第23話 姉です。人手が足りません。

 秘密結社イズミナティ。絶賛人員募集中である。


「でも、変な人は入れられないんだよねぇ」

「そうだな。いくら人手が足りんとは言え、厳選はしたほうがいい」


 秘密結社。その名前の通り私たちの組織は秘密組織だ。人知れずこの国の陰で働く集団なのだ。そんな組織にどんな人を招くか、と私とサロウさんはいろいろと相談している。


「とりあえず秘密が守れて口が堅くて忠誠心が高くて働き者な人がいいですね」

「そんな奴はそうはいないぞ」

「わかってますよ。だから困ってるんじゃないですか」


 そう、困っている。やることは多いし、お金はないし、人手も不足しているしで困り果てている。


「まあ、とりあえず恩を売っておけ。人間は恩に縛られる生き物だからな」


 とサロウさんは言っていた。まったく悪い人だサロウさんは。人間の良心と恩を返そうという善意に付け込もうというんだから極悪人だ。


 まあもともと暗殺者だから極悪人ではあるんだけども。それはそれだ。


 それはそれで、で片付けちゃいけない問題だけれど、今更サロウさんが暗殺者であることは変えられない。過去はどうしようもないのだ。


 もう人殺しはしないでほしい。もし、サロウさんがまた人を殺さなければならない時が来たら、その時は私が……。


「……そうならないことを祈るよ」


 未来はわからない。何にもわからない。もう、ゲームのシナリオを確実に離れてしまっている。


 まあ、魔法学園物語3を完全クリアしたわけじゃないから、もしかしたら姉のリズが秘密結社を結成してアンヌに立ちはだかるシナリオもあるのかもしれないが、それはしらない。


 ……あの制作陣ならやりかねん、というのが恐ろしいとこだけど。


 と、そんなことを考えていても仕方ない。とにかく今は人を集めることが先決だ。


 なので、炊き出しである。


「さあ、皆さん! 並んで並んで! たくさんありますから焦らないで!」


 慈善活動。それは貴族としての当たり前の行動、らしい。高貴な者の務めということだが、国内が混乱している今は減ってきているようだ。


 そんな時こそである。私たちは貴族のご令嬢であるマリアレーサちゃんを先頭に困っている人たちの手助けをすることにした。


 今現在、この国には困っている人たちがあふれている。政情不安に魔物の被害に治安の悪化。家や職を失って悪事に手を染める人たちもたくさんいる。


 そんな人たちへの食糧支援。まずはおなかいっぱいになって少しでも心に安らぎを、という考えだ。

 

 幸い、魔物を狩りまくっているので魔物肉は大量にある。加工するにも限界があるし腐らせるのも勿体ないので、お腹を空かせている人たちに食べてもらえればこちらも助かるというものだ。


 用意したのは魔物肉と野菜のスープに魔物肉のハンバーグと魔物肉のとろとろ煮込みだ。なるべくお腹に優しい物、食べやすい物をと考えてのメニューである。


「に、肉だ……」

「おいしいね、お母さん」

「ありがたい、ありがたい……」


 みんな喜んで食べてくれた。どうやら魔物の肉に抵抗はないらしく、それどころかなんの肉なのかを説明したら「高級品じゃないか!」と驚いている人もいた。


「さ、どんどん食べて力をつけてくださいね! あと、ケガをしていたり体調が悪い人はこちらにどうぞ!」


 炊き出しの他にも私たちは怪我や簡単な病気の治療も行った。衛生状態が悪くロクな物も食べていない人が多く、免疫力が低くなって体調が悪そうな人が多かったからだ。


 ここでもマリアレーサちゃんは大活躍だった。なにせマリアレーサちゃんの気は『活気』だったのだ。しかもマリアレーサちゃんは治癒系魔法の適性があった。


 貴族は魔法が使えるというのはリリアレス王国でも同じようだ。ただ、マリアレーサちゃんは魔力の量が少なく、治癒魔法の適性があっても治癒魔法は魔力消費が多いためあまり使い物にならなかったらしい。


 そこで気である。気は呼吸をし続ければ理論上は永遠に尽きることはない。マリアレーサちゃんは自分の持っている少ない魔力と気を混ぜ合わせ治癒魔法と活気の仙術を同時に発動し、その効果を上昇させることができるようになっていたのだ


 しかもその効果は数倍。魔法と仙術を合わせることでその効果は十倍以上に上がったのである。


 その力を使ってマリアレーサちゃんは貧しい人たちを癒していった。そんなことを続けていると次第に噂が広まり、マリアレーサちゃんは周囲から『聖女様』や『天使様』と呼ばれるようになった。


 うん、その通り。マリアレーサちゃんは天使のようにかわいい。みんなちゃんとわかっている。素晴らしいことこの上ない。


 そんなわけで炊き出しや治療を行っているとだんだんとマリアレーサちゃんを崇める集団が出来上がっていった。その中からサロウさんは人を選び、とある組織を立ち上げた。


 『黄金の聖女団』。名前の由来はマリアレーサちゃんの美しい金色の髪からなのだが、なんともまあ仰々しい名前だ。


 この団体の主な活動は貧しい人たちの救済。活動資金は私たちが倒してお金に変えた魔物たち。団体のメンバーはサロウさんが選び出し、ついでにちょっとサロウさんの妖気で本当にほんのちょっと洗脳みたいなことを施した人たちで構成されている。


 いやいや、便利だけど恐ろしい能力だよ。もしサロウさんが悪い人間で妖気を悪用する人だったらどうなっていたことか。


 ……大丈夫だよね? 本当に。


「だ、大丈夫なんでしょうか。私にそんな大役が」

「できるかできないかじゃなくて、もうそういう状況だし。頑張って!」

「……リズさんがそういうなら」


 というわけでマリアレーサちゃんが黄金の聖女団の代表となった。そして、このことがイズミナティの活動にも役に立った。


「キミ、秘密結社に興味ない?」

「はあ? あんた何言ってんだ?」


 黄金の聖女団にはどんどんと人が集まり、順調に大きくなっていった。私たちはその中から密かにイズミナティへの勧誘を進め、少しずつ人を増やしていった。


 表ではマリアレーサちゃんを中心に人々を救済し、裏では私が中心になって陰からこの国の平和と安定のために活動する。


 暗躍? そんな人聞きの悪い。これはこの国の人たちが心穏やかに暮らすための善行なのだよ。

 

 と、キレイごとを言ってはいるが、まあ、闇組織には変わりない。


 本当、キレイごとでは済まされないこともある。


 いろいろな話をサロウさんから聞いた。長年裏社会で生きて来たサロウさんの言葉は、重かった。


「裏も表もきれいに、何てのは幻想だ。それだけは覚えておけ」


 んなことは、わかってる。前世ではそれなりに大人だった。


 人間なんざ汚いもんさ。だけど、そんな汚い人間のせいで弱い人たちが苦しむのはやっぱり間違ってると思う。


 弱肉強食。それもわかる。だけど、それは野生の掟で人間社会の掟はそれ以外にもあるわけで、そちらを選んでもいいはずだ。


 残酷で理不尽な世の中。私ぐらいは優しくてもいいだろう。


 世の中を少しでも良くする。良くなるように行動する。それしか私にはできない。だからやる。


 やるんだ。私は。力の限り。


 私がやらなきゃ誰がやるってんだ。


 

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