第12話 姉です。最終試験です。

 さて、襲撃されたわけなのですが。


「チョイヤアアアアア!!」

「ホゲぶ!?」


 襲撃者は思っていたよりも弱かった。私のパンチやキックを一撃食らっただけで伸びてしまったのだ。


「なんか強そうな装備つけてるけど大したことないわね」


 ものすごく強そうな装備を身につけた襲撃者達だった。ゲームだと終盤あたりで手に入りそうな剣や鎧を装備していたが、見かけ倒しだ。


「……師匠たちは、行っちゃったか。もう少しゆっくりお別れしたかったな」


 なんとなくもう少し感動的に別れたかったがずいぶんとあっさりだ。それに寂しくは思うが、そんな感傷に浸っていられる余裕もない。


「よし、行こう。生きるか死ぬかだ、気合入れて」


 私は森を進んだ。森の中にも襲撃者がいたけれど問題なく倒せた。


 順調そのもの拍子抜けするぐらいだ。


 けれど油断はできない。どんな敵が出てくるかもわからないのだから。


 そう、どんな敵が出てくるか。


「よう」

「……サロウさん。何か用ですか?」


 森を走っていると開けている場所に出た。色とりどりの花が咲いた花畑だ。


 そこにサロウさんがいた。


「フィーロンに頼まれてな。最終試験だ」

「なるほど。相手はサロウさんですね」

「いいや、こいつだ」


 こいつ、そう言ったサロウさんは手の中に収まるサイズの水晶玉を取り出した。そして短く何かを唱えると、その水晶玉が光り何かが姿を現した。


「エビルフレイムグリズリー……!」


 現れたのは黒い大きな熊の魔物だった。1年前のあの時、私を追い詰めたあの黒熊だ。


 いや、今回の奴はもっと大きい。前の奴よりも一回りほど大きな黒熊だ。


「最終試験だ。こいつを倒してみろ」


 目の前に現れた黒熊。あの時は逃げるしかなかった怪物。


 今なら倒せるのだろうか。いや、できるかできないかじゃない。


「やるんだ、私」


 この一年修行を積んできた。その成果がどの程度なのか正直わからない。


 わからない。不安だ。けれど呼吸を乱しちゃいけない。


 呼吸を整える。仙術の呼吸だ。


 気を練り、体に巡らせて、戦うための力を整えていく。


「……来なさい、熊さん」

「グオオオオオオオオオオン!!」


 熊が雄叫びを上げて襲いかかってきた。突進し、嚙みつき、振り上げた前脚を叩きつけてきた。


 速かった。けれど見えていた。私は熊のすべての攻撃を避けることができた。


「速いけど、師匠ほどじゃない。大丈夫、いける」


 熊は確かに速かったけれどフィーロンさんと比べたら全然遅い。止まって見えるくらいだ。


 余裕だ。これなら、反撃できる。


「空弾掌!」


 空弾掌。手のひらに圧縮した空気の玉を作り出しそれを叩きつける仙術の技のひとつ。空の気を持つ仙術使いの基本技である。


 私は空弾掌を黒熊のお腹に叩きつけ、ぶつけると同時に圧縮空気を解放した。


 解き放たれた空気が爆発するように膨れ上がり、黒熊がものすごい勢いで吹き飛んで行った。


「……あれ?」


 なんだか威力がおかしい。


「えっと……」

「やるじゃないか、一年前とは大違いだ」


 いや、うん。一年でまったく別人のように強くなっている。本当に信じられない。


 しかし、ここは乙女ゲームの世界のはずで、バトル漫画の世界じゃないはすで。


「合格だ。と言いたいが」


 投げナイフ!


「……サロウさん」

「避けられないタイミングだったはずだが。いやいや」


 何笑ってんですか、サロウさん。今、本気で殺そうとしましたよね、あなたは。


「俺と手合わせしてもらおう」

「それは、試験ですか?」

「いいや。俺がやりたいだけだ」


 ならお断りします、と言える雰囲気じゃない。きっとサロウさんは逃がしてくれないだろう。


 それなら、やるしかないじゃない。


「俺も仙術を使わせてもらう」


 妖気。サロウさんもフィーロンさんから仙術の基礎を教わっていた。それからフィーロンさんに修行をつけてもらっていたかはわからないが、どうやらサロウさんも仙術を使えるようだ。


 厄介なことで。ホント。


「さて、楽しませてくれよ」


 妖気は、人の感覚を狂わせる気だ。幻覚を見せ、心を乱し、意のままに操る。


「なにをボーっとしているんだ?」


 ヤバい! マジでわからなかった! 目の前にサロウさんがいるのに、近づいていることに気が付かなかった!


 これが妖気。人を惑わし狂わせる妖しい気か。


「今、死んだぞ、お前」


 サロウさんは私ののど元にナイフを突きつけてくる。


 楽しそうですねえ、まったく。こっちは全然楽しくないですよ。冷や汗だらだらですよ。ちくしょう。


「よそ見をするなよ」


 一旦距離を取って、全身に気を巡らして、相手の気を弾き飛ばす。気を操れば相手の気の効果を無効化することもできる。


「……よし」


 よくない。まだサロウさんが3人いるように見える。これも妖気の生み出した幻覚だろう。


「けど、3人なら」


 3人ならギリギリなんとかできる。


「風空鎧!」


 風空鎧。簡単に言うと竜巻の鎧だ。風の鎧をまとう技である。


 そのはずである。


「おおおおおおん!?」


 竜巻が、竜巻だ。


「やり過ぎだ馬鹿!」


 体に風をまとう程度の技のはず。なのに、威力がおかしい。


「さ、サロウさん!?」

「落ち着け! 呼吸を整えろ!」


 すーっ、はーっ、すーっ、はーっ。


 呼吸を、呼吸を整えるんだ。


「……よしっ!」

「よしじゃねえ!」


 何とか竜巻を抑え込めた。まあ、だいぶお花畑がボロボロになっちゃったけど。


「さあ、サロウさん。続きを」

「やめだやめ。付き合ってられん」


 サロウさんは呆れ気味だ。うん、正しい反応だね。


 だって私も驚いてるもん。絶対におかしいって。


「さて、ここでお別れだ」

「お別れって?」

「言っただろう? 合格だ。ここからはお前ひとりで行くんだよ」


 ひとり。独り立ちだ。独立、開業、自営業と言うことだろう。


「……えっと、どうすれば?」

「そんなもん自分で考えろ。じゃあな」

「あ! ちょっと!」


 行きやがった。あの暗殺者。少しは心配してくれよ。


「……ありがとう、サロウさん。また会いましょう」


 さて、泣き言を言っていられない。ここからは本当に一人だ。


 力はついた。あとはこの力をどうやって生かしていくかだ。


 やってやろうじゃない。

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