第15話 誤算

真っ暗の中、目を開けた。



「今日か・・・」


窓を開けてみてもほぼ光を得られなかった。


思っていたよりも緊張していたのか、それとも寝るのが早すぎたのか、夜明け前に目が覚めた。

体調は悪くない。むしろいい。



昨日食事の時に実感したことがある。


どうやら俺は強くなっているようだ。

そしてそのパワーアップの実感がない状態で、白鯨亭から出されたスープをすくうための木のスプーンを持った。

まではよかったが、スープをすくって口に運ぶときに少し力が入った。


そしてスプーンが折れて中身が床に落下した。


普段意識しないような微妙な力加減で折れてしまったのだ。


戦士レベル5だけではこんなことにはならない気がする。

だが俺にはマルチジョブがあって職業が6つ付いている。おそらくだが、職業一つ一つ、それに対応したステータス補正のようなものが付いていてそれがレベルによって上下するのだろう。



複数の職業を持つ俺はその補正が職業分だけついてくるのだろう。


しかも俺はこの世界では他の人より120倍のスピードで成長できる。

たが、これはただ単に1日で120日分の経験値が得られるということではない。


例えば、レベル1のままゴブリンを200匹倒すのと、ゴブリンを200匹倒す間にもりもり成長しているのとではその討伐速度は比較のしようもない。


だからこの取得経験値の20倍速は敵を倒せば倒すほど加速度を増すことが出来るのだ。


しかしこの成長速度とステータスの増加というのを俺は体験したことなどない。

現実世界でいくら筋トレして超回復を促そうが、一日で出来る筋量アップなどたかが知れているし、ステータスの上昇は筋トレなど比較にならないほどだ。

取得経験値増加とマルチジョブの相乗効果は当初思っていたよりもすごい。


直近で実感した俺がいうのだから間違いない。


なんせ2本連続で折ったからね。スプーン。


大丈夫と言ってくれたがさすがに申し訳なくなって銀貨1枚置いてきたもん。

これからも白鯨亭にはしばらく通う予定だしね。

ちょっと多めに出した金額のお礼で夜に俺の部屋にきてくれたっていい。


散々おばちゃんおばちゃんと連呼してきたが、元の俺の年齢と比べても同じか少し下くらいだろう。全然ストライクゾーンです、はい。

少しぽっちゃりめではあるが、豪快な笑顔は好ましい。顔もいいし、胸も・・・。


おっといかんいかん。

これから決戦に赴くのに煩悩に支配されては・・・いけないこともないか?



俺、この戦いが終わったらおばちゃんにお願いするんだ。



・・・目標として低すぎるフラグを立てていてもしょうがないな。

準備してさっさと出発しよう。



装備を整えようかと思ったのだが、ゲームで襲撃がおこった時間がわからないため断念した。あの世界は昼夜の概念自体がなかった気がするんだよね。

昼に寝て昼に起きてたし。


店が開くまで待っていて間に合わなかったら本末転倒だ。

とりあえずいつ襲撃がおこっても大丈夫なよう、そしてそれがおこるまでに少しでも強くなっておくように早めに森へ入ることにした。


ゴブリンは剣一発で倒せるようになった。倒せなくても2回も切りつければ倒れるだろう。

ならば魔法も使わないで済むからMPを温存しておくことが出来る。


攻撃は最大の防御というが、傷ついて動けなくなってはどうにもならないから、対複数戦では魔法は回復を優先して使った方がいいかもしれない。

まったく使わないというわけではないが、まぁそこは臨機応変にだな。



予想される戦いを頭の中で繰り返しシミュレーションしながら、森の中へと続く街道の少し進んだあたりで馬車を待つ。


いつ襲撃がおこるかはっきりとわからない以上、ゲームと同じこの森から少し入ったこの街道で待ち構えているのが最善だろう。


馬車がくるまでゴブリンで経験値稼ぎをしてもいいかとも思ったが、ゲームだったらこちらが近づくまで襲撃を待ってくれるかもしれないが、ここではそれは期待できないだろう。


