第11話 姉です。あっという間に1年経ちました

 フィーロンさんのところで修行を始めて1年が経った。


「リズ、あなたはここを離れ、世界を見に行きなさい。こんな森にずっといてはいけません」


 唐突、ではない。以前から何度かそんな話をされたからあまり驚いてはいない。


「ここにいたら迷惑ですか?」

「そう言うことではないのです。私の問題に巻き込みたくはないのです。私は賞金首ですからね」


 賞金首。実際にサロウさんがフィーロンさんを捕まえに来た。今は諦めてくれてはいるけれど他の賞金稼ぎが来ないとも限らない。


「今までも何度かお引き取り願ってはいましたが、そろそろあちらも……」


 前言撤回。どうやら他の賞金稼ぎがきていたらしい。それをフィーロンさんは今まで追い払ってきていたようだ。


 ……本当に追い払っているだけなのか?


「そう言えば師匠。この服とか、靴とかは」

「リズ。気にしてはいけませよ」


 私は何も知らないし聞いていないし気づいてもいません。はい、そういうこと。


 何か問題でも?


「とにかく最近はあちらもかなりの手練れを送り込んできている。そろそろ私も限界、と言ったところです」


 状況はかなり切迫しているようだ。フィーロンさんが厳しいというのだから相当手強い相手がフィーロンさんたちを狙い始めているのだろう。


 だが、それなら私も何か力になれるはずだ。それに……。


「フィーロンさんの気持ちもわかります。でも私、外に頼れる人が……」


 そう私には頼れる人がいない。それに目的もない。アンヌのところに帰りたいとは思うが、それ以外に外に出たい理由がない。


 更に言うと、最近はなんとかく以前よりもアンヌに会いたいと言う気持ちが薄れているような気がしている。前はアンヌのためにアンヌのために、と必死だったのだが、まるで熱が冷めたように今ではその強い思いは消えてしまった。


 もしかしたら何かの魔法にかかっていたのかもしれない。ゲームのヒロインが持つ魔力のようなものがあるのかもしれない。


 その呪縛から解き放たれた。そして、途方に暮れているというわけだ。


 ゲームの中の私の役目はもう終わっている。つまりは自由、何をしてもいい。


 まあしかし、自由過ぎるというのも困り物。お前は何をしてもいいぞと言われると何もできなくなってしまうのが日本人の性なのだ。


 何か目的や目標があればいいんだけれど。それか働き口か後ろ盾か養ってくれる誰か。


「なんだか、前世の私みたいだ……」


 前世の私。ただの会社員だった私。特に生きがいもなく仕事にやりがいを感じていたわけでもなかった。ただその日をなんとか生きて、なんとなく生きていたあの頃に今の自分はどこか似ている気がする。


 あの頃は夢も目標もなかった。いや、あったはずだけれど、諦めて捨ててしまった。


 この世界でも同じなんだろうか。


 と、そんなことを悩んで悩んで三日が経った昼時。私は様子を見に来たサロウさんにその悩みを相談してみた。


 その返答がこれだ。


「知るか。お前の勝手にすればいいだろう」


 まあ、そうだろうな。サロウさんは私を殺そうとしていた暗殺者なんだから、私のことなんてどうでもいいのだ。


 そう、私はどうでもいい存在なのだ。この世界では、魔法学園物語3の世界では。


「何を落ち込んでるんだ、お前は」


 落ち込みますよ、そりゃぁさ。だって私はいらない子、必要とされない人間なのだ。落ち込んで何が悪い。


「お前は死んだことになってるんだ。死人は何物にも縛られない。だから、自由にすればいい。自由に、やりたいように、欲望のままにな」


 そう言ってサロウさんは笑っていた。やっぱりサロウさんはいい人だ。


「慰めてくれるんですね」

「違う。暇人の暇つぶしだ。お前は面白そうな奴だからな」


 まあ、この際何でもいい。慰めてくれる人がいるというだけで少しだけ気が楽になる。それだけで、十分だ。


「……やりたいように、欲望のままに」


 欲望。そう言えば、自分の欲に正直になったことがあっただろうか。


 前世の自分は我慢してばかりだったような気がする。家族に気を使って、友達に気を使って、会社で気を使って、彼氏にも気を使って、結局、何も報われなかった気がする。


 気のせいかもしれない。けれど、そうだ、少しぐらいなら欲張ってもいいはずだ。

 

 そうだ、そうだよ。なんで私ばっかり我慢して、私が辛い思いをしなくちゃならないんだ。どうして浮気したあいつらがのうのうとしていて、浮気された私が窓から落ちて死ななきゃならんのだ。不公平だ。腹が立つ。ムカつく。私が何したってんだ。納得できるかボケナスが。


「私だって! 私だって顔が良くて性格が良くてスタイルのいい男子といろいろしたいんじゃあああああああああああああ!!!」


 何が悪い何が悪い何が悪い何が悪いってんだコンチクショウ! ここは乙女ゲームの世界だろうが! 恋愛ぐらい楽しませてもらって何が悪い!


「うおおおおおおおおおおおおおおお! やる気出て来たぞおおおおおおおおお!」


 そうだ。欲望のままにやりたいように自由に生きる。どうせ私は死んだ人間、役目を終えた必要のないキャラクターなのだから。


「やったるで! リズちゃんやったるで!」


 ……となんとなくやる気になってはみたが、正直私が乙女ゲームの登場人物たちと恋愛ができるかはかなり怪しい。なにせ私はなんというか、顔が地味だ。乙女ゲームで恋愛をするようなキャラクターとはお世辞にも言えないだろう。


「……なんか知らんが元気になったようだな。これなら問題ないだろう」


 何やらサロウさんが意味深なことを言っている。なんとなく不穏だ。


 と、そんな不穏な気配を感じてから数日後のことだった。


「今日、私を捕まえるために傭兵部隊が襲撃に来ます」


 朝食を食べているとフィーロンさんが突然そんなことを言い出した。当然、私はその意味がさっぱりわからなかったが、すぐにフィーロンさんが説明してくれた。


「リズ、卒業試験です。これから襲撃に来る者たちを撃退し、生き残ってください」

「え、あ、師匠たちは」

「私はリクと一緒にここを離れます。頑張ってください」


 どうやら以前からフィーロンさんはサロウさんと相談し計画を進めていたらしい。サロウさんがフィーロンさんの情報を流し、ここに襲撃部隊が来るように誘導したようだ。


「部隊は昼頃に到着するようです。それまでに準備をしておいてください」


 というわけで突然別れが訪れた。フィーロンさんとリクくんとお別れすることとなったのだ。


「あなたの思うままに、自由に生きてくださいね。リズさん」


 そう言ってフィーロンさんは笑顔を浮かべていた。その笑顔はすごくすごくすごく魅力的で艶っぽくて、優しい笑顔だった。


 


 

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