第9話 姉です。ヤバい事実満載です。
リクくん。本名エリック・フォン・アルスター・クライネール。クライネール王国の第四王子だ。そんなリクくんは生まれつき魔力量が桁違いに多かった。
その魔力量は一般的な魔法使いの数千倍。しかも今でもその魔力は増加しており、その膨大な魔力のせいで体に障害が出てしまっている。魔力増加症という病気らしい。とても分かりやすい名前の病気だ。
そんなリクくんは驚いたことに私と同い年の15歳。どうやら膨大な魔力の影響で体の成長が阻害されているらしく、今のリクくんの見た目は10歳ぐらいにしか見えない。
フィーロンさんはそんなリクくんの病気を治すために一緒にいる。その出会いはフィーロンさんが遥か東の地での修行を一通り終え、故郷に戻るための旅の途中でリクくんの国であるクライネール王国に立ち寄ったのがきっかけだ。
クライネール王国ではその頃、リクくんの病気を治すことができる人間を探していた。フィーロンさんは自分の修行の成果を試したいという願望と困っている人間を助けたいという正義感からリクくんの治療に名乗りを上げたのだ。
そして、それは一時的には成功した。フィーロンさんの仙術によりリクくんは信じられないぐらいに元気になった。
だが、本当にそれは一時的で、すぐに元に戻ってしまった。そんなリクくんを見たフィーロンさんは国王や王妃にある提案をした。
リクくんを弟子にしたい。仙術の修行をすればリクくんの病気を完全に治すことができるとフィーロンさんは提案した。しかし、国王や王妃、それ以外の家臣たちはその提案に大反対。出会ったばかりの相手に大切な王子を任せることは出来ない、と当然の反応をした。
だが、リクくんの病状は一刻を争う状況で、すぐにでも根本的な治療を始めなければ命に関わる状態だった。なのでフィーロンさんはリクくんを誘拐し、今に至る。
「事情は分かりました。まあ、仕方ないと言えば、仕方ないですけど……」
切迫した状況だったのは理解できるが、やはり誘拐はマズい。しかも相手は一国の王子様だ。今頃、フィーロンさんは王国から指名手配をされているかもしれない。
「私のことはどうでもいいのです。この子が、リクが元気になればそれで」
「フィーロンさん……」
いい人、いい人過ぎる。仙人じゃなくて聖人なのではないだろうか。
「この二年間はとても楽しい物でした。リクと共に過ごした日々は、私の宝物です」
「そんな、もう終わりみたいなことを」
「いいえ、もう、終わりです」
フィーロンさんの目が鋭くなった。そして、何か、いつもとは違う気配を放って、そうしたら。
「俺に気が付くとはなかなかやるじゃないか、賞金首」
外から声が聞こえて来た。フィーロンさんは家から外に飛び出して、私は布団で眠っているリクくんが心配で彼の側から外に目を向けた。
「何者ですか?」
「んー? ただの賞金稼ぎさ」
フィーロンさんの前にそいつが現れた。そいつは褐色肌と紫色の目と絹糸のような銀髪の青年で。
「……あれ、この声、どこかで?」
なんとなーく、その声に聞き覚えがあったがすぐには気が付かなかった私。反対に、相手は私の声を聞いたらすぐに気が付いてくれた。
「師匠!」
「大丈夫です。心配しないでください」
「……お前は、リズか?」
その人は私をリズと呼んだ。けれど、私はそれでもまだ気が付かなかった。
だってそうだろう。その人は顔を隠していたのだ。声だけで気が付くほど私は察しが良くないんだ。
「リズ・ベール! いや、リズ・ウィーンベリルか」
「えっと、あなた誰?」
「俺だ俺! 暗殺者だ!」
「暗殺者さん!?」
そう、その人は暗殺者さんだった。
「無事だったんですか!」
私は家から飛び出して暗殺者さんのところまで走って、抱き着いた。
「よかった! 本当に良かった!」
「自分を殺そうとしたやつの身を案じるとは、相変わらず変わった奴だなお前は」
嬉しかった。暗殺者さんもあまり表情には出さなかったけれど嬉しそうだった。
「しかし、どうしてお前がここに?」
