第13話 決意

横たわる馬車。


カラカラと音を立てた車輪が地面に接することなく空しく回っている様子が、

まるで死に際の痙攣のようだった。


荷台の中で横たわる能面の少女。


そのマネキンのような表情のない顔を見つめるうちに、

一瞬血が通った・・・ように見えたがやはりそれはただのマネキンであった。


倒れた衝撃で取れてしまったのだろう、

首や手首のパーツがそこらに転がっている。



それをじっと見つめている俺。


傍らに落ちていた巾着袋をとろうとしたとき。



「助けて」



マネキンが突然しゃべった。







夢を見た。


異世界に来た俺の初日の夢がまさかゲームの時のことだとは・・・。

しかもなんかめっちゃ暗くて気が滅入る夢だった。


何故かあのマネキンの声が耳に残る・・・。



この世界で起きたことは全く同じではないものの、基本的にほとんどゲームの時と同じだった。


最初に襲ってきたゴブリン。ここまでの道程・・・その過程。


マーキンの言葉。受付嬢や白鯨亭の対応・・・。


ゲームの時と現実となった今の時の状況を個々で重ねてみてもわずかにぶれるだけで一致する部分の方が大きい。

ぶれた部分は俺がゲームの時と違った行動や言動をしたときだけだ。



つまり・・・あの馬車のイベントもこの世界で実際に起こるのか・・・?


・・・起こるんだろうな。



横たわった荷台で転がっていた6体のキャラクターが頭をよぎる。


あの時は特になんの感情も持たず・・・いや、むしろはじめて起こったイベントらしいイベントに、俺はワクワクしていた。


クリア報酬を探すことにだけ注力し、倒れている「もの」は俺からしたらそのイベントを彩るただの飾りでしかなかったのだ。


しかし、ここは現実だ。


あの時「もの」だったものも今はまだ生きている人間なはずだ・・・。

どこかの街にいるか、今もあの乗合馬車でこのファストを目指しているかはわからないが、いずれにせよ「まだ」生きている。



いや・・・よせ。考えるな。



そりゃ俺だって出来るなら助けたいと思う。


ゲームの時は1発で倒せたあのフォレストハウンド達にすら攻撃を受けたんだ。

あの時のように肩口を噛まれたら重傷に至るかもしれないし、少し場所がズレて首筋なんか噛まれてしまったら致命傷になるかも・・・。


それこそ1発で倒せなかったら受ける攻撃はもっと増えるかもしれない。

あの牙がこの体に沈むことを想像しただけで背筋が凍る。


しかもあの戦闘後にはレベルが上がった。

フォレストハウンドはゴブリンよりも強い可能性まであるのだ。


ゴブリンにだって倒すのが楽とはいえない現状、もしフォレストハウンドがそれ以上だったとしたら・・・それも相手は4匹。


対複数の戦闘なんかゴブリンでも経験したことがない現状で、4匹もの素早いフォレストハウンドを倒すことなど・・・今の俺に出来るはずがない・・・。



でも・・・。



だめだ・・・やめろ・・・。



あれだって確実じゃない・・・。



・・・っ。




「くそっ!」


どうしても夢で見た光景・・・ゲームで見たキャラクターの顔が頭から離れない。

あの顔が現実に変換されて何度も脳内でフラッシュバックしてくる。


見捨てるのは簡単だ。

そもそも助けなければいけない責任や義理など俺にはない。

誰にも責められないしその資格もない。


あるとしたら・・・俺だけだ。

俺が許せば・・・助けない選択を選んだ自分を許してしまいさえすれば済む話だ。



だが・・・それでいいのか?



それで俺はこれから生きていくこの異世界を楽しく謳歌することができるのか?



