第27話 食事

正直、死ぬのはゴメンだ。


死なれるのも断る。


だが、だからといってこの世界を嫌いになる材料としては弱すぎる。

正確にいえば、俺のもらったアドバンテージに対してはちっぽけすぎる理由ということかな。


もしこの世界になんの特典もなしに連れてこられたなら、女神様だか神様だかわからないが、そいつを恨み続けただろう。


だけど俺はボーナススキルを貰った状態でやってきた。


ボーナススキルはどれもこの世界を知れば知るほどその価値があがっていく。


最初は微妙かと思ったものも、使ってみると実際は反則級・・・チートと呼んで差し支えないものであろう。


しかもそれに加えて俺にはオリヴィエまでいるのだ。


これで文句を言おうものなら突然夢オチ扱いされて現実世界に舞い戻ってもしょうがない。


・・・やめてくださいおねがいしますいまのはじょうだんですごめんなさい。



天上の存在に確信を持っているわけでもない俺だが、もしもそれが存在した時に居ない「だろう信仰」で日本に戻されたらたまったものではない。


ここは居る「かもしれない信仰」で懸念を払っておくことの方が精神衛生上もいいだろう。


俺はここに居たい。戻りたいなどど微塵も思わないね!



「ご主人様、どうぞ」


俺が頭の中でこの世界にしがみついていた間に、オリヴィエが報酬の確認を終え、渡してきた。


さっきあれだけ報酬が安いと考えていたが、今日の俺の稼ぎは38200ルク。俺的換算すれば日本円にして日給38万2000円だ。

オリヴィエと半分にしても19万ちょい。


1日で俺が会社員時代の月給の半分程を稼いだことになる。


実際はオリヴィエは俺のものでオリヴィエのものも俺のものなので半分にもならない。うまい。うますぎる。


まぁこれも俺のボーナススキルがなければ到底無理なものだけどな。

ククレ草は俺の鑑定がなければ簡単には見つからないし、ゴブリンも低レベルが基本のこの世界の者達には1匹でも十分な脅威だろう。



お金もかなり稼げたしこのまま白鯨亭に戻ってもいいが、そろそろあそこのうっすいスープにも飽きたな。


「宿に戻る前にどこかで食事をとろうか」


俺は白鯨亭に戻る前に寄り道して美味しいものを探しに行くことに決めた。


「?・・・わかりました」


オリヴィエが不可解な表情をみせつつも了解した。


彼女は白鯨亭の食事に満足しているみたいだから理解できないかもしれないが、俺はもっと美味しいものが食べたい。


精進料理みたいな薄味は現代人には厳しいのだよ。



「お、あそこのやつ、美味しそうじゃないか」


ギルドから白鯨亭に向かういつもの道は通らずに、来たことないルートを歩いていると、道の端に屋台のような出店がいくつか並んでいた。


歩み寄ってみると肉を串に刺して焼いている串焼きスタイルの店のようだ。

1本80ルクと量の割に白鯨亭の1食よりも高い値段だが、野菜スープとパンのセットと比べたら妥当な気もする。


細い長い数本ある鉄の棒に乗せられ、油が滴って火に落ちる音が食欲をそそる。

思えばこちらにきてまだ肉自体を口にしていない・・・。見ているだけで生唾が湧き出し無意識に嚥下する。


「2本くれるか?」


「あいよっ!160ルクだ。・・・ありがとな!」


陽気なおっちゃんは受け取った銅貨をいったん屋台の端にあった木製の小さな受け皿に乗せ、一つ一つ指で数えてから確認し終えると串焼き肉をなんだか嬉しそうに渡してきた。


「ほい、オリヴィエの分」


「よろしいのですか?」


いや、この状況で一人で食べるわけないでしょ。

この世界の奴隷の扱いって優しいのか酷いのかよくわからないところあるよね。


俺が差し出した串を戸惑いながらも受け取ったオリヴィエは俺がそれを口に運ぶのを見てからかぶりついた。


「!うま・・・・・・い?」


一口目・・・いや、口に運んだ瞬間「だけ」は凄く美味しかった。


過去形を使っている時点で察してほしい。


この肉がなんの肉なのかわからないが、いい言い方をすれば凄く野性味に溢れている。が、正直な感想はめっちゃ獣臭い、だ。


日本で田舎に行った時に食べたジビエ料理は野性味が少し感じられるくらいで普通に美味しかったのだが、あれは下処理と料理する人の努力と先人の知恵が作り出した傑作なのだと、今猛烈に実感している。


