第31話 案内
「お待たせしました。ご希望の壁外の一軒家は三軒見つかりました」
相変わらずの不遜な態度のまま戻ってきた商業ギルド職員の男は持ってきた書類に目を落としたままこちらに目もくれず淡々と話す。
「一軒目の売却可能物件は東門を・・・」
詳しく説明してくれたことを要約するとつまりこういうことのようだ。
一つ目が東門を出て南の壁沿いを進んだ場所にある物件。
3年程前に畑のそばで暮らしたいと望んだ農家が建てた平屋で、一週間もしないうちに魔物の襲撃を受けて死亡した物件。
二つ目は西門を出て割とすぐの場所にある前の住民がすでに引っ越し済みの格安物件。
三つ目は西門から出て北へと進んだ森のそばでその素材を常時欲していた薬師の老人とその家族が住んでいたが、老人が亡くなって森のそばで暮らす必要性がなくなり、売りに出された物件。
「・・・こちらの三軒になります」
西の二軒はまだしも、東の事故物件はやだなぁ・・・この世界だと幽霊なんかもゴーストとしてほんとに出てきそうだし・・・。
「とりあえず西門の二軒を見て決めてもいいか?」
俺の言葉を聞いた職員は不満を隠そうともせずに溜息を吐き。
「ふぅ、わかりました。案内の者を用意しますので、お待ちください」
口調だけが丁寧な男は冒険者ギルドのお姉さんのように一礼することなどはなく、上向いた顎と見下し気味の目もそのままに裏へと戻っていった。
「ご主人様・・・私が我慢できなくなったらこの身柄は罪人へ落していただいても構いませんので・・・」
振り返ると、今にも腰のククリを手に飛び出して行きそうなオリヴィエが居た。
「ま、待て待て。オリヴィエが居なくなったら俺が困るぞ。お前のことを失うつもりはないからな!」
慌てた俺は正直な想いを出してオリヴィエを止めようとしたが、その効果はとても抜群だったようで、彼女は赤面してククリから手を離してモジモジしだした。
オリヴィエが慕ってくれるのは嬉しいけど、なんかちょっと度が過ぎている節があるような気がする・・・ただ奴隷が主人に服従しているっていうのともなんか違う気もするし・・・他に原因があるのかな?
しばらく待っていると、男が入って行った扉から、慌てた様子で一人の小柄な女性が飛び出してきた。
「はぁ・・・はぁ・・・す、すすすいません。お待たせいたしまちた」
相当急いで来たのだろう。息を荒げた上に語尾を盛大に噛んだ彼女はそれを少し恥ずかしがっていたが、すぐに気を取り直して自身の台詞を続けた。
「あ、案内を任されましたミーナです。よろしくお願いします」
両手を前で組み、勢いよく九十度お辞儀をするもんだから黒い両側を三つ編みにした胸の辺りまである髪が暴れている。
名前
ミーナ(奴隷)
性別
女
年齢
16
種族
人族
職業
村人 Lv10
所有者
ガレウス
「あれ」
すっかり癖になっていた鑑定の結果に奴隷の文字があって驚きがつい声に出てしまった。
他の情報はせっかく鑑定してるのにやりすぎて見ていない時もあったが、名前くらいはちらみするので、そこに奴隷の情報があって反応してしまったのだ。
しかも所有者ってさっきの態度の悪い男じゃないか・・・。かわいそうに。
さっきの男の鑑定結果なんて名前くらいしか覚えてないから所有奴隷のとこまでみてなかったぜ。鑑定を癖づけして表示するまではいいけど、大体最後まで見ないんだよな・・・。
あ、そういや俺冒険者ギルドのお姉さんのことだけ鑑定してなかったな。毎回可愛いさに押されて使うの忘れてた。今度しとこ。
「そ、それではご案内いたしますのでついてきてくだたい」
かなりテンパっていたミーナは俺があげた声も聞こえていなかったらしく、自分の与えられた仕事を進めることに必死だ。また噛んでるし。
俺達はぴょこぴょこ歩く彼女の後ろに続き、商業ギルドを後にした。
