第17話 回復魔法
「うっ・・・」
馬車の中は酷い有様だった。
入口の幌を手でどけ、中を覗くとあちこちに血が飛び散っている。
一番近くに居た男性は目を見開いたまま動かない・・・すでに息を引き取ってしまっているようだ。
奥側には4人が一か所にまとまって倒れている。どれも手遅れなことは一目でわかるほど酷い状態だ・・・。
想像でしかないが、フォレストハウンドが襲ってきたときに逃れようとしてみんな奥へと下がったのだろう。
だがこの馬車は普通の荷馬車とは違い、幌がついているため奥へ逃げても外へと出ることが出来なかったのだろう。
普段は雨風を防いでくれ快適性を高めてくれるものも、こうした襲撃においては脱出の障害でしかなかったようだ。
フォレストハウンドが幌の中に入ったのは確認している。
中に居た時間はそう長くはなかったとは思うが、こいつらの攻撃を受けた俺自身がよくわかる。なんの戦闘力も持っていないものがあいつに襲われたらどうなるかを・・・。
2匹にたった一噛みされた俺の腕は無残な状態になっていた。回復魔法が無かったらこの腕は今も動いてはいないだろう。
フォレストハウンドがここに居たのは時間的にはそう長くはなかったが、この人数を行動不能にする時間としては十分だったのだろう。
その証拠が今のこの状況だ。
狩りをする側の効率的な行動とはこういうものなのだろう。全員がほぼ急所にあたりそうな部分をやられてしまっている。
全員が四肢の損傷はないのに、腹や首をやられてしまっているのだ。
「遅かったか・・・」
俺が聞いた呻き声は男性のものだった。
そしてここにいる唯一の男性は入口で事切れている。つまりはそういうことだろう・・・。
あの呻きを最後にその命を散らしてしまったのだと思う。
俺が状況に絶望を感じ、諦めはじめたとき
「カハッ・・・カハッ・・・」
か細く小さな咳き込みではあったがたしかに聞こえた。
だがあの状態で生きているはずは・・・。
「・・・!」
いや違う!・・・そうだ!
ゲームの時は男のキャラが1人と女が5人居た。
つまり「ここ」でもそれは同じはず!
俺は急いで奥へと向かい、もう動かなくなってしまった女性達のもとへ向かうと・・・。
「いた!」
折り重なるようにして一か所に固まっていた女性達に埋もれるようにして、入口からは確認できない位置にいたもう一人の女の子を発見した。
ただし他の子と同じくかなり深い傷を負っている。
噛みつかれた腹部はかなり深く牙の跡がついているし、その一部は食いちぎられてしまっているようだ。
口の周りも血だらけで、先程の咳き込みで吐血しているようだ。
「ヒール!」
すかさず手を患部にかざし、回復魔法を使う。
かなり効果は出ているように見えはするものの、元の傷が深すぎたようで全快とは程遠い・・・。
俺の時もかなりの傷だったが、それでもヒール一回で血は止まり、傷口はかなり塞がった。
だがこの子の傷は相当酷い・・・出血もまだ止まらない。
これ以上は例え魔法で傷を癒しても失血死してしまうかもしれない。
くそっクールタイムがこんなに長く感じるとは・・・。
「がんばれ、死ぬな!ヒール!ヒール!ヒール!!」
発動しないことは分かってはいるが、はやる気持ちが俺を無意味な行動に走らせる。
そのまま連呼を続けていると、MPが体から抜ける感覚がした。魔法が発動したようだ。
二回目のヒールでなんとか血は止まりかけてはいるものの、まだまだ傷が塞がらない。
「くそっ!はやく・・・はやく!!」
十秒程のクールタイムがこんなに長く感じるとは・・・。
女の子がまた咳き込み、血を吐き出す。
何も出来ない時間が永遠に感じる。
だんだんと顔の血色も薄くなっている気がする。
はやく・・・はやく・・・!!
