第16話 re:フォレストハウンド
「急げ・・・急げ!!」
ひっきりなしに鳴り響くオオカミの鳴き声がだんだんと近づいてくる。
あれだけ遠くに感じた音だったが思ったより早い速度で音量を増してくる。
レベルが上がってからはじめて全力で走っているが、レベルの恩恵か走るスピードがヤバい。景色の流れが異常だ。
短距離世界一くらいのスピード出てないか、これ・・・?
そうして強い風圧を感じ続けてしばらく走っていると、前からガタガタと音を立てながら馬車とそれを追うオオカミ達が遠くに見えてきた。
すると、馬車を引く馬が追いついたオオカミに食いつかれ、大きく道をそれはじめる。
「やばい!」
遂には街道を完全に外れた馬車が大きな音を立てて荷台の後部を木に激突させ、それによって爆ぜた荷台の一部を落としながら勢いよく街道の中ほどまではじかれた後、横転した。
馬は首に食いつかれた状態のまま走り続けていたものの、振り絞った最後の体力はすぐに限界に達し、横倒しになってしまった。
追いかけていたオオカミ達は素早く馬車の周りを囲み始め、そのうちの1匹が馬車の幌の中に飛び込んだとき、その代わりに甲高い悲鳴が幌の中から出て来た。
そして目の前の光景が記憶の中のゲーム画面と重なる。
「くそっ!結局こうなるのか・・・!!」
街道の真ん中で横転した馬車。
馬が食いつかれ、荷台の左右に1匹ずつ・・・ゲーム時に出会ったときとほぼ同じ構図だ。
敵もフォレストハウンドで間違いない。鑑定がそれを証明してくれる。
ほんとはじっくりと1匹づつ対峙し倒していきたい・・・だが、1匹がもう幌の中に入ってしまった以上それは出来ない・・・。
すぐに対処して救助する必要がある。
俺は意を決して、まず馬にかじりついてたフォレストハウンドに魔法を放つ。
命中した火の玉に怯んだ先頭のそいつにすかさず追い打ちをかけようと思ったが、左右に陣取っていた2匹のみならず、魔法が炸裂した音に気が付いたのだろう幌の中のフォレストハウンドも同時に飛び掛かってきた。
俺は同時に襲い掛かる3匹に剣で右側の1匹を切りつけた・・・が、やはりこの世界ではゲームの時のように一気にフォレストハウンド2匹を一刀両断とはいかず、その体を斬りつけた時、ずっしりとした質量が剣越しに伝わってきて攻撃はそこで止まる。
そして視界の端から剣で対処できなかった残りの2匹が迫る。
少しでも身をよじってなんとか避けようとするのと同時に左腕でガードする。
が、回避行動はその時間的猶予のなさから全くと言っていい程に無意味だった。
特に防具を装備しているわけでもない腕はそのまま2匹のフォレストハウンドに噛みつかれてしまった。
2匹の鋭い歯がその強靭な顎の力で腕に食い込む。
今までの人生で経験したことのない凄まじい熱が痛みとして腕から伝わってくる。
「が・・・ぐぅぅ。・・・このぉ!」
気絶しそうな程強烈な痛みをなんとかこらえ、食いついた2匹のフォレストハウンドを振り払おうと思いっきり腕を振るう。
手首側をかじっていた真ん中のやつは振るった力とその遠心力により離すことに成功したが、より体に近い二の腕に噛みついた方のフォレストハウンドは十分な遠心力を得られずに振り払うことが出来ず、まだぶら下がっていた。
俺はそれを剣の柄ですかさず殴りつけ、取り除いた。
斬りつけなかったのは、近すぎて刃を滑らせることが出来なかったからだ。
正確に言えば力を込めた有効な攻撃が出来ない、かな。
今この状況ではこれが最善だと俺は考えた。
「いっ・・・・てぇ!!」
二の腕をみるとくっきりと歯形が見て取れるほどだが、前腕の方はもっとひどい。
遠心力で無理矢理引き離したせいで、肉が縦に裂けてしまい見るも無残な状態だ。
傷口からは心臓の脈動にあわせるように血が噴出している。これじゃもう使い物にならないかもしれない。
せめてこの焼けつくような痛みだけでもなんとかしないと・・・。
