第24話 姉です。地獄の特訓です。
私たちの拠点。フィヨンの町にある町はずれの屋敷が黄金の聖女団の本拠地だ。
もちろんそれは表向き。その実態は秘密結社イズミナティのアジトである。
「この人たちがサロウさんの選抜したメンバーですね」
「そうだ。まあ、しっかり鍛えてやってくれ」
二つの組織。どちらの運営もそれなりに順調だった。黄金の聖女団には人が集まり、その中にはたくさんの優秀な人がいた。能力が高くても運悪く貧困に陥った人たちが、黄金の聖女団の活動に助けられ感銘を受けて参加してくれたのだ。
そんな黄金の聖女団の中からイズミナティに引き抜いていった。その数は多くはない。やはり秘密組織の秘密を守るためには慎重に人を選ばなければならない。
そんな中、サロウさんが選抜した人たちが私のところに来た。その数は10人。男性だけでなく女性や子供もその中にいた。
選んだ基準は性格、能力、そして魔力の有無だ。驚いたことにこの世界では貴族だけしか魔力を持たないと思っていたのだが、どうやらわずかではあるが平民の中にも魔力持ちがいるらしい。
まあ、それも当然と言えば当然だ。なにせアンヌがいるのだ。となればアンヌ以外にも魔力を持っている平民がいたとしてもおかしくはない。
ただし、その量はほんのわずかだ。どうやらサロウさんは気の扱いができるようになったおかげで、別種の力である魔力の存在も敏感に感じ取れるようになったらしい。おそらくは暗殺者としての人を読む力の影響もあるのだろう。
「さて、みなさん。なぜここに集められたのか疑問に思っているかと思います。はい」
私に全員の視線が集まる。みんな緊張しているようで表情が硬く、子供に至ってはきょろきょろと落ち着きがない。
まあ、それも仕方がないだろう。突然知らない場所に集められてしかも目の前には怪しい人物だ。
そう私は今、とても怪しい。顔を隠すために真っ白い仮面をかぶり、服装も詰襟の黒っぽい軍服のような物を身に着けている。
白い仮面はマリアレーサちゃんの、個性のない服装はニーナさんの提案だ。秘密組織なのだから内部の人間も秘密にしなくては、と身元がわからないように顔を隠し、みんな同じ服装を身に着けて個性を失くし統一感を出している。
そんな怪しい人間が目の前にいるのだから警戒心を持たれても仕方がない。
ただ、それは好都合だった。気を引き締めてもらっているほうが怪我をしにくいというものだ。
「おめでとうございます。皆さんは選ばれたのです。この国の平和を守るための使徒として」
なんて大げさなことを言っているが、全部私以外のメンバーが用意してくれた台本だ。私はなーんにも考えてない。
しかし、なんだ。今の私は本当になんというか怪しい集団の怪しい構成員みたいじゃないか。もっとこう、フレンドリーにアットホームにいきたいんだけどなぁ……。
「……と、まあ要するに皆さんはちょっと特別な仕事をしてもらうために選ばれた人たちと言うことです」
「特別な、仕事……」
台本は無視することにした。だって自分の言葉じゃないじゃん。面倒くさいし。
そう、面倒くさい。面倒なのは嫌いだ。
まあ、そうやって面倒なことから逃げて短絡的な行動ばかりしているから今の状況に陥っているわけなのだが。
「これから皆さんには強くなっていただきます。名付けてリズ式ブートキャンプです」
簡単に言うと短期間集中トレーニングである。もちろん気を使った戦闘技術のだ。
ただし、ここでは気ではなく魔力と言うことにしておくことにしてある。
なぜそうしたかって? 気のことを秘密にしたいからさ。
能力や技術はひけらかすべきではない。知られたら対策されて当たり前。とサロウさんが言っていた。私もその通りだと思う。
私のアドバンテージは気だ。気を扱う技術でありそれを利用した戦闘術だ。もしこの存在が多くの人にしかも詳しく知られてしまったら私の優位性がなくなってしまう。それはとても危険なことだ。命に関わる重大事だ。
なので気のことは私たちだけの秘密。イズミナティでは私を含めた初期メンバー内の秘密事項にしておいた。
今のところ気の存在を知っているのは私が知る限りではフィーロンさんとリクくん、そしてイズミナティの初期メンバーだけ。フィーロンさんが気を身に付けたのは遥か東方の地で、そうそう気や仙術についての知識や技術がこちら側の国に伝わることはないだろう。
もちろん西側の国々に気の存在が知られて広く使用されるようになったならば公開してもいいだろう。それまでは隠し通し、今回集められた選抜候補者たちにはあくまでも魔力を高めて身体能力を向上させる技術を学ぶ、ということにするつもりである。
だから魔力持ちを選んだ。自分たちの魔力が増えているのだと勘違いさせるためにである。
「私はリズ。あなたたちをこれから地獄に叩き込む教官です。どうぞ、よろしく」
さて、こうして新しいイズミナティのメンバー候補たちに対する短期集中訓練が始まったわけだ。