「ヒール!ヒール!!ヒール!!!」
最後に叫んだ詠唱で魔法が発動した。それと同時に
「あ・・・あぁ・・・」
俺の中のMPが尽きるのを感じた。
絶望と後悔が押し寄せてくる。
「俺があの時・・・魔法を使わなければ・・・」
フォレストハウンドとの戦闘後、俺は自分に回復魔法を使った。
決して軽いケガではなかったが、それでも死ぬようなものではなかった・・・はずだ。
普通なら特に問題のない行為だが、救助者がいるだろう状況でそれは悪手だったと言わざるを得ない。
そして、女の子の息が止まっていることに気が付いた。
この子・・・獣耳だったんだな。
全然気が付かなかった。
・・・。
「くそっ・・・ごめん・・・!」
助けられなかった・・・。
助けられたはずなのに・・・!
俺がゲームの世界と変わった規模感に気が付いていれば・・・。
そもそも一本道で来る方向がわかっているのだから襲撃の予想した場所でわざわざ待っていることなどせずに前へ進み、襲撃前に馬車と合流すればよかったのだ。
ここが俺にとっての「現実の世界」になった覚悟はした。
していたはずだった。
だが俺はまだ「ゲーム感覚」が抜けずに、あれだけ現実になった世界で油断してはいけないとか言いつつも、頭のどこかでこの襲撃のことも「イベント」のような感覚でいたに違いない。
じゃなければあんなところで、「まるでイベント発生ポイント」で待つような行動はしないはずだ。
ここは現実なのだから、ゲームの時はああだったから、ゲームの時と同じく、などとは考えず、柔軟な考えを持って行動すべきだったんだ・・・。
なんでそんなことにも気が付かずに・・・。
なんで・・・。
「コホッ・・・」
深い後悔に沈む俺の耳に、獣耳の女の子が咳き込む音が届く。
すると、一度勢いよく息を吸い込み、そのままゆっくりとその豊かな胸を上下させ、呼吸をはじめた。
女の子は目を少し開け、こちらをチラリと見たかと思ったが、その瞳はすぐに閉じて力なく首を傾けた。
その様子にかなり慌てたが、どうやら意識を失っただけだったようで、彼女はその息を止めることなく、ゆっくりと穏やかに呼吸を続けていた。
「はぁ・・・よかった・・・」
生きてた・・・。
何処へ向けていいかわからない感謝の気持ちがとめどなくあふれてくる。
信仰心などこれまでの人生で全く持ったことなどないが、今回だけは神に感謝しよう。ありがとうGOD。
絶望から後悔に沈み、安堵から感謝へと感情のジェットコースターを存分に味わった俺は、落ち着きを取り戻し、改めて彼女を見た。
大きく、綺麗な三角形の耳を持つ薄い狐色の肩ぐらいの長さの髪を持つ彼女は小さくない・・・というよりかなり大きい胸を上下に揺らしながら、穏やかに呼吸を続けている。
名前
オリヴィエ(奴隷)
性別
女
年齢
17
種族
狐人族
職業
村人 Lv11
「狐人族・・・」
どうやらキツネの獣っ子らしい。
しかし・・・奴隷?
俺は意識的に見ないようにしていた周りの惨状にあらためて目を向けた。
襲撃からさほど時間が経っていない傷口からはいまだ血が流れ続けている。
幸い・・・というのは言葉が違う気がするが、流れている大量の血はそのすべてが入口の方向へと流れていっていたため、俺を汚すことはなかった。
全員がこのオリヴィエという名の子のように息を吹き返すようなこともなく、動かぬ瞳を虚空へと向けている。
俺の浅はかさがなければこのすべての命も救えたかと思うと・・・ん?
ぶり返した後悔の念に沈みそうになった俺はあることに気が付く。
全員が同じ服を着ていたのだ。
それは決してお揃いの服、というような感じのものではなく、とてもみすぼらしい服というよりはボロを継ぎ足して簡素に作ったような服だった・・・。
・・・。
どうやら、俺が救おうとしていたものは「乗合馬車」などではなく、奴隷をファストへと運ぶ「奴隷運搬の馬車」だったようだ。
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