第10話 クールタイム

街を目指すためにまずは森へと足を向ける。


方角的に森へは入らずに森沿いに左手へ進んでいけば辿り着くような気もしたが、見える景色的に位置関係は違わないようだが、縮尺が違う気がする。


最初にゲームに来たときの森はあんなに遠くに見えなかったし、うっすら見えていた山も地平線の彼方へと遠ざかっている。


全く違う場所に来たことも考えたのだが、この草原に一本だけ生えているという木が俺の中でその可能性を薄めていた。


もし違ったとしても他に手掛かりがない今の状況で街を目指すならば、ゲームの行程を辿ったほうがいいと思ったのだ。


「しかし、結構遠いな・・・少し急ぐか」


ほんとに野宿は避けたい。


野宿はおろか、キャンプですら経験のない俺にはハードルが高すぎる。

季節的に今の夜の気温がどの程度なのかにもよるがもし冷えることになるようであれば、火起こしもしたことない俺には暖をとる手段がない。


あ、火は魔法でつけられるか?

でも一人じゃ焚き火を維持することは出来ないからどっちにしてもか・・・。


結局は日が暮れる前に街に着くのが最善なので、体力を温存しつつ急ごう。

道中のゴブリンにやられたら元も子もないからな。



そうして小走りで森へ進んでいると、右前方側からゴブリンの声が聞こえてきた。

あいつらってこっちを見つけると大声を上げてくれるから索敵の手間が省けて助かる。


ただもう、こん棒に殴りつけられるのはごめんだ。

あの衝撃は実際に体験しないとわからない。たぶん数発で死ねるレベルだ。


俺は走ってくるゴブリンに向けて左手を突き出しファイヤーボールを放つ。


避けることなく正面からそれを受け止め醜い悲鳴をあげたゴブリンだったが、多少乱した態勢を戻すとまたこちらに向かって駆けだした。


向かってくるゴブリンに対して剣で応戦しようと思ったが、俺は少し考えて左手をまたゴブリンへ向けた。


「ファイヤーボール!・・・ファイヤーボール!・・・ファイヤーボール!!」


左手を突き出したまま発動しない魔法を連呼する。


どんどん迫ってくるゴブリン。


やはりもう剣で対応した方がいいのではないかと思ったとき、ゴブリンに火の玉が飛んで行った。


距離にして5mちょっとくらいか。

さすがにもう一度魔法を使うほどの余裕はなさそうだ。


俺は剣を両手で持ち、向かってきたゴブリンに切りつけた。

緑の体の胸に斜めの傷を作ってのけぞったが、まだ倒れない。


こちらに向かって振られるこん棒を体を反ってなんとか避けようとしたが、少し肩口に届いてしまった。


もの凄い衝撃が襲ってくるが、一撃、更にもう一撃と剣で攻撃するとようやく倒れた。


「ヒール」


・・・左手を自分の体に向けて魔法名を口にするが、痛みがやわらぐ気配がない。

効果が薄いのかと思いもう一度唱えると、今度はいきなり体調が全快した・・・気がする。


効果量は体感でしかわからないが、おそらく一回目は魔法自体が発動しなかったのだろう。


効果が実感できなかったし、二回目にはあった魔法を使った時におこる何かが抜ける感覚もなかった。

つまり一回目は魔法のクールタイム中だったのだろう。


最初にゴブリンにつかった魔法の時とさっきのヒールの時と、総合的に考えて魔法のクールタイムはおよそ10秒程だと思う。


ゴブリンに使った時と2発目のファイヤーボールを放ち、ゴブリンを倒してすぐに使ってヒールの発動が実感できた時の秒数はほぼ同じくらいだったと思う。


駆けてくるゴブリンの時に対して無理矢理連続で魔法を使ったのもこのクールタイムの検証のためだ。


生き死にがかかった戦いの最中に何故そんなことを・・・と思うかもしれないが、生き死にがかかっているからこそ俺は今検証した。


魔法はMPを消費する。

そしてその消費量は数値化されず、感覚でしかわからない。


今はまだ感覚的になくならないとは思うが、まだこの世界に来てからMPを使い切ったことがない。

だからこの感覚という曖昧な情報をどの程度信用していいのかもわからない今、検証を先延ばしにすると、発動しなかったのがクールタイムなのかMPがなくなったのかが分からなくなってしまうと思ったのだ。