「呼吸です! 呼吸を乱してはなりません!」
私が気を身に着けた期間はおよそ一年。基本に半年、応用に半年程度だ。
そう基本技術だけでもある程度身に着けるためには半年かかる。それを約一カ月でやろうというのだから我ながら無茶な話である。
それでも『ある程度』だ。ある程度使えるようになるのに半年かかるのだ。
さてさて、どれだけのメンバーが残るか。
「走れ! 全力! 呼吸を乱すな! そこ! 十本追加!」
どんな時でも呼吸、呼吸、呼吸だ。体内の気を練り上げ、増大させ、体中の細胞に気を行きわたらせ蓄えるための呼吸だ。
「休んでいる間も呼吸を乱さない! 寝ている間も! 風呂も食事もいつでもだ!」
訓練は過酷を極めた。
ある時は一日中山道を走らせ、ある時は容赦なく湖に投げ込み、ある時は丸一日座禅を組ませて呼吸が乱れれば問答無用で水をぶっかけた。
組み手もやった。もちろん相手は私だ。ある程度手加減はしたが、甘いことはしない。殴るし、蹴るし、投げるし、締め落とす。
……そういや私もフィーロン師匠に似たような事させられたな。自分でやってみてあらためて思うけど、明らかにやり過ぎ、虐待、暴力体罰。現代日本なら訴えられて確実に負ける案件だぜこいつは。
でも、仕方ないんだ。強くなければ、死ぬのだから。
「やる時はやる! やらない時はやらない! 休む時は休む! 休む時でも呼吸! いいですね!」
もちろん休暇もある。休むことで体力が回復し、体が成長する。もちろんその間も呼吸は続けてもらう。そうすることで気が体を活性化させ肉体の回復が早まるからだ。
そうやって一カ月間、選抜候補者たちの訓練を続けた。
そんでまあ、驚いたことに一人も脱落者が出なかった。
「あいつらには居場所がない。帰るところも、待っている家族もな」
……ひどいことをしてしまった。そう言うことは終わる前に言ってくれよ、サロウさん。
どうやらサロウさんが選抜したのは訳ありの人ばかりらしい。ここを出て行っても行き場のない人たちなのだ。
なんだかなぁ。他人の弱みに付け込むみたいで、ちょっと嫌だ。そう言うのは卑怯な気がするんだよなぁ。
「みんな、よく頑張った! これでキミたちは『自由』だ!」
自由。その言葉に選抜候補者たちは驚いていた。
これはサロウさんと相談して決めた。というかサロウさんは反対したが私が強引に押し切った。
「みんなには選ぶ『権利』がある。ここに残るか、違う道を歩むか。それを決めるのはあなたちの自由だ」
残るか去るか、それを候補者たちに選んでもらう。残ればいいし、去る者は追わない。せっかく育てるんだから逃がすのはもったいないし、それに外に出したらイズミナティの存在がバレる、とサロウさんは言ったがそういう問題じゃない。
強制するのは嫌だ。嫌いだ。大嫌いだ。するのもされるのも気分が悪い。
私が、そうだから。
私はリズ。乙女ゲーム『魔法学園物語3』の回想にしか登場しない不憫な姉。私はそのシナリオ通りにアンヌの前から消えて、今ここにいる。
シナリオの強制力。そんなものがあるのかはわからない。けれど、私は私の意思に反して強制的にアンヌの前から消えた。
家族と一緒に平和に暮らしたかった。けれど、それは私の意思に反して奪い去られてしまった。
もしこの人たちを無理矢理ここに留まらせたら、同じだ。私がされたことを私が他人にするということだ。
そんなことはしない。したくない。シナリオがどうだろうと運命が何だろうと、私は私の意思で進むんだ。
だから他人に何かを強制することはしない。できるならば、したくない。
これは私のワガママ。もし何かあれば私が責任を取る。もし、それで命を捨てなければならないとしたら、捨てる。
覚悟は……。できているか正直わからない。覚悟している、と言っても言葉だけかもしれない。
それでもだ。ワガママを通すならその代償は私が払うべきだ。
それぐらい払えないで何がお姉ちゃんだコンチクショウ。
「さあ、選んで。ここに残るか、自由を得るか」
半分。半分残ってくれればいい。いや、一人でも残ってくれたら万々歳だ。自由になれるなら、そっちのほうがいいに決まっているから。
「……忠誠を」
と、思っていたんだけど。
「忠誠を! 絶対の忠誠を!」
「私たちは平和の使徒! 理不尽に抗う者! 弱き者の代弁者!」
「イズミナティ万歳! イズミナティ万歳!」
「万歳! 万歳!」
……。ヤバい、やり過ぎた。みんな完全に目がおかしい。
狂信者。狂信者が出来上がってしまった。
どうしよう……。
「あの、えっと……。そんな固くならないで、仲良くしよう? 家族みたいに」
「万歳! 万歳! 万歳!」
「バンザーーーーーーーーーーーイ!」
ヤベェよ、ヤベェよ。なんでこうなっちゃうんだよ。
誰か、助けてよ……。
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