「ぐぅ・・・ふっ・・・ヒール」
吐き気がするほどの激しい嘆息が止まらない。
なんとか剣を持った手を柄越しに右腕に当て、回復魔法の名前を口にする。
すると、全快とはいかないものの、あれだけ深かった傷口は見る見るうちに塞がり、噴出していた血も収まった。
完全に塞がるようなことはなく、まだ血もじわじわ滲んできてズキズキと静かな痛みが響いてくるが、動けなくなるようなものではない。
傷の具合を確認していると、振り払われたフォレストハウンドが体勢を整え、一吠えしたかと思うとそのまままた飛び掛かってきた。
「この!」
不意を突かれたものの自分が思っていたよりもよく反応してくれた俺の体はすでに目の前へと迫っていた大きな口に剣の腹を滑り込ませ噛みつきを防いだ。
まだ痛む左腕の拳に力を込め、剣に噛みつくフォレストハウンドの腹を殴りつける。
さらに続く攻撃に備えようと構えたが、その対象だった柄で殴りつけたフォレストハウンドはまだ攻撃してこなかった。柄の打撃が運悪く-俺にとっては逆だが-目に当たったようで、俺が思ったよりダメージを与えられたようだ。
剣で切りつけた個体はまだ倒れているがシステムサポートからの報告はないのでまだ倒せてはいないのだろう。
魔法を受けた個体はまだこちらに向かいこそしないものの、いつこちらに駆け始めてもおかしくはない状態だ。
殴りつけた左腕はその衝撃で傷口が開いたようで、出血量が増している。
だが、追加で回復するにはもう少しクールタイムがあるので使えない。
「あああああああ!!」
時間をかけるわけにはいかない。
これ以上傷を負うのもゴメンだ。
それならばこれ以上攻撃を同時に受けるわけにはいかないと、まずは一番距離が近いさっき殴り飛ばしたフォレストハウンドに斬りかかった。
特にどこを狙うでもなく適当に力を込めて振るった剣だったが、それは運よく立ち上がろうとしたフォレストハウンドの首を飛ばし、倒せた。
間髪入れずに片目が潰れた個体を2度切りつけることで倒す。
連続撃破で得た少しの安心感に冷や水をぶっかけるが如く、奥にいた個体が魔法の衝撃から立ち直り、駆けてきた。
「ファイヤーボール!」
クールタイム明けの魔法をお見舞いするとシステムサポートが開く。
残りは1匹だ。
無傷ではないが、相手も手負いだ。
緩めるつもりはないが、そこまで気を強く張りつめる必要もないだろう。
ようやく立ち上がった残りの一匹と対峙する。
よほどダメージが大きかったのか、前足を小刻みに揺らしている。
・・・いや、あれは違う。怯えてるんだ。
考えてみれば当たり前か。あっちは4匹もの群れという圧倒的優勢の状態からほぼ壊滅状態にまで追い込まれているのだ。
しかも使用不能相当のダメージを負わせたと思った攻撃も使用可能な状態にまで回復されてしまっている。
もしこれが逆の立場だったのならば、俺もやつのように死を恐れる立場になるはずだ。
たしかにそういう視点を持って今のやつを改めて見てみると、怒りに歪めて牙をむいている表情も、精一杯の強がりにしか見えなくなってくる。
そしてお互い動かずに睨みあっているうちにクールタイムが過ぎ、火魔法を放ち、倒した。
「ふぅ・・・」
一応伏兵が居ないか周りを見回したが、それらしき気配はなく。
戦闘は終わった。
「ヒール」
気が緩んだ途端に増した左腕を回復魔法を使い治した。
そのとき、
うぅ・・・
戦闘が終わって静寂が訪れたとき、幌馬車の荷台から漏れる小さな呻き声が俺の耳に届く。
荷台を見ると、血も滴っている。
「しまった・・・。安心している場合じゃない!」
そもそも今回の目的は乗合馬車を助けることだ。
戦闘に勝利したことで安心してどうする!
俺は迂闊な自分を心の中で諫めると同時に急いで荷台へ向かった。
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