しかもあの滴っていた油は焼いている時はあんなに食欲を誘うスパイスになっていたのに、今はただ俺の口に運ぶのを阻止するストッパーにしかなっていない・・・。


俺はその原因を確かめようと、今は少し離れた所にある屋台でおっさんが焼いているところを観察してみた。


「なるほど・・・あれか」


この味を作り出している元凶はすぐにわかった。


おっさんは串に刺した肉を横に置いてある壺の中の液体につけてから焼いている。


あれはタレとかソースとかそういった類のものではない。やや黄ばみがかった透明なあれは・・・油だ。


おっさんは串を焼く前、そして焼いている途中にも度々その油に肉をくぐらせていた。


「うっ・・・見てるだけで胃がもたれそう・・・」


肉体が若返っている今の俺は、こんなものを食べても全然平気だったのだが、ちょっと前まで安い店の揚げ物ですぐ胃もたれしていたおっさんには目に毒な光景だ。


体は大丈夫でも記憶にこびりついた経験が目の前の肉に警報を出し続けてくるのだ。これ以上食べると翌日後悔するぞ・・・と。


「美味しいですね。ご主人様」


すっかり手が止まってしまった俺とは対照的に、どんどん食べ進めるオリヴィエは、肉を頬張りながらお世辞とは思えない笑顔を見せてくる。


若いね、君。同い年らしいけど・・・。


結局、もう一口だけチャレンジしてすぐに降参した俺は、敗戦処理を彼女に託した。


本当にいいのかと愚問を投げかけている彼女に引き攣った笑顔で頷いてやると、嬉しそうに串を受け取っていた。


なんか申し訳ない気持ちになったが、オリヴィエは喜んでいるのだからまぁいっか。



そしてその後、色々とファストの街中を回り、立ち寄った店で食事をとってわかったことがある。


白鯨亭のご飯って、美味しかったんだね。ごめんよ、女将。


昨日までの厳しくなっていた判定もおかげで元に戻り、彼女は見事、俺のストライクゾーンに戻ってきた。


どうやらこの世界・・・というにはまだ尚早か、少なくともこの街では外食という文化はなく、基本的に食事は自分の家で作るか宿でとるかの2択らしい。


俺達がやっと見つけて立ち寄った食事がとれる店も、レストランというよりも酒がメインの酒場のような場所だった。

日本でいう居酒屋が一番近いと思うが、日本の居酒屋は料理も凄く美味しいから比較の対象にすらならない。

むしろBARの方が近いと思ったが、俺はそんなところ行ったこともないからどんなものなのかそもそもわからん。


オリヴィエいわく、さっきの串焼き屋台はむしろ珍しい類の店だったようで、屋台では食材や雑貨などを店舗を持っていない者がギルドから屋台をレンタルして売買するのが普通らしい。


値段も一食に満たない量のものとしては高額なようで、あれではそう売れないだろうというのが雑感なようだ。

それでもあの価格なのはおそらく採算が取れるかどうかのギリギリのラインなのだろう。


だからあのおっさん、俺が買った時あんなに嬉しそうだったのか・・・。なんかごめんな。でももう買わないからもう一回謝っとくよ。ごめん。


あの肉も調味料で臭いを和らげて、油じゃなくてソースをつければかなりの味になるはずだ。


だが、この世界で濃い味に出会ったことはまだない。

問題は調味料とその値段だな。


オリヴィエに聞いたその額はこの世界に来てすぐの俺でも高すぎると思うようなものだったしな・・・。






俺は宿に戻り思った。


このままじゃいかん。

42年間、決して贅沢な生活を続けてきたわけでもない俺だが、それでもたった4日でもう我慢が効かなくなってきている・・・。


食事をなんとかせねば・・・。なんとか・・・。

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