第18話 姉です。カチコミです。
ニーナさんは重傷だった。火傷と刃物による裂傷でほとんど瀕死の状態だった。
「大丈夫ですよ、ニーナさん。私が何とかしますから」
私はニーナさんに慎重に気を送り込んだ。フィーロンさんのような活気ではないが、多少の傷を癒したり体力を回復したりはできる。
そう、多少は、のはずだ。
「……やっぱり、おかしい」
おかしい。ニーナさんに気を送り込んでいくと傷が塞がり火傷もみるみるうちに治っていった。そのスピードが早すぎる。
「……お嬢、さま」
「ニーナさん。起きちゃダメです。寝ててくださいね」
「ふ、う……」
私はニーナさんのツボを気で刺激し、強制的に眠りにつかせた。傷は塞がったが失った血や体力は完全に回復していないのだから、今は安静にしていなければいけない。
「……ラニちゃん、お父さん、お母さん。ニーナさんのこと、頼みますね」
ニーナさんの治療を終えた私は次の行動に出た。
事情は聞いている。私がアダラに向かった日の夜、襲撃があった。その際に屋敷に火がつけられ、ニーナさんが重傷を負い、マリアレーサちゃんが誘拐された。
ただそれ以外の人的被害はなかった。ニーナさんが重傷を負った以外は全員無事だった。
さらにはその混乱に乗じて盗賊を三人ほど捕まえたらしい。よくそんな余裕があったなと驚いたが、彼らを見たらそれも当然かと納得してしまった。
彼ら。それはマリアレーサちゃんを護衛していた人たちのことだ。盗賊に襲撃されて重傷を負って瀕死のところを私が助けた彼らのことだ。
「奴らの居場所はわかりました。ここから南にある古い砦がアジトです」
私は彼らを見上げた。昨日は見上げるほど大きくはなかったのに、一夜にして彼らもラニちゃんのお父さんと同じように急成長していたのだ。身長二メートルを越すムキムキマッチョの大男になっていたのである。
「準備はできています。行きましょう」
あの時生き残った護衛はラニちゃんのお父さんを含めて四人。ラニちゃんのお父さんはニーナさんの護衛のため、マリアレーサちゃん救出に向かうのは残りの三人だ。
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
全員武器は持った。私は素手だが、正直武器は邪魔にしかならない。下手に武器を使うと相手を真っ二つにしてしまいそうだからだ。
手加減するわけではない。殺さないためだ。
ラニちゃんのお父さんが言っていた。おそらく盗賊団の背後には彼らを操っている奴がいる。そいつらの命令で執拗にマリアレーサちゃんを盗賊団は狙っているのだ、と。
なら、そいつらも潰さなくてはならない。根絶やしにして、二度とマリアレーサちゃんに手を出せないように徹底的にやらなくてはいけない。
「待っててね、マリアレーサちゃん」
ぶっ潰してやる、悪党ども。
「野郎ども! カチコミじゃあああああああああああ!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおお!!」」」
こうして私たちはマリアレーサちゃん救出のために盗賊のアジトへと向かったのだった。
「で、なにか作戦は!」
「んなもんはない!」
「ないんですか!?」
「考えるな! 叩き潰せ!」
私たちは走った。走りながら作戦を考えようとしたが、無理だった。
「見敵必殺! 目についた敵を一人残らず捻り潰せ!」
そうだ。それでいい。考えるのなんてやめだ。
相手は悪党。殺人犯で、誘拐犯で、放火犯だ。
容赦はしない。してやらない。
「見えました! あれです!」
「おっしゃ突撃いいいいいいいい!」
真正面からぶち破る。真正面から叩き潰す。真正面から根絶やしにする。
「おりゃああああああああああああああ!!」
門? んなもんはぶち破ればいい。
「だ、誰だてべぼぐっ!?」
「なにもんだてめぼっ!?」
「ぐべらっ!?」
敵を見たらぶっ飛ばせ。敵を見たらぶっ飛ばせ。
「マリアレーサちゃんはどこだ!」
「だ、誰がおしえぼっ!?」
「どこだって言ってんの!」
「わ、わかった。お、教えぐぼっ!?」
「さっさと吐けこの野郎!」
「は、吐く、吐くからなぐべばっ!?」
「さっさと言え!」
「言うから! 言うからもうなぐばべっ!?」
しぶとい野郎だった。なかなかマリアレーサちゃんの居場所を教えなかった。まあ、なかなか根性はあるみたいだが、そのせいで負わなくてもいい怪我を負う羽目になるんだぞ。ったく。
