第28話 安全の価値

調味料は詳しい事情を知らない俺でもかなりしょうがない部分があるなとは思っている。


この世界の輸送力は貧弱であり、その達成自体が困難だ。


もしストレージなどのスキルや収納魔法、もしくは移動魔法的なものが一般的であれば状況は全く違っただろう。

前者があれば、輸送力が貧弱でも量でカバーできるし、量が運べれば儲けも確保できるので、より安全性に金をかけることが出来る。後者は量が運べなくても輸送に時間が必要ないので輸送回数でカバーできるだろう。


だが、そのどちらもないらしいので細い輸送力にさけるリソースはおのずと必需品に限られてしまう。その代表格は・・・塩だろうな。


塩がないと人はまともに生きていけないって聞いたことがある。

細い輸送力のそのほとんどを塩にさかないと住人全体にいきわたらないとなったら、他のものを運ぶ余裕はなくなってしまうだろう。


少量しか運べないとなったら値段はあがる。値段があがったら庶民が手にするのは難しくなるというわけだ。


現代では生活必需品は安価で十分な量が手に入る。

それは、様々な技術の進歩の影響もあるだろうが、一番はやはり物流の効率化だろう。


いくら生産力をあげても、その作ったものを届けることが出来なければ、各地での価値が変動するだけで安定供給とはならない。


しかし、しかしだ・・・。

これらをふまえても、もうちょっとどうにかならないものだろうか。


なんであの薄味でずっと我慢が出来るのか・・・ある種の諦めと余裕のない生活が味に対する向上心を奪ってしまっているのだろうか・・・?


日本であれば昔の馬車で運んでいたような時代でももっと・・・いや、こっちとあっちの世界ではモンスターの有無があるか・・・。


あんなのがうじゃうじゃ外にいるような世界でたいした輸送力も速度もないとなったら・・・。


「ご主人様・・・?」


宿についてからというもの、全く喋らずに食事事情について考えていたらそれを見ていたオリヴィエが心配して声をかけてきた。


「あ、いやすまん。なんでもない」


「そうですか・・・?何かあったら遠慮せずに何でも聞いて下さいね」


ふむ、この辺でこの世界の色んなことをオリヴィエに聞いておくのもいいかもな。わからないままだと困ること多そうだし。


「ちょっと聞いてもいいか?」


「はい!私でわかることならばお答えします」


妙に嬉しそうにするなぁ。


「このせ・・・この街で調味料を買おうとしたらやっぱり高いよな?」


いかん、長いこと一人で考え事してると不意に変なことを口にしてしまいそうになるな。


「そうですね・・・店で確認してみないと正確な値段は分からないですが・・・塩以外の在庫は、あっても高価になると思いますが、おそらく売ってないと思います。入手できたら高値で売れる領主や貴族の元へ売ると思いますので」


余程の量が確保できない限り、普通の店に降りてくることはないってことか・・・。


「なるほど。領主ってこの街にいるのか?」


「いえ、このグラウ大平原付近を治める領主様はグラウデンの街に居ります。このファストは領地の端に位置しますので、男爵様が代官を務めているはずです」


「ふむふむ」


わかったふりして頷いているけど、なんか色んな単語が出てきて覚えられるかわからないな。まぁ忘れたらまた聞けばいいか。

興味のないことってどうも記憶に残りにくいよね。


ここが領地の端なら余計に美味しい食べ物は望み薄かぁ・・・。

であればしょうがない。


「オリヴィエ。この辺で部屋を借りるってなったらいくらくらいかかると思う?」


出される食事がまずいならば自分で作るしかないだろう。


だったら炊事場が必要だ。

宿で借りることも頼めば可能かもしれないが、宿で出している食事を購入せずに毎回借りていたらいい顔もしないだろう。


正直俺は、調味料が満足に手に入らなかったとしてもここの食事より美味しいものを作れる自信がある。


たぶんこの世界・・・少なくともこの街の住人は食を追求する余裕が持てない生活を送っているのだと思う。

じゃなきゃあんな味気ないものが出てくるはずがない。


だが俺には食にうるさいと言われ続けた国の蓄積された知識がある。・・・あると宣言するほど持ち合わせてはいないと思うが、自炊歴の長い俺は少ない材料と予算で美味しいものを作り出す料理サイトやアプリを愛用していた。

