第10話 姉です。私は空気らしいです。

 さて、私は乙女ゲームの世界に転生したわけなのだが……。


「いいですか? 気には熱気や冷気など魔法で言うところの属性が存在します。その属性にはそれぞれ個々で相性があり――」


 今日も仙術の修行だ。すでに半年間、フィーロンさんから仙術を教わっている。


「……なんで乙女ゲームで気なんだろう」


 私は乙女ゲームのヒロインの姉に転生したはずで、この世界は顔が素晴らしい美男子たちと恋愛を楽しむ場所のはずだ。


 なのに、なんで武術の修行なのだろうか。


 まあ、ツッコんでも仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。所詮私は影の薄い空気のようなヒロインの姉なのだから。


「気は理論上は枯渇することはありません。常に呼吸を乱さず気を練り続ければ魔力のように切れることはない。まあ、理論上はですがね」


 フィーロンさんのところで修行を始めて、私もそれなりに戦えるようになってきた。以前はこの世界のヒロインであるアンヌのために鍛錬をしてきたが、今は純粋に自分のためだ。


 いずれアンヌのところへ戻りたいという気持ちもある。けれど、それが許されるのかはわからない。


 この世界がゲームの世界と同じ、もしくは限りなく似ている世界だとしたら、私の役目はもうすでに終わっている。ヒロインであるアンヌが魔法の才能に目覚めるきっかけとなり、売られることで彼女の入学資金となり、それからは二度と顔を合わせることがなかった。というのがアンヌ姉であるリズのゲーム内の運命だ。


 私は役目を終えたゲームのキャラクターだ。もしゲームと同じ運命をたどるならば、私は二度とアンヌに会うことはない。会いたいとは思うし会いに行くつもりだが、それがうまくいくのかはわからないし、なんとなくうまくいかないような気がする。


 となれば私は一人で生きていかなくてはならない。今のところ頼れる人がいないのだから、一人で生活していかなければいけない。


「呼吸を乱してはなりませんよ。いかなる時も呼吸です」


 仙術。何もない私には何かを身に着ける必要がある。この世界がゲームの世界と同じなら、かなり過酷な世界なのだから、生き抜く術を身に付けなければならない。


「では、リズ。今日はあなたの気の変換を行ってみましょう」

「はい、師匠」

 

 仙術は特殊技能だ。前世の感覚で言うと珍しい資格と言っていいだろう。前世の世界でも特殊な資格保有者は重宝された。この世界でもそれが通用するなら、仙術を身に着けることは意味のあることのはずである。


「で、なんで俺も付き合わなくちゃならないんだ?」


 ものすごく不機嫌そうなサロウさん。というか参加したくなければ来なければいいだけの話だろう。


 サロウさんは二カ月前、私がフィーロンさんのところで修行を始めて三か月頃にここへやって来た。目的はフィーロンさんとリクくんだ。


 フィーロンさんとリクくんにはクライネール王国から賞金がかけられている。サロウさんはその賞金目当てで私たちのところにやって来たのだ。


 けれど、今のところフィーロンさんたちをクライネール王国に突き出そうという気はないようだ。先のことはわからないが、今は様子を見ていてくれている。


 そう、様子を見てくれている。サロウさんはなぜか毎日のように様子を見に来ているのだ。


「サロウ。あなたからも気を感じます。今日はリスさんの修行のために協力してください」

「チッ、面倒だな」


 面倒だ、と言いながらもサロウさんはいつも修行を手伝ってくれている。やっぱりサロウさんはいい暗殺者さんなのだろう。


「ではリズさん。私の手を握ってください」

「はい、わかりました」


 今日は気の性質変化の修行だ。自分の持っている気を冷気や熱気に変換するための修行である。


 ちなみにリクくんは冷気、フィーロンさんは活気だ。冷気は文字通り物を冷やしたりすることができる。活気は自分や他人を元気にしたり病気を治したるすることができるらしい。話によるとフィーロンさんの活気は切断された腕をくっつけたりもできるようだ。とんでもない力だぜ。


 さて、では私の適正は一体何だろうか。フィーロンさんみたいな活気だったら使い道はいくらでも……。


「リズさんの適正は……。『空気』ですね」


 ……なるほど、空気みたい存在と言いたいわけだな。


 どうせ私は空気みたいに存在感の薄いどうでもいい人間ってわけですね。ははは……。


「……リズさん。『空』という考え方をご存じですか?」

「くう?」

「はい。我々仙術を扱う者の目指す奥義の様なものですね」


 空。カラとは違うんだろうか?


「空というのはすべてが足りている状態。過不足なく、カラでもなく過剰でもない。すべてがありのまま完全な状態のことを空と呼ぶのです」


 ……なるほど、わからん。


「つまり、空腹でも満腹でもない普通の状態、ということですか?」

「まあ、そう考えていただいて構いません」

「で、その空がなんなんです?」

「空の気は神の気に一番近い物だと考えられているのです」


 神の気。またこれはたいそうな物が出て来たじゃないかね。うん。


 知らんけど。


「気には様々な物があります。熱気、冷機、電気、活気、闘気、妖気、邪気などです。そのすべての気は極めると神の気、『神気』に到達すると言われています。そして、その神気に一番近いと言われているのが空気なのです」

「えっと、つまり、私は空気で、神気に近いと言うことですか?」

「そうです。空の気を極めればもしかしたら神気へ至ることができるかもしれません」


 なるほどなるほど。なんだかすごいというのはわかった。


 わかったけれど、あまり興味が無いというのが正直なところである。


「えっと、申し訳ないんですけれど、実感がないというか、興味がないというか」

「そうです。それでよいのです。可もなく不可もなく、過剰でもなく不足もない。求め過ぎれば到達できず、しかし求めなければ辿り着けない。もしかしたらあなたはいずれ、神の気に至ることができるかもしれませんね」

「あ、あはは、ありがとうございます……」


 つまり要するに、頑張れ、しかしやる気を出しすぎるな、といことだろう。と自分で解釈して納得しておくことにしよう。深く考えても、よくわからん。


「空の気はなかなか珍しいものです。まあ、一番弱い気でもありますが」


 おいおい、それは言わないでくれませんかね。存在感が空気でしかも弱いなんて、悲しくなるじゃあないですか。


 ははは……。


「では、空の気の扱い方をお教えしますね。こちらに」


 こうして私の相性のいい気の属性がわかった。その扱い方をフィーロンさんから教わって、また少し成長できた。


 ちなみにサロウさんの気は『妖気』だった。人を惑わし操ることに長けた神の気に遠い部類のものらしい。まあ、本人は「なんで殺気じゃないんだ」と少し不満げだったが、私としては似合っていると思う。


 そう、サロウさんは人を惑わすタイプのいい男だ。本当顔がいい。さすが乙女ゲームの世界だと感心してしまうほど顔がいい。


 というかこの世界に来てイケメン美女以外に出会ったことがない。やはりここは乙女ゲームの世界。見た目のいい人たちしかいないのかもしれない。


「……もしかして、私、ブサイク?」


 ……気づかなければ良かった。本当に。なんで気づいてしまったんだろう。私のバカ野郎。


「と、とにかく修行修行」


 ゲームの中のリズに容姿端麗と言う設定はない。つまりは、そう言うことだろう。


 なんとも悲しく厳しい現実だ。


 ちくしょう。

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