第17話 姉です。キレました。

 翌朝。私は有り得ないものを見た。


「おはようお姉ちゃん!」

「お、おはよう、ラニ、ちゃん?」


 一晩たった。ラニちゃんの体から温泉みたいに蒸気が噴出して、そのままラニちゃんは眠り続けて次の日の朝になった。


「ちょ、調子はどうかな?」

「うん! すごくいいよ! 生まれ変わったみたい!」


 生まれ変わった。確かに、そうかもしれない。


「それにしても、大きくなったねえ……」


 私はラニちゃんを見上げた。昨日は見下ろしていたはずなのに、今は見上げている。


 私の身長は大体165センチぐらいだ。となるとラニちゃんは確実に180近い身長と言うことになる。


 おいおい、成長し過ぎだろ。


「ら、ラニ?」

「お母さん!」

「げ、元気になって、よかった、わ」


 ラニちゃんのお母さんは今にも気絶しそうだ。けれど、ショックより娘が元気になったのが嬉しいのか、何とか意識を保っているようだ。


「ねえお母さん、おなかすいたんだけど」

「え、ああ。わかったわ」

「お母さん、昨日の鹿肉がまだ残ってますからそれを」


 昨日、ラニちゃんが眠りについた後、私はラニちゃんをお母さんに任せて鹿肉の解体を終わらせた。大きな塊肉を適度な大きさに切り分け、もも肉や肩肉などもちゃんと処理をした。皮も洗って乾かして、これは素材として売ってもいいだろう。角も売れそうなので取っておいてある。


 頭は内臓と一緒に埋めておいた。正直、角を取ってしまったので飾りにすることもできないので、他の不要な部位と一緒に埋めるしかなかった。


「ごちそうさま!」

「はいはい、おそまつさまで」


 目覚めたラニちゃんはやはり食欲旺盛だった。しかし、昨日よりはマシで、五人分の鹿肉を食べたぐらいでお腹がいっぱいになったようだ。それでも食べ過ぎのような気もするが。


「さて、それじゃあ、ここから移動しましょうか」


 本当は昨日のうちにフィヨンの町に戻るつもりだった。まあ、よく考えてみたら無理な話だ。一人ならまだしもお母さんとラニちゃんを連れていくのだ。無茶はできない。


 だが、ここは危険だ。昨日の見張りは井戸に投げ込んで、うるさかったのでフタをしておいたが、異変に気がついた仲間が襲撃にくるかもしれない。


 そうなる前にここを離れなければならない。そしてできるだけ早くフィヨンの町に戻らなくては。


「すいません。荷物は最低限でお願いします。さすがに全部は持ってけないので」


 とりあえずお母さんは私が背負って行くとして、ラニちゃんは……。


「抱っこして」

「ううん! 走る!」


 抱えて行くには大きくなりすぎた。理由はさっぱりわからないけど。


 さっぱりわからないけど。


 何度でも言う。さっぱりわからないけどね。


「そんじゃあ、行きましょうかね」


 朝食を食べ終えて最低限の準備を済ませた私たちはアダラの町を出た。と、その前に予想通り襲撃者が何人か現れたが、まあ、何とかなった。


「チョイヤッ!」

「おべふっ!?」


 といった感じに一撃で処理してアダラの町を無事に出ることができたわけだ。


 それからしばらく私たちは走った。


「大丈夫、ラニちゃん。疲れてない?」

「全然平気! もっと速く走れるよ!」

「うん、すごいね。でもね、お母さんのことを考えてあげよっか」


 お母さん。ラニちゃんのお母さんは私が背負っている。そのお母さんは目を閉じて必死に私にしがみついている。


 たぶん、時速六十キロは平気で出ているだろう。走ってである。我ながらおかしいと思う。


 そう、おかしいのだ。私は気で身体能力を上げているからまだわかるが、ラニちゃんは昨日まで病気で寝たきりだったのだ。


 それがこれだ。明らかに何か変だ。


「……私のせい、なのか?」


 いや、うん。明らかに私のせいだ。正確には私の気が原因だ。


 私の気。私の気は空気のはずだ。多少、相手の傷を癒したり病気を治したりすることはできるが、千切れた腕をつなげたり、寝たきりの女の子を超人にしたりはできないはずだ。


 やはり、なにかが起きている。私に重大な何かが。


「……ま、いっか。元気になったんだし」


 そうそう。元気になったんだからいいじゃないか。問題なし。すべて順調である。

 

 正直、考えるのも面倒だし、これでいいのだ。


 ははは。


 と、こんなことを考えているうちに夕方ごろにはフィヨンの町に辿り着いた。


 約二日ぶりのフィヨンの町。


 そこで私は自分の浅はかさを思い知ったのである。


「屋敷が、ない……」


 私は愕然とした。町に入り一目散にマリアレーサちゃんの屋敷に向かった私はその光景を見てショックのあまりその場に座り込んでしまった。


 私が目にした光景。それは真っ黒に焼け落ちた屋敷の残骸だった。


「ま、マリアレーサちゃんは!?」 


 私はマリアレーサちゃんの姿を探した。屋敷の敷地に入り、焼け跡のがれきをかき分けてみんなのことを探した。


「うそ、うそだ。絶対嘘だ。だって、みんな、みんな――」

「落ち着いてお姉ちゃん!」


 ラニちゃんに力強く抱きしめられて、私は正気に戻った。いや、本当に力強くて骨が折れるんじゃないかと思ったぐらいだ。


「何が、一体何が」

「ジーン!」

「あ、あなた!?」


 私が瓦礫の中で呆然としていると誰かの声がした。私はそちらに振り向くと、見たことがあるけれど知らない人がいた。


 そう、見たことがある気がするのに知らないのだ。


「あ、あなたなの!?」

「ああ、そうだ。俺だよ! 無事だったんだな!」


 私はその人を、身長が二メートルはありそうな大男を見た。


 声は聞いたことがある。そして、顔も覚えている。


 そう、その身長二メートルはある大男はラニちゃんのお父さん、あの怪しい男の人だったのだ。


「お父さん!」

「ラニ!? ラニなのか!? ずいぶん元気、というか大きくなって」

「うん! お父さんも大きくなったね!」


 大きくなった。いや、大きくなりすぎだろ。というか成人男性の身長が急に伸びるわけがないだろ。


「あ、あの、なにがあったんですか!」

「おお、あんたも無事だったか!」

「んなことはどうでもいいんです! なにがあったんですか!」

「まあ、落ち着いてくれ。いや、落ち着いてるヒマもないか」


 ラニちゃんのお父さんは深刻な表情で何が起こったのかを教えてくれた。


「あんたがアダラに向かった日の夜中に盗賊どもが屋敷に火をつけて、その騒ぎに乗じてお嬢様をさらっていきやがった」


 ……ああ、ダメだ。これはダメだ。絶対にダメだ。


「他の人は」

「無事だ。だが、メイドのニーナはお嬢様を助けようとして重傷を」


 ……はは、ふざけんな。何が、守る、だ。


 守れてないじゃない。私は、何をしてんだ。


「……許さねぇ」


 守れなかった。守るって約束したのに。昨日の今日だぞ。


「ニーナさんのところに案内してください。それから、動ける人を全員集めてください」


 もっと先手を打つべきだった。さっさと潰しておくべきだった。


 甘かった。私は。


「……根絶やしにしてやる」


 もう、容赦しない。


 全面戦争だ、この野郎が。

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