第16話 姉です。急成長です。

 怪しい男の娘であるラニちゃんは元気になった。ものすごく元気になってしまった。


 それで、元気になったのならさっさとこの家から移動しようとしたのだが、問題が発生した。


「ビジャゴロコゴロゴロガギゴガガ!!」


 という地鳴りのようなことを凄まじい音が聞こえたのた。ラニちゃんのお腹から。


「お母さんお腹空いた!」


 空腹。ラニちゃんはお腹が空いていた。山が崩れるような恐ろしい音がラニちゃんのお腹から聞こえてきたのだ。


「さすがにこれは放置できないなぁ……」


 こんな大きな音を立てていたら敵に居場所を報せるようなものだ。それに魔物も寄ってくるかもしれない。


 というわけで食事にすることにした。


 んで、まあこれがすごいことすごいこと。


「お母さんおかわり!」

「ら、ラニ、大丈夫なの?」

「うん! 大丈夫! だからもっと!」

「ど、どうしましょう。もう食べる物が……」


 どうやらラニちゃんは家にある食料を食い尽くしたらしい。しかもそれでも満足できないらしくおかわりを要求してきた。


「わ、私獲ってきます。すぐ戻りますから」


 私は食料を探しに飛び出した。


 この世界には魔物で溢れている。町の外に一歩出たらそこは魔物の巣窟だと考えたほうがいいくらいだ。


 そして、そんな魔物たちは結構美味しい。私も修業あの時によく食べたが、かなり美味しい魔物もいた。


 私は大急ぎで町の外に出て魔物を探した。で、すぐに見つけた。


「キュウウウウウイ!!」


 それは立派な四本の角を持つ白銀の鹿だった。象くらいのサイズのでっかい鹿だ。


「セイヤっ!」

「ギュイッ!?」


 まあ、でかかったけれど一撃で仕留められた。なんか電撃をバリバリ放ってきたけどなんとかなった。


 私はそれを担いで家に戻った。


「獲ってきました!」 

「ひぃっ」


 お母さんは獲ってきて獲物を見て気を失ってしまった。そんなにおどろくことでもない気がするのだが、まあ、寝ていてくれた方がいいかもしれない。


「すごいすごい! お姉ちゃんが捕まえてきたの?」

「そうだよぉ。ラニちゃん、ごめんだけどちょっと家に入っててくれるかな?」


 さて、これからちょっとグロくなる。なにせ解体しなくちゃならない。


 やり方はフィーロンさんとの修業のときに教わっている。もちろん実践も積んできいる。


「気硬刃」


 さて、解体するには刃物がいる。こういう時は気を手にまとわせて皮膚を硬化させて、気を鋭い刃のようにまとわせれば手刀が本当の刃物のようになる。これで準備は万端だ。


「さーて、いっちょやりましょうかね」


 まずは血抜き。首のあたりの太い動脈を切って血を抜く。次に内蔵を取り出して、皮を剥ぐ。内臓は後で穴にでも埋める。肝臓や腸なんかは処理すれば食べれるかもしれないけれど、今はそんな暇は……。


「ハグっ、ハグっ、むぐっ」

「ちょ、ちょっとラニちゃん何やってんの!?」


 おいおいおいおい、生肉食ってるよこの子。


「やめときな! お腹壊すよ!」

「ハラ、へった。ハラ、へった」

「うわダメだ。完全に正気じゃない」


 いやいや、でもよかった。お母さんが気を失ってて。生肉を貪る娘なんて見たら気を失うどころか心臓発作であの世行きになってたかもしれない。


「まあでも、新鮮だから大丈夫……。なのか?」


 ……いや待て、こいつは魔物だ。魔物に肉だ。さすがに生で食べるのはヤバい。


「お……」

「だ、大丈夫ラニちゃん!?」


 ヤバいヤバいヤバいヤバい! せっかく病気が良くなったのにこれじゃあ食中毒で死んじゃうよ!


