジョンで獲得したものの一時保管にも便利ですし、裏の森で採取や狩りも出来ると思います。楽しみですねっ!」


戦闘民族の血がうずいちゃってるのかしらないけど、あまり危ないことはしないでね。わざと瀕死になってパワーアップを図ろうとしたら怒るぞ。


「ギルドに戻ったら家具を揃えたいが・・・購入費を支払ったら残りが・・・銀貨5枚程度しか残らないと思うけど・・・大丈夫かな?」


「銀貨5枚では足りないと思いますが、とりあえず今朝分のアイテムをギルドで売却すれば宿の費用としては十分だと思います」


「それじゃ、家具を揃えるまでは宿暮らしのままでいくか」


あの家の購入はまったく後悔していないけど、もっと予算と今後の計画もちゃんと考えないといけないかな・・・。


でも実はそんなに心配はしていなかったりもするんだよね。

オリヴィエも止めてこないし。


もしこの話を他の人に相談したら、出会って日の浅いオリヴィエを信用しすぎだと思う輩も出てくるかもしれないが、俺の魂がオリヴィエの信頼度を算出した結果、虹色に輝いていたのだから疑う余地はない。濃厚です。


「いえ、ご主人様ならば一日ダンジョンに集中して潜っていただければ、十分に家具代を捻出することが出来ると思います」


例の両手握り拳胸前フンスのポーズで自信満々にヨイショしてくるオリヴィエ。





そんなに稼げちゃうの?ダンジョンって・・・。

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