ここは死んだらおそらく終わりの世界だから、クールタイムで発動しないのを待つのと、MPが尽きているのに発動させようとするのでは天と地の違いだ。

前者は待てば発動するが、後者はMPが回復するまで発動しない。


戦闘中に後者かそれに近い状況で検証すれば敵の攻撃を多く受けてしまう。


だから今検証したのだ。


「先を急ぐか」


検証も大事だが、日暮れまでのタイムリミットはもっと大事だ。



その後、森へ目指す過程で3匹のゴブリンを倒したとき、6つの職業すべてがレベル2にあがった。


ゲームの時はいちいちステータスを開いたりはしなかったが、今は倒すたびに開いて確認するようにしている。

何が役に立つかわからないからね。


ゴブリンを倒す過程で魔法だけで倒したり、剣だけで倒したりもしてみたが・・・結果、剣だけで倒すのはやめておこうという結論を得た。


マジで死ぬかと思ったぞ・・・。


魔法なら3発で倒せたのだが、剣だと2桁超えても倒せなかったのだ。

ゴブリンの攻撃を避け切れずに2発目の攻撃を食らった時に剣だけの討伐を諦めて魔法を使ったほどだ。


最初のゴブリンの時に魔法1発と剣の攻撃2回だったということを考えると、おそらく物理的な攻撃は一回〇〇ダメージといった固定値ではなく、どこをどの位の力で攻撃したのかでもダメージが変わるのだろう。


ここが現実ということを考えればそんなことは当たり前なのだが、ゲームの世界から来た事実がその考えを鈍らせ、俺にゲーム的な思考を色濃くさせていた。


確定ではないが初回のゴブリンは首筋への攻撃がクリティカルだったのだろう。

この世界に来て最初の攻撃でかなり力もはいってたしな・・・。


剣の攻撃はかなりダメージ量の変化が見て取れたが、魔法はどこになにを当てても3発で倒せた。


モンスター自体に弱点箇所や属性があればわからないが、少なくともゴブリンはすべて3発だったから魔法のダメージ量は(レベルやステータスが)同じ状況ならば一定のようだ。


今後は魔法主体で戦っていこう。


クールタイムがある以上それだけに頼るわけにはいかないが遠距離から攻撃を仕掛けられるのと、魔法名を言うだけなので近距離にも使えないことはない。


一番は3発あてれば必ず倒せるというのが大きい。

いつ倒れるのかわからないのとわかるのでは気持ち的にかなり楽だ。


遠くに発見出来て先制攻撃が可能な状況ならば、ゴブリンのこん棒が届く前に倒すことも可能だと思う。



攻撃方法の方針を定めつつも森へと急ぎ発見したゴブリンをさらに5匹倒したとき、レベルが3へ上昇した。


そしてステータスが上昇したからか、ゴブリンが魔法での攻撃2発で倒せるようになり、戦闘はかなり楽になった。


が・・・。


「これ、ヤバいかもな・・・」


たぶん、もうすぐMPが尽きる。


なんとなくだがわかるのだ。


せっかく魔法2発で倒せるようになってもその魔法が使えなくなったのでは意味がない。


「少し節約するべきか・・・?俺にはMP回復倍増20倍もあるはずだし」


過信しすぎるのも危ないが、レベルも少しあがった。


ステータスの上昇量はわからないが魔法の威力もあがったのだし、剣での攻撃もあがってるはずだ・・・。

全く使えなくなる前に、剣での戦闘も慣れておいた方がいいのかもしれない。


・・・さっき魔法主体でと決めたばかりだが、しょうがないか・・・。


これは優柔不断ではなく臨機応変な対応のはず。



自分自身への言い訳しつつ歩を進めていると、遠かった森がやっと目の前まで迫ってきた。


「・・・うわぁ、入りたくない」


ゲームでは雑木林くらいの感覚だったが、これはもう森というか・・・昔テレビでやっていた探検隊が行っていたようなジャングルに見える。


侵入するのが滅茶苦茶ためらわれるが、入るしかないか・・・。


街を目指す上でゲーム中で体験した道のり以外の場所を行ってしまった場合、自分がどこにいるのかわからなくなって迷う可能性がある。


そうなっては終わりだ。


この世界のモンスターが睡眠するのかはわからないが、そうでなかった場合は今までゴブリンに遭遇する頻度的に一晩中襲われない可能性は低く感じる。


ゴブリンが休むとしても夜間にしか活動しないモンスターが出現する可能性もあるし、そうなった場合は視界が確保できない闇の中での戦いを強いられることになってしまう。それは避けたい。


日暮れまでに街を目指す以上迷うことは許されないのだ。


この森をいけば途中で森を横切る街道に出て、それを左手に進めばファストへ行ける・・・はずだ。

今はこの世界の地図がゲームと同じなことを願うしかない。




俺は真上を少し通過した太陽を横目に、意を決して木々の隙間を縫い森へと足を踏み入れた。

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