・・・俺の考えが正しければ、救うのは不可能ではない・・・と思う。



もちろん「今」のままでは倒すのは無理だ。


もしフォレストハウンドがゴブリンより弱いとしても「今」は無理だ。複数の素早い敵に対処できるとは思えない。

魔法はクールタイムがあるから連発は出来ないし、剣の振りを阻む抵抗がなかったゲームと違って、今は複数を同時に薙ぎ払ったりなんかもできない。


攻撃を仕掛ければそれ以上の反撃を必ず受けるだろう。

噛まれるだけならまだしも、食いちぎられでもしたらズボンを濡らして戦意喪失する自信がある。


今このレベルで立ち向かうのはどう考えても荷が重い。



だが、俺にはボーナススキルがある。


取得経験値倍増で20倍の速度で成長できる。

職業毎に経験値が分配されていなければさらに6倍の120倍だ。


馬車の襲撃は俺がこの世界に来てから数えて3日目に起こるはず。

つまり明日だ。


日数はとてもじゃないが余裕があるとは言えないものの、120倍の成長速度を本気で活かせば結構な経験値を稼げるはずだ。



しかも俺には魔法がある。


魔法の攻撃は剣でするよりもかなり効果的にダメージを与えることができる。



そして絶対ではないが、もうひとつ何とかなりそうな要因がある。


それは「これまであった人間のレベルの低さ」だ。



森の中での連発で鑑定することに慣れた俺は、今後無意識でもそれが出来るように出会う人間やモンスターすべてに使うことしていた。


マーキンに使った時





    名前

     マーキン


    性別

     男


    年齢

     27


    種族

     人族


    職業

     戦士 Lv5





あの時の感想は「老けてるな」だった。



冒険者ギルドで受付嬢に使った時





    名前

     カトレア


    性別

     女


    年齢

     21


    種族

     人族


    職業

     村人 Lv11





可愛いという感想しか出なかった。



そのギルドの酒場で飲んでいた男に使った時





    名前

     モーブ


    性別

     男


    年齢

     32


    種族

     人族


    職業

     戦士 Lv3





こいつに関しては顔も朧気だ。



他にも街ですれ違う人々に使ってみたが、村人の職業でレベルが高めの老人はいたが、戦士や剣士で一番高いレベルは門番のマーキンだった。


守備の一番槍である門番に街の中で弱い人間を充てるはずがない。

つまりおそらくだが、戦士Lv5というのはこの街でもかなり強いほうなのだと思う。


村人の大人はそのほとんどが二桁のレベルではあったが、村人のレベルは上がりやすいか、上がっても強くはなりにくいのではないだろうか。

職業によってステータス補正が違う、みたいなことがあるのだと思う。


ギルドから白鯨亭へ来るまでにあった店先でベンチに座っていた老人たちのレベルが軒並み20以上だったが、彼らが全員なんらかの達人ということはないだろう。

プルプルしてたし。



高いレベルで5ならば、ボーナススキルでレベルの上がりやすい俺ならもう少し鍛えればフォレストハウンドにも対処できるのではないだろうか。


もちろんマーキンが現状でもフォレストハウンドに歯が立たない可能性もあるが、それならば森からほど近い場所にある門番が一人というのもおかしい。


すべては憶測だが、そう大外れもしてはいないだろう。



この予測が外れた場合の対価は俺の命になる・・・もしかしたらあの馬車を救わなくてもそんなことをすっかり忘れてこの世界を楽しめるかもしれない。


だけど、どうしてもあの顔が頭から離れない。


馬車を見るたびに思い出していたのでは俺が俺を許せなくなってしまうかもしれない。


モンスターが存在するこの世界では、俺が40年以上過ごしてきた安全な世界と比べるまでもない程に命は軽く、簡単に失ってしまうものなのだろう。


今後この異世界で生きていく以上・・・助けられない命、諦めるしかない命はいくらでも出てくるかもしれない。



「だが、最初はダメだ」



最初に諦めたら今後似たような状況になったらそのすべてで「諦める」という選択肢を選んでしまうかもしれない。


だんだんと救える命も救わなくなって、その結果俺の心が冷えてしまってはこの世界を楽しむということが出来なくなってしまうだろう。



「だから助ける。救うんだ」



自分に言い聞かせるようにつぶやき、決意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る