「おいしい!」

「えええ……」


 いやまあ、美味しいかもしんないけど……。


「ラニちゃん、すぐに焼いてあげるから生で食べるのはそれぐらいにしてね」

「えー、おいしいのに」

「お腹壊したら大変だからね。お母さんを悲しませたくないでしょ?」

「……うん、わかった。待ってるね」


 よし。何とかなった。もう食べちゃった後だけど。


「さて、さっさとすませ……。って何食べてんの!?」

「角おいしい!」


 マジでどうなってんのこの子!? 角かじってんだけど!?


「やめなさい! お姉さん怒るよ!」

「えー、でも」

「ダメなものはダメ!」


 なんなの? なんなのこの子? もともとこういう子なの? 教えてお母さん。


 ……は気絶してるんだった。


「大人しくしててね。ね?」

「はーい」

 

 よし。とにかく解体だ。さっさと済ませて調理せねば。


 と言っても時間はかけられない。さっさと肉を切り分けて、焼いて塩をふって出すぐらいしかないだろう。


 それで満足してくれたらいいんだけど。


「すっごくおいしい!」


 ……よし、満足してくれたみたいだ。解体した鹿肉に塩をふって焼いただけだけど。


「いっぱい食べるんだよ」

「うん!」


 いっぱい食べて元気におなり。いや、食べ過ぎは毒だからほどほどがいいのか。


「おかわり!」

「はいはい」


 私はとにかく肉を焼いた。肉を焼いて、肉を焼いて、肉を焼いて、肉を焼いた。


 そして、最終的にラニちゃんはゾウほどもある鹿の魔物の肉を半分以上食べてしまった。


「ウソでしょ……」

「ふう、おなかいっぱい!」


 どうなってるんだ。この小さな体のどこにそんなに入るんだ?


 おかしい。やっぱりおかしい。


 もしかして、これって。


「私のせい、だったりしないよね……?」


 いや、まあ、そんなことないでしょ。


 そんなこと、ないよね?


「う、ん……」

「あ、お母さん起きた!」


 ラニちゃんのお母さんが目を覚ました。


「ラニ?」

「あ、お母さん。ちょうど食事が終わったところです」

「そう、ですか」

「ふああ、なんだか眠くなってきちゃった」


 お母さんが目覚めたら今度は娘が眠そうだ。


「おやすみなさい」

「ちょっとラニ。お部屋に行って寝なさい」


 ラニちゃんはテーブルに突っ伏して眠り始めた。それを起こして部屋に行かせようとお母さんはラニちゃんの体をゆするが。


「あ、熱い!?」


 ラニちゃんのお母さんが触れた途端、ラニちゃんの体から湯気が立ち上り始めた。


「ラニ!? どうしたの!?」

「お母さん! ちょっと診せてください!」


 シュウシュウと音を立ててラニちゃんの体が蒸気が立ち上っている。明らかにおかしい。異常だ。


「だ、大丈夫です。熱はありますけど、体調に問題は、なさそ……う?」


 体に触ると確かに熱かった。けれど、その体には力がみなぎっていた。みなぎり過ぎて異常なくらいだ。


 そう、異常だ。ラニちゃんの体が異常な速度で回復しているのだ。


「ど、どうなってんの、これ?」


 ラニちゃんの体はやせ細っていた。病気のせいなのかもともと体が弱いのかはわからないけれど、とにかく肉が薄くて骨ばっていた。


 それがどうだ。みるみるうちに肌艶が良くなり肉が厚くなっていく。それに加えてなんだか身長まで伸びているみたいだ。


 急成長。いや、超成長と言ったほうがいいかもしれない。


「ら、ラニは、ラニはどうなるんですか?」

「わ、わかりません。でも、命に関わることじゃないと思いますので安心してください」


 安心してください。って、安心できるわけないよなぁ。これ。


「モウ、マケナイ。ワタシハ、マケナイ」


 なんてうわ言みたいにつぶやいてるし。


 ……ホント、どうなってんの、これは。

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