「えっとですね。あの後、熊に追われて、川に飛び込んで、この近くの川に流れついて、この方たちに拾われたんです」
「リズさん、その方とお知り合いなのですか?」
「はい! 私を殺そうとした暗殺者さんです!」
「そ、そうですか」
まあ、そうだろう。フィーロンさんが戸惑うのも仕方がない。だけどそうとしか言いようがないし、そうとしか紹介できなかったから仕方がないじゃないか。
「でもどうして暗殺者さんがここに? まさか私を探して」
「違う。賞金首を捕まえに来たんだ。というか、離れろ。私とお前はそういう関係じゃないだろう」
「えへへ、ごめんなさい。なんだか嬉しくって」
本当に無事でよかった。これは本心だ。本当に本当に、暗殺者さんが無事でよかった。あの黒熊の囮になってくれたらと少しだけ、ほんの少ーしだけそんなことを思ったりもしたが、本当に無事でよかった。
「それで賞金首って? まさか私!?」
「違う。そこの白髪の男だ」
「……やはり、私ですか」
私は暗殺者さんから離れてフィーロンさんと暗殺者さんの顔を見比べて、そこでやっと事態の深刻さに気が付いた。まったく、本当に私は察しが悪いというか、馬鹿である。
「そ、そんな! 師匠は、フィーロンさんはいい人です!」
「そんな物は知らん。賞金がかけられてるから狩るだけだ」
「ダメです! この人は私の恩人なんです!」
「だから知らん」
「暗殺は、暗殺はどうしたんですか!」
「休業中だ。ったく、うるさい奴だな」
うるさい。なんと言われようとどうでもいい。
「どけ。何のつもりだ?」
「どきません!」
とにかく止めなくてはと、私は二人の間に立ちふさがった。
「どいてください、リズさん」
「嫌です! 暗殺者さんはいい人なんです!」
「暗殺者がいい人なわけがないだろう? 馬鹿かお前は」
まあ、確かにの通りだ。暗殺者にそのことを指摘されてしまえばぐうの音も出ない。
だけど、だけど、絶対にイヤだ。絶対に。
こういう時は、あれだ。
土下座だ。
「お願いします! どうか見逃してくださいお願いします!」
「……おい」
「美しい。なんと見事な土下座……」
私の頭にどれくらいの価値があるかなんてわからない。もしかしたら何の価値もないかもしれない。と言うか価値なんてないだろう。
それでも、それでも何とかしたい。フィーロンさんも、リクくんも、暗殺者さんも。
「お願いします! 何なら私の首を」
「お前の首に価値なんざ無い。お前はもう死んだことになってるからな」
「そ、そうなんですか! よかったぁ。ありがとうございます暗殺者さん!」
「……はあ。お前は、まったく」
暗殺者さんは大きなため息をつくと、すぐに殺気を引っ込めてくれた。
「……いいのですか?」
「殺し合いをする気分じゃない。こいつのせいでな」
「ありがとうございます! 暗殺者さん!」
なんだか暗殺者さんは呆れているようだが、とにかくフィーロンさんの命は守られた。なら、どうでもいい。呆れられようがなんだろうが。
「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「お、おい、もうやめろ。ああ、額から血が出てるじゃないか。馬鹿かお前は」
「あ、すいません。土下座に夢中で」
暗殺者さんは私を立ち上がらせると額の血を拭いて傷の手当てをしてくれた。どうやら土下座に夢中で額に地面を擦り付けすぎて額を切ってしまったらしい。
「ごめんなさい、暗殺者さん」
「いい。それと、サロウだ」
「サロウ?」
「俺の名前だ。覚えろ」
サロウ。サロウさん。
「やっぱり、暗殺者さんは、サロウさんはいい人ですね」
まあ、サロウさんが言うように暗殺者がいい人のわけがないのかもしれないが、少なくともサロウさんは、私にはいい人だ。
「……まったく、変な女だ」
こうして、何とかこの場を切り抜けることは出来た。
でも、問題は何も解決していないのと同じだった。
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