第2話 草原
ブラックアウトから回復した画面に表示されたのは、意外にも普通な感じだった。
・・・いや、最新の大作ゲームと比べたら若干・・・もといかなりのインディーズ感は抜けないものの、個人へ無作為にメールを送ってβテストをはじめちゃうような、とても会社単位で作ってるとは思えない所業をする者たちが作り上げたものとしては、しっかりとしたグラフィックだった。
自分の体を確認してみるも、体は透明で、両手の手首から先だけがあって自分が動かす動きにリンクして左右に揺れていた。
よくあるVRゲームの形式だな。
体の動きを表示するゲームもあるが、手だけを表示するだけでもゲームは成立する。
なんせ体なんかは両手に持ったコントローラーのスティックで操作して、自分の動きをリンクして表示するのはコントローラーからなんらかのセンサーの情報を受け取った両手だけだ。
どうやって動きを再現しているのかはよく知らない。
なんかカメラを使ってコントローラーを見てたりコントローラーにカメラがついてたりするらしい。
セットアップの時だけ軽く流し読みする説明書さんの端っこにちっさい字でそんなことが書かれてた気がするが、たいして注目もしていないのでよく覚えていない。
一応取っといていると思うけど、同じく一応取っておいている同類に埋もれてもはや何処へ行ったのかもわからないそいつは、きっと俺が次に引っ越しをする時までこの部屋の秘境で身を潜めていることだろう。
我慢強い紙の束のことはどうでもいい。
とりあえずゲームを進めるか。
と、周りを見渡してみる。
・・・うん・・・草原だな。
ヘッドセットによって普段よりは若干重量を増した頭を左に振っても、草原。
右に振っても草原。
少し遠くの方に森やらすごーく遠くの方に山がうすーーく見えたりはするものの、街に続いてそうな道もなく、膝丈位に綺麗に整えられたようなコピペの草たちがゆっくり左右に揺れていた。
いや、後ろに一本だけ木が生えてるか。
なんかスティーブさんがスーパー平面の世界で苗を植えてそれが育てばちょうどこんな感じになるなーとかどうでもいいことが頭に浮かぶ。
「いや、チュートリアルもなんもなくいきなり草原て・・・。βテストといっても酷くない?7日に一回大量にゾンビが来たり、すべてが四角で作られてるあのゲームじゃないんだから・・・」
これってRPGだよな?
普通母親に起こされてはじめてお城に向かうように促されたり、おかしくなった王様から命令されて空飛ぶ船で無抵抗な人達から光る石を奪ってきて城に戻った時にちょっと文句を言ったら逆切れされてお使いを頼まれたり、毎回のように最初にさらわれる姫を救いに・・・ってこれは違うか。
自称配管工の超人の話は別として、基本RPGというのは大抵最初に導入のストーリが用意されてこれからはじまる冒険へのモチベーションをあげてくれるものだが、どうやらこのゲームにはないらしい。
少なくともこのβ版には、だが。
このβはあくまでストーリー部分以外のものがテスト対象なのだろう。
でなければこれはRPGというよりもサバイバルゲームだ。
「まぁそんなことはいいか。とりあえず動き方なんかは普通のVRゲームと同じみたいだし、その辺を歩き回ってみますかね」
その後、右のトリガーボタンを押すと出てきた剣を出したりしまったり、走ったり歩いたりと操作確認をしていると、視線の先に緑色の小人(ありゃゴブリンだな)がこん棒を手に近づいてくるのが見えた。
ギャア!ギャアァァ!!
ゴブリンはこちらに気が付くと右手に持ったこん棒を上下に振りながら奇声をあげて走ってきた。
うお、モンスターの動きは結構リアルだな。
腰程にしかない身長を大きく左右に揺さぶりながら近づいてくるソイツを迎え撃つために右手に剣を持ち、腰を落として構える。
いよいよもう少しで剣の間合いに入ろうか入らないかというところまで迫ってくると、そいつは跳ねた。
ぴょーんと俺の頭位まで。
「うおっ!?」
完全に不意を突かれた俺は変な声を口から漏らしながらも、跳ね上がった緑色の左側から振り下ろされたこん棒をなんとか右に平行移動してかわす。
二の手を警戒して素早く視点をゴブリンの着地点に移すが、そこにそいつはいなかった。
焦った俺は、首を左右に振って行方を追うがどこにもいない・・・と思ったがそいつは消えたと思った着地点の草むらからひょこっと顔を出し、不思議な顔をしてキョロキョロと周りを見渡していた。
どうやら消えたわけではなく、膝程しかない同色の草の中に倒れこんだだけのようだ。
そんななんとも間抜けな様子のゴブリン目掛け、右手の剣を振り下ろすと
ギャッ!