前を歩くミーナを見てオリヴィエもクックッと声を殺して笑っている。あんなに溜まっていた怒気も彼女によってすっかり霧散されたらしい。
ありがとう。おさげの少女よ。
「こ、こちらが西門すぐの物件になります」
「え・・・これ?」
物件というよりどうみても馬小屋じゃない?これ。
外壁は木造のうっすい板を並べただけで断熱効果はせいぜい風よけにしかならなそう・・・いや、あのボロさだとそれも怪しいぞ・・・。
ここにオリヴィエと二人で暮らすことを想像したら、昔のコント王が病弱な爺さんとそれを支える健気な娘みたいな構図しか出てこんぞ。
「ちなみにここはいくらなんだ?」
どんなに安くてもここを選ぶ可能性など0に等しかったが、逆にこれがいくらなのかという好奇心で聞いてみる。
「え、えーっと・・・」
持参した数枚の書類を一生懸命に睨みつけ、答えを探っている。
「ここは・・・あ、これですね。えーっと、少しでも興味がある様子ならいくらでも売ってよし。それがダメなら無料提供も提案して・・・あ」
うん。それ声に出して読んじゃダメなやーつだよね。まぁどうせ買わないんだけども。
「あ、うん。まぁここはどうせ一目見て買わないことを決めていたから大丈夫だよ」
「あう、うぅ・・・すいません」
ただでさえ小柄な体をさらに縮こませて頭を下げるミーナ。
後ろでは口元を握り拳で抑えたオリヴィエが揺れていた。
「とりあえず次に行こうか。ここは中を見るまでもないというか外から見えるというか・・・。まぁ、行こう」
この物件を断る理由がありすぎてもはや指摘する必要もなかったのだからしょうがない。切り替えは大事だ。
というか、あの職員のやつ、こんなのを候補に入れやがって・・・。俺がこの物件を選ぶ可能性があると思ったってことだよな。そう考えるとなんかムカついてきたわ・・・。
俺達は可能性の獣すらそっぽむいて逃げ出すような物件をそうそうに見限り、さっさと次の物件へと向かった。
そしてミーナの後に続いて歩き、次の物件へ向かう道筋を進んでいるうちに気が付いたことがある。
「ご主人様、ここは・・・」
「だよな」
オリヴィエも同じことを考えていたようだ。
この道は今朝通ったばかりの道、そう・・・ダンジョンへと続くあの道だ。
ファストから続くメインの街道を右に折れる小さな小道はこのまま進めば今日の朝に入ったばかりのダンジョンに続いているはずだ。
でもこの道沿いに家なんてあったかな?
と、疑問に思っていたら森に入る手前で
「・・・えーっと、こっちですね」
森沿いに右手へと進み、しばらく歩くと遠くに一軒家が見えてきた。
「お、あれかな?」
手元の書類を何度も見ながら一生懸命案内していたミーナも、俺の一言でそれを発見し、ホッと一息ついて、よかったと小さな声で呟いてから
「あれで間違いないです」
と、余程安心したのか、今までの緊張が一瞬解け、こちらに初めて笑顔を見せてきた。
・・・おお、可愛いな。
今まで緊張していた顔しか見れなかったので、ギャップが凄い。
「ご主人様?」
ミーナに見とれていた俺はオリヴィエに声をかけられて体がビクッと反応してしまう。
別になんのやましい感情もないはずなのに・・・まぁ少しはやましかったかもしれないけど、これは男なら避けられない運命なのだと人類の半分はわかってくれるはず。
もう半分もどうかわかってくれ。
「よし、行こうか」
止まっていた歩みを再開して目的の物件へと向かう。
可愛い子に挟まれて歩いているのに、なんか護送された犯人の気分になっているのは俺の薄い女性経験が生み出している幻想だと信じたい。
いや、実際たぶんそうなんじゃないかと思ってはいるんだ・・・。いるんだけど・・・ね。
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