第3話 魔法
あれからすっかりゴブリン狩りが楽しくなってしまった俺だったが、ふと自分の状態が気になった。
いわゆるステータスってやつだな。
なんで最初に確認しなかったのかと言われたらそういえばなんでだろう?としか返せないが、人間の行動なんて画一的ではないし矛盾があるからこそ人の行動には面白みも生まれるというものだ。
なんて最近一人の時間が長すぎて、自分の行動に自分で突っ込むという独り身ザ・ワールド(秋の祭典!)と、30代後半以降にしか伝わらないネタを寂しく披露しつつ、俺は自身のステータスの確認をすることにした・・・はいいが、既に操作確認の時にコントローラーのすべてのボタンは押し、そのすべてが平行移動だったりしゃがんだりジャンプしたり、中には微妙に視点が上下するなど「なんだこれ?」と思われるものがあったが、検証の結果それは「背伸び」ということで結論を出した。
コントローラーのボタンはやりすぎと思われるくらい細かい動作が割り振られていて、そのすべてを「キャラの操作」に使われているのだ。
つまりステータス呼び出しのボタンは存在していない。
まさかRPGなのにステータスがないってことはないよな?
存在しているけど、表示して確認はできない仕様なのだろうか。
だとしても、アイテムなんかはどうやって出すんだろう?
お腹のポケットに両手を入れてゴソゴソ探るのだろうか?
そんなことしても感触なんかは再現されてないんだから、もし接触しても認識なんかできやしないから狸型ロボットのように適当に放り投げて出てきたアイテムを確認するしかない。
とても現実的とは言えないし、アイテムは踏んだだけで破損することも確認できている。
もし落下して壊れてしまうようであればそんなこともできないだろう。
それ以前にお腹に超次元のポケットなんてついてないし、そもそもお腹がどこなのか表示されてないから見た目にはわからないか。
感覚的にはわかるけど、このキャラ設定を適当にやりすぎたせいで身長が何cmだったかもわからないから、現実世界の172cmの俺と同じ場所にお腹があるのかどうか。
いや、もし190cmだろうと160cmだろうとお腹は大体この辺りか。と、自分の胸筋のあたりから股間までの間で手を上下させた。
万が一があってはいけないので一応ゴソゴソもやってみたけどどの位置でも反応はなかった。
「これが異世界転生だったらステータスオープンとか言えば目の前に現れるんだけどな・・・」
名前
天野 聡
性別
男
年齢
42
種族
人族
職業
戦士 Lv2
魔法使い Lv2
僧侶 Lv2
盗賊 Lv2
商人 Lv2
奴隷商人 Lv2
ボーナススキル
MP回復倍増(20倍)
PT取得経験値倍増(20倍)
マルチジョブ(6th)
PT設定変更
鑑定
詠唱破棄
システムサポート
「ぬお!」
出たわ。ステータス。目の前に。
え?なんで出たの?ステータスオープンって言ったから出たの?
・・・まさかの音声認識。
なんなのこのゲーム。
グラフィックはしょぼいのにモンスターの挙動がめっちゃリアルですげー楽しいし、音声認識機能までついてんの?
確かに最近はリンゴの会社なんかが臀部を呼びかけることで色んなことを声だけでしてくれたりするけど、最近のゲームにはそんなん普通についてたりすんの?
あ、いや、俺の幼少時の現在巨匠ゲームにもあったっけ?
あれが音声認識なのかどうかは知らないけれど、そんな昔にもあったなら普通に使われててもおかしくないのかなぁ?
ゲーム歴だけはそれはもう30年を優に超える実績を持つ俺だったが、ここ十年程は実はそれ程やれていない。
42歳を3カ月過ぎた現在までに職を3回程変えたものの、それぞれの仕事でそれぞれ違った激務の時を過ごしていた俺は、暇なときにやろうとデバイスやハードなんかを揃えていたが、週に1度あるかないかの休日では日々の疲労度を癒しきることができず、その時間は布団の中で消化されていき、ほぼゲームに充てることができなかった。
たまにすることもあったが、すぐに襲ってくるあくびと睡魔になすすべくもなく連敗していた。
そして俺は42歳の誕生日に体の限界がきてめでたく仕事を辞め、その後3カ月ほど布団の中でラノベと漫画の海を泳ぎ続けることで、無事に体調を正常値に戻した。
ちなみに寝ながらタブレットでラノベを読むときはアームをとりつけ、枕に頭をのっけた状態で目の前にくるようにセットしたうえでさらにトラックパッドを用意すると最高の自堕落ラノベ体験を堪能できるのでオススメだ。
引き返せなくなっても当方は責任を負いかねますがね。
そんな俺のくだらない近況はどうでもいい。それよりも今はこの目の前にあるステータスだ。
取得している職業6つともLv2か。
まぁここにくるまでに倒したゴブリンは9匹だ。
昔やったRPGでも序盤の敵をそんくらい倒せばLv2くらいにはなっていたと思うからそんなもんか・・・。
・・・ん?