という短い断末魔をあげながら、体の割に少し大きめの頭がその小さな体を離れて回転した。
「おおお、挙動がすげぇな」
これは演算処理で動いてるのかな?・・・いや、まさかな。
いくつか用意されたモーションのうちの一つだろう。
通常こういうゲームでは物理演算などは極力使わない。
たいてい戦闘中はこちらのアクションに対していくつかの決まった挙動を行い、進。物理演算が使われたりするのはそのキャラクターが死体になり、その体が脱力状態になった時だけだ。
理由は簡単。計算量が膨大になって処理が重くなるためだ。
脱力状態なら演算処理もある程度簡単だが、動いているものに対して使うにはその処理は何倍にも跳ね上がる・・・んだろう、たぶん。
プログラムなんてやったこともないし、たしかAだかCだったか色々な言語がある程度の知識しか持ってないもん。詳しくは知らん。
が、体験的経験則は30年以上ゲームをやってきて持ち合わせているので、たぶんあってる・・・と思う。
2Pコントローラーでカラオケやった世代を舐めんなよ。
現代は巨匠になってしまったコメディアンの理不尽ゲームを思い出しながら、頭と体がさよならしたゴブリンを見返すと、それはゆっくりと消えていくところだった。
「なんかアイテムとかドロップするのかな?」
消えていくゴブリンの体に近づいて確認してみるも、特に何も無いようだった。
草に隠れて見えないのかな?とも思い、草をかき分けて見るが、やはりなにもない。
「まぁ一撃で死ぬような雑魚敵だし、そんなもんか。そしたらどうしようかな・・・?とりあえずあっちの森にでも行ってみるか」
残念ではあったが、いつまでもただの草原に居てもつまらないので、少し遠くに見える森に行ってみようと、数歩進めると・・・
パキッ
と、乾いた効果音が足元から聞こえた。
もちろんゲームなので感触はなかったが、薄いガラスを踏み抜いたような音がした方向から聞こえたのだ。
3Dサラウンドって凄いんだな。
足元を確認してみると、割れた小瓶のようなものがスゥーっと薄くフェードアウトしていくのが見えた。
あ、ここ。
たぶんあいつの頭が飛んだとこだな・・・。
ドロップって普通体からしない?あれ?そう思ってるのって俺だけなのかな?
頭からそんなん出てきたらキモいだろ(キモイって死語かな?)。
じゃあなんですの?
足で踏んで割れるんなら、ゴブリンを壁に串刺しにしたりして立ったまま倒したら頭から出たアイテムがドロップしてパリーンて割れたりするん?
これがほんとのドロップアイテムってか?がはは。
自分の思考ながらも若干の冷え込みを感じた俺は、気を取り直して森へと進む。
少し歩を進めると、またアイツが奇声をあげてやってくるのが見えた。
今度はこん棒ではなくて刃先の短いいわゆるダガーのようなものを右手に持っていた。
ゴブリンってみんな右利きなのかね?
まぁゴブリンの攻撃モーションはもう経験済みなので、俺は20代後半で行った3Fの風俗店へ向かうエレベーター待ちくらいの余裕をもってそいつが跳ね上がる瞬間を待った。
しかし、そいつは跳ね上がることなくそのまま右手を無茶苦茶に上下させ、突進してきた。
見事に予想を裏切られた俺は、同じビルの4Fにあるバーからエレベーターで降りてきたカップルと鉢合わせた時ぐらいに動揺した。
同じビルに飲食店なんかおくんじゃねーよな。非常識だぜ、まったく。
といっても所詮は小さな小人が短剣を振り回しているだけなので、ちょっと一撃膝辺り(たぶんその位の位置)に攻撃をいただいてしまったが、俺は落ち着いてそいつの肩口に剣を振り下ろす。
するとそいつは左の鎖骨から右の腰あたりにかけてさけるチーズのように二つに割れた。
「びびったぁー。こんな雑魚敵にまで攻撃モーションだけじゃなくて死にモーションにも複数用意してあるんだなー。グラフィックはかなり雑なのに戦闘には結構力入ってるんだな、このゲーム」
今度こそ踏み抜かないように2つに分かれたうちの頭のあった方の草をかきわけてみたが、どうやら今回はなにもドロップしなかったらしい。
一応体の方も見てみたが、そっちにもなにもなかった。
そしてその後も森へ向かう道中にゴブリンが数匹エンカウントしたが、そのすべてが違う攻撃をし、違うやられ方をした。
次に遭遇したやつは槍を持って突進してくると思ったら直前で躓き、槍をあらぬ方向へ放り投げてしまったし、その次は2匹同時にきて1匹は最初のようにこん棒を振ってきたが、もう1匹はなんと丸腰で突っ込んできて噛みつこうとしやがった。
俺はそいつらの色々な場所を攻撃して倒してみたが、腕だけが飛んだり、胴を横に払って2つに割ってみたりした。
そしてなんとやられモーションは突きにも見事な対応をしてみせた。
胸を突いたそいつを持ち上げてぶんぶん振り回したりもできた(3回目くらいで横に切れて体が飛んでった)。
「すげーな、これ。マジで戦闘全体に物理演算使ってんのかな?」
俺はその今までにないゲーム体験と、戦闘時の挙動のリアルさにどんどんのめり込んでいった。
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