それにゴブリンとの戦いに気を向けている間に襲撃がおこり、それに気が付かないという最悪の事態もありえる。


やはり襲撃が起こったこの場所でそれを待つのが一番いい気がする。


俺は神経を前方に集中させ、馬車を待った。



待って・・・待って・・・1時間が経過した頃、やはりこの待っている時間で経験値を稼いだ方がいいのかという迷いをなんとか断ち切ってさらに待つ。



「なかなか来ないな・・・」


ただ待つという行為もそれが襲撃だという気の抜けないものなので使い続けている神経がすり減っていく。

人の集中力はそれほど長く続かないとよく聞くが、命がかかっているこの状態だと余計に実感する。


「結構きついぞ・・・少し警戒が緩慢になっても休憩をはさまないととてもじゃないが持たないな・・・」


適度な緊張感は続けながらも、集中度を落とす。長丁場も覚悟の構えに入る。



・・・。


あれからさらに2時間以上は待ったか?


まだ馬車は来ない。


ほんとに来るのか?襲撃の日付を間違えたのだろうか・・・。

ゲームの中の宿泊演出は実は数時間程度の休憩という設定で、実はもう襲撃は起こったのではないだろうか?


「いや・・・そんな事件があったんだったらギルドで注意喚起されてもおかしくないはず・・・」


それとも大量のククレ草を換金されるたびに言われるフォレストハウンドに気をつけろというあの言葉が馬車の襲撃を受けての警告だったのだろうか・・・。


「だけど・・・」


ゲームの中では会った最初に言われた。

あれは襲撃イベントが起こる前だったはずだ。


だからフォレストハウンドへの注意喚起は常日頃おこなわれていたものだとするのが自然なはず。

つまりまだ乗合馬車への襲撃は起きていない・・・はずだ。


警戒を続けながら待ち受けるというのがこんなにきついとは・・・。


たぶん実時間にしたら数時間なのだろうが、もう何十時間も待っている気がしてしまう・・・。


「くそ・・・やっぱり経験値稼ぎでもしながら待っていた方がよかったんじゃねーか・・・?」


あまりにも長い待ち時間に気持ちが揺れはじめたそのとき、



  キャーーーーーーー!!



遥か前方から女性の叫び声に続いて数人の悲鳴が聞こえた。


そして



  ガシャーーン!!



悲鳴に続いて重厚な破壊音と共に複数のオオカミの鳴き声が響いた。



「そんな・・・襲撃場所はここだったはず・・・」


俺は音の発生源に急ぎ向かいながらも、ゲームの時との差異に困惑する。


ゲームの時はたしかに街から見て森に入ってすぐの場所であの襲撃はあったはずだ・・・。

もう街が視認できるような場所での出来事だったのははっきりと覚えている。

なんせあの襲撃は俺からしたら体感的に昨日の出来事なのだ。忘れるはずがない。


「だったらなんで・・・」


全力で街道を駆ける中、俺はこの世界に来てからゲームの時との違いを頭に浮かべていた。


「そうか・・・なんでこんな簡単なこと・・・!!」


思えば少し考えればわかることだった。


自分の命と助ける決意の源となった命達の重さが、俺が自分で課した責任が思考を鈍らせたのだろうか。


「くそっ!」


自分への苛立ちを吐き出しながら思い出す。


ゲームとこの世界の違い。


グラフィックがゲームのそれから現実のものに変わったことや、モンスターの強さの変化の他に、あのVRMMOとして体験した世界とは劇的に変化していたものがある。



それは世界の「規模」だ。



草原の風景は遥かに広がり、雑木林かと思うほど狭かった森はそこから出るのに半日もの時間を要するほどに深くなり、街は前よりも大きくなっていた。



つまり



あのVRMMOの世界では森をほんの少し入った場所だった地点はその距離が引き延ばされ、森深くの場所へと移動していたのだ。





俺は自身の迂闊さを後悔しながらも、オオカミが吠え続けている声のする方へと急いだ。

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