ちょっとしたものをアレンジして作る自信はあるつもりだぞ。


「そうですね・・・。この街にご主人様に見合う借間があるとは思えませんが・・・一度商業ギルドに行って聞いてみると詳しい話が聞けるかと思います」


俺は10年以上4畳一間で住んでたから見合う物件なんて小石を投げたら当たるくらい見つかると思うけどねっ!


今は一人じゃないからそうもいかないか。

オリヴィエにはちゃんとしたとこに住んでもらいたいしな。


それに「あの」魅力的な声を他のやつに聞かせるのもなんか嫌だし・・・。


「商業ギルドね」


「私としては借間を借りるのではなく、ご主人様ならば壁の外の郊外に家があればそこを購入してしまえばいいのではないかと」


「え・・・家を買うほどの金はないと思うぞ」


いくらククレ草を人より効率よく大量に納品したといっても今の手持ちは4万ルクちょっと・・・日本円にしたら40万円ほどしかない。


そんな今月はちょっと頑張ったなぁー程度の金じゃ家なんて買えるわけない・・・だからボロくて狭かったとしてもいいから借間についてオリヴィエに聞いたんだし・・・。


「いえ、街の中で部屋を借りる方が壁の外にある一軒家を購入する方がはるかに安上がりになると思いますよ」


「一軒家より借間の方が高いのか・・・?」


「はい。壁の中なら安全ですからね」


あーなるほど、そういうことか。

この世界での安全はそれだけで価値をもつってことなのね。


魔物が出る壁の外の広い家より壁の中で安全な狭い部屋ってことか・・・。

たしかに侵入を許せばそれがそのまま死を意味するような物件に住みたいと思うやつはいないだろうな。


家ってのは管理しなければすぐダメになるっていうからそんな物件を持っていても管理費だけかかってしまう不良物件になるってことなのだろう。


「ですが、ご主人様の強さならばこの街近郊の魔物などものの数ではないですし、簡単な柵などを用意していただければ魔物の接近は私が知らせてみせます!」


なんでそんなとこを薦めるのだろうとか考えていた矢先にオリヴィエが答えを出してくれた。


確かにこの辺のモンスターがゴブリンとフォレストハウンド程度であれば問題ない。

問題があるとすれば不意を突かれて襲撃されるか、最悪は寝込みを襲われることなのだろうが、そこでオリヴィエの出番というわけか。


狐人族である彼女は大きな耳を持っていて、その見た目通りに凄く優れた聴覚を持っているのは先の戦いでも証明されている。


目の前に現れるまで俺も相手も気が付かなかったような音を離れた場所にいた彼女の方が先に気が付き、警告してくれたくらいだ。

寝静まった静寂の中を異物が侵入しようとする音など彼女からしたら暴走族が家の前を通るくらいの騒音になるのかもしれない。

まぁ実際それらが彼女の耳にどう聞こえるのかは知らんけどね。


「・・・オリヴィエは頼りになるなぁ」


自信たっぷりに俺に伝えてきた彼女の愛らしい顔をしばらく堪能した後に正直な感想を呟くと、それを聞いたオリヴィエはわかりやすく赤面して照れた。


オリヴィエはほんとに可愛いなぁ!!


思わず大声で飛び出そうになったお気持ち表明をなんとかグッと

こらえ、心の中に留める。





しかし、その留めた気持ちの大きさがあまりに膨大だったため、それを彼女にぶつけざるをえなくなってしまったのだった。


俺は悪くない。オリヴィエが可愛すぎるのがいけないんだ!!

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