「さっさと教えてくれればいいものを」
「お、おじえようどじだのに……」
とにかくマリアレーサちゃんの居場所はわかった。砦の地下の牢獄にいるらしい。
なら、さっさとそこに行って助け出そう。と、思った矢先だ。
「大人しくしろ! クソ野郎ども!」
砦の広場で声がした。そちらを見ると眼帯をした男がマリアレーサちゃんと一緒にいるのが見えた。
その眼帯の男がマリアレーサちゃんの首を絞め、彼女に刃物を突き付けていた。
「少しでも動いたらこいつを殺すぞ!」
悪党だ。典型的な悪党だ。マリアレーサちゃんを人質にこちらを抵抗できなくしようとしているんだ。
「動くな! 動くんじゃねえ! 大人しく」
「やってみろ」
おう、殺せるもんなら殺してみろ。おい。
「な、なに言って」
「やってみろって言ってんだよ」
私は眼帯の男を睨んだ。
「お前がマリアレーサちゃんを殺すより先に、私がお前を殺す」
私は完全にキレていた。もし本当にマリアレーサちゃんが殺されたら、加減ができなくなってしまうぐらいに。
「り、リズさん!」
「テメエ! しゃべんじゃねえ!」
「キャッ!?」
「マリアレーサちゃん!」
口を開いたマリアレーサちゃんを眼帯の男が刃物の柄で殴った。その瞬間、私の中で何かが切れた。
そして、切れたと同時に動いていた。
「……ボゲバッ!?」
どれぐらいの距離があったかわからない。おそらく眼帯の男と私との距離は二十メートルは離れていただろう。
その距離が気づいたらなくなっていた。そして、気がついたら眼帯の男が吹き飛び建物の壁に叩きつけられていた。
「り、リズ、さん?」
「……殺してやる」
生きているのか死んでいるのか。いや、呼吸をしているようだから生きているのだろう。
私は、男に歩み寄った。そして、男の髪を掴んだ。
「寝てんじゃねえよ、おい」
「あ、が……」
眼帯の男の顔面がひしゃげていた。顎が砕けているのか半開きでまともにしゃべることができず、そこから血がだらだらと流れていた。
だが、意識はあるようだ。その眼帯の男は片方だけ残った目で私を睨んで来た。
「お、お、げ、にで」
「は? 何言ってんのかわかんないんだけど」
何かをほざいている。うるさい。黙れ。
「ごべっ!?」
「お前は、殺す。殺してやる。許さない。徹底的に痛めつけて、それから」
「リズさん!」
声がした。誰かが私にしがみつくいて来た。
「ダメです! 私は無事です!」
マリアレーサちゃんだ。マリアレーサちゃんが私の名前を呼んで抱き着いているのだ。
そこで、私は正気に戻った。頭に上った血が引いて、自分が何をしようとしているのかを何とか理解することができた。
「殺してはいけません! この人からは聞かなければいけないことがたくさん」
「ごめん。それ、無理かも……」
私は男の髪の毛を離した。男はその場に崩れ落ち、意識を失ってしまった。
「やり過ぎちゃった、かな」
周囲を見渡す。おそらく死んではいないけれど重傷を負っている盗賊たちがそこらに転がっている。
人を傷つけてしまった罪悪感。やっぱり、私は現代日本人なんだな……。
「リズ様! こちらに来てください!」
私を呼ぶ声がした。そちらに行くと、今しがた感じていた罪悪感など吹き飛んでしまった。
私を呼んだのは私と一緒に来た男たちの一人だった。その声の方へ行くとそこは倉庫で、その中には二十人ほどの女の人や子供が裸で押し込められていた。
また頭に血がのぼっていくのがわかった。
そんなときだ。
「リズ、呼吸を乱してはいけませんよ」
頭の中にフィーロンさんの声が聞こえた。
「呼吸、呼吸を……」
仙術の呼吸。深く穏やかで力強く乱れのない呼吸。
私は仙術の呼吸を思い出し深く空気を吸い込みゆっくりと吐き出した。それだけで頭の血がスーッと引き、冷静さを取り戻すことができた。
「ありがとうございます、師匠」
フィーロンさん、いや師匠に感謝だ。また暴走するところだった。
「皆さん! もう大丈夫です! 助けに来ました!」
こうして、私たちのカチコミは終わった。こちらの人的被害はゼロ。相手は全員戦闘不能。予定にはなかったが囚われていた人たちも救出できた。
あとは、盗賊たちに指示を出していた黒幕を潰すだけだ。
「首を洗って待ってろよ、外道共」
そうだ、まだ終わりじゃない。
まだ始まったばかりだ。
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