いや、違うな。
俺にはボーナススキルがあるはずだ。
その名もPT取得経験値倍増(20倍)である。そのまんまである。
ならば俺の経験値は20倍で実にゴブリン180匹分だ。
これでLv2?
やばくね?
初期のMMORPGもそのレベル上げは大変な作業だったが、さすがに180匹も倒せばもっとあがっているはずだ。
もしくは職業が6つもあるから、それぞれに分割されているのか?
それともPT取得経験値となっているから、なんらかのPTに所属時のみに有効なものなのだろうか?
そもそもこのスキルがアクティブじゃない可能性もあるな・・・。
うーん、わからん。
こういうのは若い時だったらエクセルとか使ってちまちま検証してたりしたのだが、βテストでしかも引継ぎがあるかどうかもわからない現状、そんなことをしても無意味に終わる可能性がある。
経験値の差異をなくすためにゴブリンだけを延々と狩り続けてPCにメモメモする作業なんて遊びでするもんじゃない。
そんなことはお金をもらってする「デバッグ」という仕事なのであって遊びじゃないし、今俺がやることじゃない。
色々検証しまわった挙句に引継ぎがなかったり、そもそもこれがバグで修正なんかされた日には一晩枕を濡らす自信があるぞ。
よし、検証はなし。
どうせβのテスト版なんだから気楽に楽しくやるか。実際、戦闘はめっちゃ楽しかったしな。
そういや職業に魔法使いも僧侶もいれたけど、魔法ってどうやって使うんだろう?
操作確認した時にもそれっぽいのはなかったし、そもそもこのゲームって「攻撃ボタン」みたいなのが全くないんだよな。あれだけキャラ操作のボタンはあるのに。
剣はボタンで出すけど、攻撃はそれを振ったり突いたりしなきゃならない・・・。
魔法・・・魔法ね・・・。
うーーーん。
うーーーん?
「あ」
コントローラーを両手に持ったまま腕を組むという器用なことをこなしつつ、しばらく考えていた俺はあることに気が付き、左手を前に出して「それ」を試してみることにした。
「ファイア」
すると、左の掌の先が燃えた。
距離にして大体5cmくらいかな?
おー。
ほんとに出た。
そう、音声認識だ。
このゲームには巨匠の理不尽ゲームから脈々と受け継いだ技術の粋により、どうやらそれが実現しているようだ。
しかしこれ・・・掌の前で燃えているこれでどうやって攻撃するんだろう?
そう思っているうちにも消えちゃったし・・・。
まさか魔法使いって最近のラノベでよくある「生活」魔法を使える職業なのだろうか?
焚火とか料理にマジ便利!
これでサバイバルもへっちゃらだ!!
・・・ってこれサバイバルじゃなくてRPGですよね?
最近のRPGって生活部分まで気にしなきゃダメなん?
昔は昼も夜も宿屋なんかに止まらなくっても平気だったんだぜ!とかいうと、「これだから昔語りの老害は・・・」とかディスられたりすんの?
やだ怖い!今どきの子超怖い!!
「ウォーター」
なんとかイマジナリーヤングピーポーの恐怖を振り切って違う魔法を試してみたが、やっぱり出た。
ダバーッと2ℓくらい。
やっぱりこれ生活魔法なの?
なんかこうターゲットに向かっていってズバーンってなるのを期待したんですけど!
と思った所で一つ閃いた。
鳴ったよね、あの効果音が俺の中で。
宇宙に出てうっかり進化しちゃった人達が戦闘中に鳴らすあれが!
俺の中でだけど。
「ウォーターボール!」
そしてそれは俺の思った通りの形で掌の先5cmの場所で顕現した。
そりゃもうフワフワと。
そしてそれが5秒くらい浮いていたかと思った矢先・・・!
真下の草の栄養になった。
ダバーッと。
いや、そうじゃなくてさ・・・。
ねぇ飛んでってよー。ねー。子孫のためのメイドイン俺の種達だってもうちょっと飛ぶぞ。
そしてその後、俺はスピアだのアローだのウォールだの色々試してみたが、どれもそのイメージした形にはなるものの、どれも5秒くらいフワフワ浮かんでから俺の足を濡らした。
足ないけど。
うーん、やっぱりこれは生活魔法で攻撃はできないのだろうか?
だったらなんで弾の形になったり矢の形になったりするんだろう?生活魔法なんだったら最初にやったやつみたいにダバーッと出るだけでいいだろう。
なんかやり方が違うのかね?
でもコントローラーの操作でもないし音声認識でもダメってなったら他になにが出来るんだ?
しばらく考えたもののなんの答えも出なかった俺はあれこれ考えるのに疲れ、ふと見た草の先っちょにてんとう虫を見つけた俺は「こんなのもいるんだ」とか思いつつ、
「ウォーターガン。バーン」
とふざけてみた。
すると、左手で模した銃の人差し指から勢いよく噴射された水が、風に揺れる草の上でくつろいでいたてんとう虫を貫いた。
「あ、ごめん」
あまりの驚きにてんとう虫に謝るという菩薩のような心を発現させた俺は、それがただの気の迷いという気のせいだったことに気が付くまで少し時間を要するほどだったZE。おーいぇー。
「え?出たんだけど・・・アローはダメだったのにガンだったら発射されるってどういうことなの?」
確か俺はいくつか試した中にバレットもあったのに飛ばなかったはずだ。
だったらなんの・・・。
・・・。
いや・・・まさかな・・・。
あり得ないことだとは思いつつも一つ思いついた俺は、さっきの状況をそのまま再現して魔法名だけを変えてみた。
「ウォーターボール!」
すると左手に生成された水の玉は勢いよく発射され、先ほどてんとう虫のいた草に命中した。
「うっそだろ・・・?」
どういう原理?
音声認識的には最初に色々やってた時と変わらないはずだ。
「ウォータースピア」
思った通りの形で槍をかたどった水は勢いよく発射される。
声の大きさでの変化かと思ったが、どうやら違うようだ。
「ウォーターボール」
今度のそれは左手の先で5秒間の浮遊を経て落下した。
俺は落下したウォーターボールを見つめてしばし考え込んだ。
いや、そんな・・・あり得ないだろ・・・。
「ウォーター」
左手から出たそれはまるでシンガポールにある微妙な大きさの観光名物の口からでる水のように「目標」の場所へと落下した。
そう「目標」だ。
ターゲットを頭の中で定めながら魔法名を言うと発射されるの・・・か?
いやいやいや、思考を読み取るなんてあり得ない・・・。
いくら最近のゲームに触れてなかった俺だとしてもそんなことくらいはわかる。
ラノベの海に沈んでいたのはここ3カ月だけで、それまでは仕事をしに外へ出ていたし、人並みにネットニュースなんかも流し見ながらもしていた。
そんな革新的な技術がゲームに実装されたとすればそれなりに世間を賑わすはずだ。
仕事場の同僚にだってゲームを日常的にやっていたやつもいた。そんなやつがその技術を知ったら話題に出さないなんてことあるか?いや、ないね。
だってあいつ、全く興味がないゲームの昨日達成したRTAとかを明らかに疲れた顔をしてる俺に向かって嬉々として報告してきやがるもん。
ないない。
いや、待てよ?たしかVRヘッドセットにはアイトラッキングなる機能が存在していたはずだ!
それをこうなんとかかんとか工夫することによってターゲットの有無を判定しているに違いない!絶対そうだ!!
さすが最新のゲームだな!すっげーぜ!!!
何かから怯えるように必死に「それ」を否定しようとしている俺だったが、
一つ失念していた。
安価で、しかも前世代タイプの俺のVRヘッドセットに、そんな「最新」の機能が搭載されているはずがないことを。
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